時と翼と英雄たち


勇者への路    3







 山育ちで子どもの頃から森で遊び暮らしていたので足腰には自信があるが、暗闇だといくらか緊張する。
ライムをバシルーラで飛ばされたという因縁もあるから、足や肩に力が入る。
そんなに気負わなくたってもう大丈夫よ、リグったら。
そう隣を歩くライムに笑われながら言われ、リグははっと我に返った。




「・・・俺、そんなに固かった?」


「ええそれはもうとーっても。ごめんね、私のせいで」


「なんでライムが謝んだよ、悪いのは全部魔物なんだから謝らない」


「そうなんだけど、なんだかかちこちしてるリグ見てるとつい、ね」


「・・・怖いんだ、人がいなくなるのが。ライムがいなくなった時、俺一瞬で切れたらしい。・・・初めてだった。エルファやバースも経験してる『大切な人がいなくなる』ってのが」





 フィルがいなくなった時も相当ぶち切れたが、あの時はまだ命の安全はあった。
しかしライムがバシルーラで飛ばされた時は戦闘中だったということもあり、真っ先に命を案じた。
再会した時はライムは既に事切れていて、その時初めて身近な人が目の前で死んだのを見た。
遠いところで父が死んだのとは違う、音を立てて四肢がもぎ取られる痛みと苦しみを感じたのは生まれて初めての経験だった。





「リグが言ってるのを聞いてると、まるで私一度死んだみたい」


「え、いや、そんなことは」


「・・・私ね、なんとなくだけど死んだ気がするの。リグが来る前っていうか気付いたらリグたちはいたんだけど、まだリグがいなかった時に私、死ぬだろうなって怪我を負ったわ」


「・・・そうなんだ」


「もう痛みもわからないくらいに酷かったと思うの。その時の私を見てる彼の顔がすごく苦しそうで痛そうで、死にそうなのは私なのに私ってば彼の心配しちゃったくらいだもん」





 ライムらしい優しい気配りだ。
瀕死の重傷を負ったライムに心配されていたプローズはさぞや口惜しかっただろう。
守ると決めていた大切な人が目の前で斃れ、介抱のしがいもなく息絶えていくのを見届けることしかできない自身の非力さを恥じただろう。
無力な我が手に絶望し憤り、そして起こした行動は内容に違いこそあれ本質は同じだ。
大切な人を尚も守り続けるため。
守れなかった自身をがむしゃらに攻め立てるため。
不器用なのは兄弟同じなんだな。
リグはそう呟くと、小さく笑みを浮かべた。




「ライムってほんと、昔からモテるよなー」


「ちょっと何それ」


「ほんとのことだろ。ハイドルにプローズ、しかも2人とも男前」


「プローズはそんなのじゃないわよ。彼は私を通して誰かを見ているだけ。プローズが一番愛しているのは大事な可愛い弟よ」


「そうかあ? バースに可愛い要素なんてあったかな」




 マヒャドしか唱えない情緒不安定な馬鹿賢者なかったっけ、あいつ。
ようやく本調子を取り戻したリグの言葉に、ライムは蘇って初めて大きな笑い声を上げた。


































 マイラはレーベと似ている。
森に囲まれた小さな村は、温泉が湧き切れておらず観光客も少ない今はとても静かだ。
田舎育ちのリグたちにとって騒々しくないここは、アレフガルドの中でもかなり好きな場所になりそうだった。
癒えなかった傷跡を大衆浴場で見せることを直前で躊躇ったため温泉には入らなかったが、それでもリグはマイラが嫌いではなかった。




「お、ここいい武器揃ってんじゃん」


「まあ、防具もいい品揃え」


「この辺りの魔物も強いからなー。俺もそろそろ新しい剣欲しいよ」


「鎧はこの間拾ったばかりだからいいものね」


「・・・ま、あの鎧は俺にぴったりだしな!」





 勇者しか身につけることができないと言われる鎧には受け入れられているのに、『ロト』という名前には違和感を未だに感じる。
『ロト』にならなければ、今は受け入れてくれている鎧もいずれは愛想を尽かしてしまうのだろうか。
鎧も称号も、この世界で呼ばれ待望されている勇者はとても強く深く重い歴史を持っている。
リグは光の鎧とはまるで格が違う店頭の鎧を見上げ、小さく息を吐いた。




「俺の剣、こないだプローズとやり合った時にかなりくたびれちゃったんだよ」


「あらほんと。まあ、バラモスとの戦いでも相当だったしね。またヤマトに見てもらった方がいいんじゃない?」


「そうしてほしいのは山々だけどさー。すみません、この剣見てほしいんですけどできますか?」





 人に見せるのも躊躇われるほどに痛めつけられた稲妻の剣を武器屋の店主に見せる。
店主は剣を受け取ると、すぐに眉根を寄せリグに戻した。
こいつは俺には無理な頼みさ、兄ちゃん。
店主はそう言うと軽く手を払った。





「悪いがうちには今の兄ちゃんの使ってる剣以上のもんは置いてないね。兄ちゃんも因果なもん使ってたもんだ」


「何が因果なの?」


「こいつに満足してたんなら次もこのくらいいい剣じゃないと兄ちゃん満足できねぇだろ」


「・・・でもこれが直らないんなら他の使うしかないだろ。なあ、どっかいい鍛冶知らないか?」


「鍛冶なんざ森のマイラに居つくもんかい。でもそうさなあ・・・、道具屋の親父は手先は器用だからひょっとしたらいけるかもしんねぇな」


「えー道具屋ー? それほんとかー?」





 鍛冶やってる道具屋なんて聞いたことないけど本当に大丈夫なのかな、不安しかないけどなー。
店主から返された稲妻の剣を鞘に仕舞っていたリグは、不意に背後から後頭部を襲われ痛いと悲鳴を上げた。







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