時と翼と英雄たち


アリアハン 6







 リグを一応のリーダーに据えている一行はやっとのことでレーベに辿り着いていた。
道中奇妙で不審としか言いようのない盗賊が仲間に入ったりしたため、ただでさえ遅い旅にさらに拍車がかかったのだ。
もっとも、当の本人たちはそんなこと全く気にもしていない。
いちいち気にしていては、これからの長い旅やってけない。
妙に冷めているリグに、ライムたちも細かく気にすることはやめにした。






「とりあえず私の家に行こっか。さすがにバースは私の家までは知らないでしょ」


「もちろん。俺盗みなんてしたことないから」





 物を盗むのが職業だというのに、バースが発した言葉はおよそ盗賊にはふさわしくないものだった。
彼が本当に盗みなどしているような輩だったら、リグはバースを仲間に加えなかっただろう。
それに話を聞くとどうやら、バースはずっとあの塔の中の老人と話して暮らしていたらしい。
そんなに若者の話がわかるハイセンスな老人がアリアハンにいたとは、新たなる発見だ。
リグはぼんやりと考えながら、慣れ親しんだライムの家へと入って行った。






「お母さんお父さん、ただいま」





 ライムが大きな声で両親を呼んだ。
はいはいと返事が聞こえ、奥の台所からライムの母親が出てくる。
昼食の準備をしていたようで、ふんわりと料理のいい匂いが漂ってくる。




「あぁ、ライムおかえり。そうかい、今日がリグの出発の日だったのかい。あんたも気を付けて行くんだよ。アリアハンの王宮戦士の力をとくと見せておあげ!」





 そう言うと彼女はふぅと息を吐きライムの後ろにくっついているバースに目をやった。
彼女の視線に気が付いたバースはにこりと微笑み返すと、軽く自己紹介する。
礼儀も何もあったものではないライトな自己紹介だったものの、その笑顔は簡単に中年女性の心を溶かしたようだ。
美形っていろいろ得だなとリグが呟いたのも、おそらくバースには聞こえているのだろう。







「私たち今からあの鍵のかかった家に行って来ようと思ってるの。このバースが、たまたまあそこの家の合鍵を持っててね。お母さん、あの家の人どんな人か知ってる?」





 実はライムはこの母の実の娘ではなかった。
彼女は海からやって来たのだ。
まだ赤ん坊の頃に外海から流れてきて、それをある日偶然見つけたライムの両親が育て始めた。
しかし出生が彼女に不都合を与えることはなく、今や彼女は王宮戦士の中でも将来を期待されている有望株に育っている。
ライムはこの育ての両親が大好きだった。
血が繋がっていないから容姿は似ても似つかないが、きっとどこかにいる本当の両親よりも親しみが持てる、そんな気がしていた。




「あの家? さぁ、よくは知らないね。同じ村の人でもあるし、せっかくだからご挨拶しといで」


「うん、そのつもり。ありがとうお母さん」





 鍵のかかった家について大した情報を得ることはできなかったが、それはそれでスリルがある。
リグたちはそう思うことにしてさっさと家宅侵入を開始した。
いきなり、呼び鈴も鳴らさずドアを叩くこともなく侵入してきた彼らに家主が腰を抜かしたのは言うまでもない。





「ひ、ひゃぁ!!」





 ごめんくださいと声をかけ扉を開けたリグたちに襲いかかったのは、間の抜けた叫び声だった。
家主である老人は突然の来客に驚き、ついでにぎっくり腰まで呼び覚ましてしまったらしい。
がくりと床に座り込んだ老人をリグとバースが両脇から慌てて抱え上げた。





「お、お主たち、な、なぜこの家に入ってこれた・・・!?」


「勝手に入って驚かせてすみません。俺たち、魔王バラモスを倒すためにアリアハンを旅立った・・・」


「バラモス・・・? お、お主まさかあの勇者オルテガ殿の息子か!?」


「そうそう、俺はリグって言って父はオルテガ。俺たちこれからあちこち行こうと思うんだけど、何かヒントとか「みなまで言わんでよろしい!」





 リグの言葉を途中で遮ると、老人は部屋の置くから古びた球体を持ち出してきた。
リグにとってはただの球にしか見えないのだが、やけに老人が嬉しげにしているのでそれなりの価値があるものなのだろう。




「これ、何ですか?」


「これはここから東にある『いざないの洞窟』内の、岩でできている壁を壊すための魔法玉だ。これがなければ壁は壊れん」


「要するに、この魔法玉ってやつを壁にぶつけでもしたら塞がってる岩がぶっ壊れるってこと?」


「そういうことだ。若きアリアハンの勇者とその仲間たちよ、心して世界に挑むがよい」





 おぉこの若き勇者らに祝福あれと大仰に杖を天にかざした老人に曖昧な笑みを送ると、リグたちは家を出た。
盗賊の鍵を使わなければ開かないのだからどんな人物が住んでいるのだろうと思っていたが、単に引きこもり大好きな老人だった。
がっかりしたとかそんな不謹慎なことは思っていないが、もう少し物をくれたっていいじゃないかと思ったのは事実だ。




「とにかく、一応これで先には進めるみたいだからさっさと出かけるか」


「あ、リグ、私の魔力だけで回復してくの心許ないから薬草買い込んでってね。あと毒消し草も」


「ん。おいバース、お前自分の回復分くらい魔物から盗めよ」


「入っていきなりそんな仕打ちされるわけ、俺は」





 薬草とほんの少しの毒消し草を買い込み、準備万端リグたちは誘いの洞窟へと向かっていった。







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