時と翼と英雄たち


精霊ルビスと愛し子たち    1







 特別強く斬りつけたわけではない。
ただいつものように城の周囲の魔物を退治していたら、剣が根元からぼきりと折れた。
魔物はその後殴りつけ倒すことができたが、嫌な予感が拭えない。
長く使っている愛用の剣だがそう簡単に悪くなるようななまくらものではないし、手入れは毎日丹念にしている。
先日刀鍛冶に見せた時にも何の異常もなかったのだから、胸をざわつかせるもやもやとした思いが気になってたまらない。
嫌な予感と考え真っ先に思い浮かぶのは、真の魔王を倒すためアリアハンの勇者リグたちと共に異世界へ赴いたライムの身だ。
彼女は今何をしているのだろうか。
今日も無事に旅をしているのだろうか。
ハイドルは天を仰ぐと、愛しい女性の名を呼んだ。


































 何を見て、何を言って、何をすればいいのかわからなくなった。
ラゴンヌのサティを残しルビスの塔最上階の間へ駆け上がったリグは、扉を開けた瞬間に飛び込んできた光景に言葉を失っていた。
探し続けていたライムをやっと見つけたのに、足が彼女の元まで向かわせてくれない。
彼女の元へ向かえないのは、身に迫る危険を察した直感が本能的に行動することを放棄したからかもしれない。
怖いと思った。
魔物ではなく、人に対して恐怖を感じるのは後にも先にもこの男に対してだけだろうとリグはこの時確信した。






「ライム・・・?」


「・・・何だよ、これ・・・・・・、何なんだよ、これじゃまるで・・・」





 あの時と一緒だ。
震える声でバースが呟いた直後部屋中に満ち満ちていた魔力が一気に弾け、周囲に群れていた大量の決して弱くはない魔物たちが悲鳴を上げることもなく砕け散る。
消えたのではない。
まるで体内が爆発したかのように無残に飛び散った光景に、エルファが小さく叫び口元を覆う。
ただの肉塊どころか細切れとされた原型を微塵も留めていないかつて魔物だった石くずや肉片が、ぼとぼとと床や壁を汚す。
部屋の中央から発せられ続ける強大な魔力に、リグは全身が粟立つのを感じた。





「おいバース・・・、あれ、何だよ・・・。なんであいつ、ライム抱いてるんだよ・・・。なんでライム、動きもしないしあんなに全身血まみれなんだよ・・・。なんであいつ、あんなに強くて怖いんだ!」


「・・・訊かなくてもわかるだろ・・・?」


「ライムを殺したのがあれって言うのか!? お前の兄貴がライムをやったのか!?」


「ライム・・・?」






 破壊者が魔力の放出をやめ、ゆるりと顔をこちらに向ける。
魔物よりも魔物らしい破壊力を持つその者の顔を見た時、リグはライムを殺めたのが彼ではないと悟った。
殺戮者は、そんな顔をしない。
泣いて震える指で壊れものを守るようなことはしない。
彼は人間だ。
人間離れした力を持っているだけで、魔王に心を売り渡してなどいない血の通ったれっきとした人間だ。
リグたちの存在をようやく認めたらしいプローズが、ライムをそっと床に横たえのろのろと立ち上がる。
どうして迎えに来たのが今なんだ?
彼女はずっと待っていて探して旅を続けていたのに、どうして今まで会えなかった?
怒りか悲しみか、震える声でそう尋ねられたリグは何も言い返すことができなかった。
真っ直ぐこちらを見据えてくるプローズの目に耐えられなかった。
晴れ渡った空のような色をした透き通った綺麗な目に、夜の闇と同じ色の瞳を宿した自身が飲み込まれそうで怖かった。
リグから望んだ反応が得られなかったのか、プローズの端正に整った顔が歪む。
この世界なんてなくなってしまえばいい。
ぼそりと呟かれた呪詛の言葉と共に再び溢れ始めた魔力に、バースはようやく我に返るとリグを押しのけプローズの正面に立った。






「やめろよ! もうやめてくれ、これじゃ昔と変わらない!」


「昔・・・?」


「こうなるのは初めてじゃないけど、今はその話はする必要ない。魔物が憎いのはわかるさ、俺もそうだ。でも、こんなことやってたらてめぇももっと悪くなる!」


「・・・僕はもう、悪い」






 先程とは比べものにならない破壊力を持った魔力の塊が、塔を壊さんばかりの勢いで暴れ狂う。
動きを止められた無抵抗の魔物たちを切り刻み、壁を抉り、床を砕く様子はこの世のものではないようだ。
バースは放心状態のエルファの手をつかみ辛うじて意識のあるリグに乱暴に押しつけると、こちらめがけて飛んできた岩を防ぐべく早口で結界を作り出した。
岩は砕けるが、プローズの絶大な魔力そのものは受け止めただけで結界がびりびりと震える。
元々、結界や空間といったこの世界とは別の次元の存在を生み出すのは兄の方が抜群に才能に秀でている。
昔から兄に勝てた験しはなかった。
歳の差では測ることができない天性の力を兄は持っていた。
魔力の量も質も使い方も兄の方がずば抜けてセンスがあり、同じ天才と呼ばれていてもこちらとは格が違う天才とバースは幼心に痛感していた。
昔から優れすぎていた兄に、まだ力のすべてを取り戻したわけでもないこちらが敵うとは思っていない。
しかし今は敵わなくていいのだ。
敵わずとも、兄の怒りと悲しみに耐えリグたちを守りきれさえすればいいのだ。
結界の外の床が剥がれ、瓦礫がぱらぱらと宙を舞う。
額に浮かんでは流れ続ける汗を拭いたいが、少しでも気を緩めるとこちらも魔物たちと同じように木端微塵にされてしまいかねない。
なぜプローズがこうなったのかは、ルビスの塔に来てからの彼らの行動がわからない以上謎のままだ。
衰えを知らず、むしろ威力を増すばかりの力に押される結界にぴしりと嫌な音が走ると同時に亀裂が入る。
今度こそ兄に殺される。
バースは震える指の間から魔力の放出を際限なく続けるプローズを見つめ、小さく兄貴と呟いた。







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