時と翼と英雄たち


詩人の旅    3







 勇者にあるまじき殺戮を引き起こした現場から、リグをエルファを連れ出す。
馬鹿でアホと罵られようと、アレフガルドの地では馬鹿でアホな賢者が人々の尊敬の対象だ。
魔力を使う者ゆえ、魔力を持つ者を第一に考えてしまうのは仕方がないと思ってほしい。
ライムは魔力を持たない。
研ぎ澄まされた洞察力はあるが、それは魔力とは無縁の力だ。
バースは実家への道中リグとエルファから戦闘での出来事を聞き、ライム失踪の原因がバシルーラにあると断定していた。
実際に見たわけではないので映像として再現することはできないが、頭の中だけでのイメージならば容易くできる。
先が見えない、後ろを振り返ってばかりの過去を知る力を持っているからこそできる芸当だと父たちは話す。
しかしバースは己が力が好きではなかった。
過去は暗い。
どうせ見るならローラのように無意味のものであっても明るいと希望が持てる未来が読みたかったのに、未来を識る力は憎き兄に渡ってしまった。
未来が見えれば、これから待ち受ける苦難を回避することができる。
未来がわかっていればエルファは歪んだ時を生きなくて良かった。
父たちは特別な力を持っているだけでも素晴らしいことなのに忌むとは何事かと口を揃えて言う。
いっそ父のように、大した力もない凡庸な人間でありたかったと何度思っただろうか。
力があれば人に信頼される。
力があるというだけで多大な期待を寄せられる。
そして、勝手に期待を寄せた人々はこちらが敵わないとわかれば勝手に失望する。
才ある人は常に人に振り回されてばかりだ。
リグも、散々人を扱き使い当てにならないと感じた時は容赦なく馬鹿だのアホだのと罵ってくる。
リグの方が堂々と貶す分、まだ気分は良かったが。
バースは小さく自重の笑みを浮かべると右手を横に凪いだ。
鬱蒼としていた森に一瞬のうちに道が現れ、後ろを歩いていたリグとエルファがわあと声を上げる。
隠された道を歩くとすぐに見えてきた建物を見上げたリグが、ぼそりと家じゃねぇと呟いた。






「ここが実家か?」


「そう。生活感ないだろ、冷たくて白々しくて」


「洗濯物とか干せない雰囲気だな。家っつーか神殿だし。それにここ、すごい力を感じる」


「私も感じるよ、ここの魔力。あったかくて優しくて、守られてるみたい」


「昔はもっと強かったんだけど今は落ちぶれてこんなもんだよ。俺にしてみれば、なんで今もこれだけ保ってられるのか不思議なくらい」


「精霊ルビスの力じゃないのか?」


「それもあるけどそれだけじゃない。ま、どうせ先祖の残した魔力食い潰してるだけなんだろうけど、親父は」






 ルビスを祀り守る賢者一族が代々蓄え築き上げてきた魔力は膨大なものだ。
アレフガルドはゾーマ以前にも幾度か危機が迫ったことがあったが、それらの時も賢者たちは大地を守り、ルビスの教えを伝え続けてきた。
しかし、今回こそもう無理かもしれない。
蓄えられた力は、歴代当主たちの中でも最も力が乏しいと言われる父の代によって使い果たされようとしている。
魔力が尽きた一族がどうなるのかは誰も知らない。
そのような状況に陥ったことがないので、一族の過去の記憶の海に潜ってもわからなかった。
力を失った一族の末路を知ることができるただ1人の人物は、見えてしまった未来に悲観したのか出奔してしまった。
追う者、追おうとする者もいたが当主は何も言わずに黙って見送った。
引き留めるだけの力がなかったからと陰口を叩かれても、当主は黙り続けていた。
バースは当主の真意をつかむことができなかった。
当主も出奔したものも自分にとってはとてつもなく近しい人物で、相次ぐ愛する人との別れに心が平静でいられなかったからだった。
一族の未来を見たと思われる彼は、たった1人の兄はいったい何を見たのだろうか。
兄を見送った父は、今は何を考えているのだろうか。
兄の出奔後ぐれ、家を飛び出したきり滅多なことでは寄りつかなかったバースには当主である父の心中を察するだけの父に対する知識や愛情が欠落していた。
そして、今も父のことは好きではない。
バースは奥の部屋で柔和な笑みを湛え経っている老人を一瞥した。
老人を目にしたリグがげ、と声を上げる。
何も知らないエルファはリグとバースと老人を順に眺め首を傾げた。






「リグ、知ってる人?」


「この人が俺が温泉で会ったバースの親父さんって人だよ。ここにいるってことはやっぱりこの人化けてるんじゃないだろうな・・・」


「えっ、あれって本当に人間だったんだ。ごめんねリグ、私半分くらい昔は人だった存在だって思ってた」


「エルファ、俺そこまで見えてないしあいつらもそんなにたくさんはいないから。・・・じゃなくて、そうなのかバース」


「いつまでモシャスやってんだよ。いや、モシャスしかできないんだったか?」


「相変わらず手厳しいな、我が息子は。お前は嫌いだろう? 己によく似た我ら家族が」


「そういうことを無神経に言ってくるから嫌いなんだよ、親父も兄貴もこの家も全部が全部!」







 激高したバースの周囲で小さな爆発が起こり、リグは咄嗟にエルファをマントで覆った。
切れる若者を諌めようと口を開きかけるが、以前も感じたことがある恐ろしい圧迫感に体が動かなくなる。
この圧力と魔力には覚えがある。
夜の闇の中で戦慄し、海上で恐怖した時と同じだ。
当時あの場にいたのは自分たちだけではなかった。
全身を黒装束で包んだ得体の知れない謎の男も近くにいた。
まさか、こいつが言ってる嫌いな兄貴って。
リグの心を見透かしたように、老人から壮年へと姿を変えた男性が爆風の中でも平然とした表情を浮かべたまま、その通りと答えた。







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