時と翼と英雄たち

ダーマ    3





 「・・・で、娘のタニアさんを助けに行けばいいんだろ、その盗賊の洞窟まで」







 バハラタの清き流れの川の前でリグは不機嫌そうに言った。
強敵を倒しようやく黒こしょうを求めに来たにもかかわらず、肝心の黒こしょう屋の大事なお嬢さんが盗賊団に連れ去られ、
更に彼女を取り戻しに行こうと今まで魔物と戦ったこともないズブの素人までもがアジトへと乗り込んだのである。
仕事が増えて煩わしい。
不機嫌にならない方がおかしいと呟いたリグに、ライムたちは苦笑いを浮かべた。
まずやるべきことは、盗賊団アジトに潜入するに当たっての必要なものの協議だ。
盗賊戦で思い出されるのは、ロマリア王冠事件である。
あの時は戦いらしい戦いをせずに無事王冠の奪取に成功した。
しかし今回は洞窟というのだから、同じ手を使えるはずがない。
それでもバースは当然のように言った。






「今度も相手がカンダタだったら、今度は確実に再起不能なぐらいにしよう。二度目はないからな。エルファもこの事に関しての文句は言わないこと。
 まさかライムが反対するわけないだろうけど、戻ってきたら一応リグ、そう言っとけ。俺とエルファは今から武器とか防具とか必要なもの買い揃えてくるから」


「わかった。あれ、盾買ってきてくれ。さっき置いてあるの見ていいなって思ってたんだ」






 2人が外に出たすぐ後にライムが帰ってきて、リグはライムに先程の作戦を伝えた。
ふたつ返事で賛成したライムはぽつりと、でもカンダタだったら私戦いたくないんだけどと呟く。
そんなの俺たちだって同じだよ、とリグは苦笑しながら言った。
その日バースたちが買ってきた魔法の盾は、バースを除く誰が使うかでひとしきり会議が行われた。








































 最近のアジトは、人が住むには悪すぎる環境の魔物の巣窟だ。
攫われた恋人を救いに向かった青年は、アジトの本拠まで辿り着けなかったかもしれない。
そう思ったリグたちは、丁寧にひとつずつの小部屋にそれらしき身体が横たわってないか確認していた。
そのために当然途中の宝箱の人食い箱に危うく腕を奪われそうになったり、幻術師に混乱させられそうになったりしたのだが。
それでも彼らしき遺体は発見されなかったので、リグたちは少なからずほっとしたものだ。
怪我をした身体ならともかく、魂の抜け切った体はいかに癒し系のエルファがいようとどうしようもないのだ。
またもや現れた幻術師の集団から逃げるように階段を下りてきたリグたちは走りに走っていた。
はっとして気が付いた時には、なにやらいかにも誰かが閉じ込めてありそうな鉄格子の牢屋が見えていた。
中からは男性の叫び声が聞こえてくる。
リグが覗いてみると、そこには男性が愛する女性の名を呼び続けていた。





「あんた・・・、助けに行って捕まったわけ?」


「タニアは!? 僕のことはいい。タニアを早く!!」


「タニアさんって・・・、無事だけど。むしろ、ちょっとそこから離れてくれないと扉開けられないし」





 グプタは目の前の年の割には妙に落ち着き払った少年を見ると、恐る恐る後退した。
彼が離れたのを見計らいリグが片手を上げる。
すると重い音を立てて鉄格子が消えたではないか。
廊下を隔てた向こうの小部屋からは、大丈夫ですかーと尋ねる若い男の声がする。






「どこにもお怪我はありませんか? 気にせずに言って下さい。間に合って良かったです」






 エルファの優しい言葉にも耳を貸さず、グプタと名乗ったはかなり挙動不審に陥っているタニアの手を引くと、早口でありがとうございますと言いその場を後にしようとした。
もちろん簡単に敵の本拠地から逃げられるはずがない。
エルファは手にした盾を抱えると、ライムに向かって差し出した。
訝しげな表情で盾を受け取るライムにエルファは言った。





「だってこれ持ってたら、呪文の詠唱しづらくって。だから前線で戦うライムにあげる。
 リグに渡してもいいんだけどリグはこの前買ったばっかりだし、きっとここアジトだから、そのくらいのお金はあるよ。そしたらまた買ってもらうし」






 いつの間にやら計算高い少女になったエルファを見て、ライムはアリアハンでひたすら彼氏の帰りと平和を待ち望む、某商人見習いの事を思い出してしまった。
彼女に感化されてしまったのだろうか。
が、彼女の好意を無駄にはできないし、言われてみればなるほど、言っていることも当たっているだろう。
ライムはありがたく盾を受け取ると、くれぐれも前に出ないようにとエルファに言い含めた。
笑顔で頷く彼女を見て、少し心配にはなるが、万一の時はバースが爆発呪文の1つや2つ発動するだろうという保険があるのでその点では楽だった。
目の前に現れた案の定、盗賊はカンダタだった。







 「・・・また貴様らか。ふん。今回は以前のように落とされはせんぞ、ここは洞窟の地下深くだからな。目にもの見せてくれる!!」








 カンダタは高らかに叫ぶと、子分たちを引き連れて真っ直ぐリグたちへと突っ込んできた。
彼らの目にはグプタとタニアは見えていないらしい。
戦う術を持たない2人の夫婦にとってはこの上ない僥倖である。
子分の1人の剣がエルファに迫る。
反応が遅れたエルファは目の前に迫ってくる刃に思わず目を瞑った。
しかしやられるわけがないのだ。
彼女にはバースという心強い盾がいるのだから。






「エルファ、向こうに下がってて。盾もライムに渡しちゃったんだろ、邪魔だったから!!」







 お見通しの見解に素直に頷き、さらに後方へと下がるエルファ。
そして回復呪文を唱えながらリグたちの奮戦振りを窺う。
ライムがカンダタと対峙している。
多少ライムがカンダタのその変態さに引いている気がするが、彼女も国を守っていた勇敢な戦士である。
変態ごと気に屈するような柔な女性ではないのだ。






「とっととやられればいいものを! 女だてらに剣など遣いやがって!!」



 カンダタのその言葉がライムの怒りに火をつけた。
無言で斬りかかっていくが、その切っ先は先程とは迫力がまるで違った。
すんでの所で彼女の剣戟を交わすカンダタは思わず息を呑んだ。
たった今まで、自分を倒そうとした女性が美しいとは思いもしなかった。
その美しさはこの間連れ去ってきたタニアとか言う人妻とはもちろん比べようがないほどに若く、美しく、何よりも強かった。
しかも以前、この女性と会ったことすらあるのだ。
なぜその時に彼女の存在に気が付かなかったのだろうか。
これほどまでに美しい女性を見たのなら、一度見ただけで忘れるはずがないのに。
カンダタはその図体から予想できないほどの素早さでライムの攻撃を躱しつつ、心の中では命のやり取りをしているとは思えないことを考えていた。






「美しい・・・。貴様、名はなんと言う?」


「は?」






 子分も倒され、1人で奮戦してきたカンダタは思わずライムにその名を尋ねた。
カンダタの思いもかけない質問に攻撃の手が止まるライム。
随分な隙が出来たものだが、カンダタは彼女に斧を振り回すこともせず、身の程を弁えないナンパを繰り返した。





「生まれはどこだ。俺は忘れた。今、いくつだ。俺のことは訊くな。心に決めた奴はいるのか。俺は・・・」


「し、知らないわよ、気持ち悪いわね。この盗賊。ただの変態よりも性質が悪いじゃない」





 カンダタの執拗さと気持ち悪さに戦線離脱するライム。
そんな彼女になおも追いすがろうとするカンダタ。
リグたちも彼のしつこさに入ることもできず、その場に立ち竦んでいるだけだ。
しかし、エルファは違った。
ライムが姿も行動も、ほとんど全てがおかしい変態に付きまとわれて困っているのだ。
頼みのリグたちも混乱して当てにならないし、ここは約束を破って自分が前線に出るしかないじゃないか。
エルファは小さく握り拳を作ると、カンダタとライムの間に飛び込んだ。
新たな介入者が現れ、邪魔に思ったカンダタがエルファに向かって斧を投げつける。
それに驚き、同時に怒ったのは他でもないライムである。






「何するのよっ、このド変態!!」




 怒りの言葉と共にライムは左腕に装備していた、昨日買ったばかりの傷ひとつついていない魔法の盾を投げつけた。
叫び声とも悲鳴とも取れる声が3人から漏れる。
リグとバースと、そして盾が見事に頭にヒットしたカンダタである。
固い、しかも魔法の守護を受けた盾の威力は強力だ。
しかもそれが並みの膂力ではないライムが投げたものだから、カンダタは呻き声を上げると、その場に倒れ伏した。
重い脳震盪を起こしたらしい、起き上がる気配は全く見られない。
ライムは再び凹んでもいない盾を手に取ると、驚きで目をいっぱいに開いているエルファを立たせた。







「大丈夫? ま、エルファのおかげで立てもこの通り平気だし、あの変態はこんなになってくれたし、気持ち悪かったってことには変わりないけど一件落着ってことでいいかな」






 そう言って綺麗に微笑むと、エルファはこくりと頷いた。
今日このアジトに入って以来、彼女は頷いてばかりのような気がする。
一方リグとバースは、ライムの恐るべき底力を見て慄然としていた。
彼女を怒らせてはいけないと2人は深く心に刻み込んだ。





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