時と翼と英雄たち


ジャンクション    4







 あちらこちらから求めた花の種や苗を手にネクロゴンドの地へ降り立つ。
バラモスを倒したとはいっても、長い間闇の力に蝕まれていたネクロゴンドはまだまだ空気が澱んでいる。
それでも時折どこからともなく清らかな光と風が差し込むようになったのは、復興への兆しなのかもしれない。
エルファは地面に座り込むと、準備していたスコップで土を堀り返し始めた。






「城へと続く長くて広い道にはいっぱい花、咲いてたよね」


「こんな山奥によくあれこれ咲いてるもんだなって、初めて来た時は思ったんだっけ」


「王女がすっごく植物が好きで、いっぱい種とか取り寄せては植えてらしたから。・・・だからリゼルさんは薬草に詳しかったんだ」





 程よく開けた穴に種を入れ、そっと土を被せる。
上手く咲いてくれますようにと呟くと、隣に座っていたバースが咲くよと答える。
咲くに決まっている。
少なくともこの地上からバラモスは消えたのだ。
ネクロゴンドを覆っていた霧が晴れ暖かな光が差し込むようになったこれからは、花は花らしく咲き誇るはずだ。
バースは苗を手に取ると、エルファの見よう見真似で植え始めた。
強く握り締めると潰してしまいそうな細くて小さな苗に恐る恐る触れていると、手つきを見たエルファがくすくすと笑い出す。
こちらは用心して扱っているのに、それを笑うとは何事か。
エルファはひとしきり笑うと、バースの手からそっと苗を取り上げた。






「そんなに恐々触らなくても大丈夫、花は意外と強いんだよ」


「そうかもしれないけど、だからって笑わなくてもいいと思うんだけど、エルファ」


「ごめんね、それは。でもバースったらおかしいんだもん」





 乱暴にするよりも優しくした方がいいが、優しすぎるのがいいというわけでもない。
いきすぎた優しさは逆に、人を傷つけることになりかねない。
殊にバースのような不器用な優しさの持ち主は、その優しさゆえに自身や他人を傷つけかねない。
エルファはもう二度と、バースに不必要に罪悪感を背負ってほしくなかった。
だから、たとえどんなにちっぽけなことでも決めたのだ。
今度は、今度こそこちらがバースを助けるのだと。
バースに心から笑ってもらうのだ。
今のエルファの願いはそれただ1つだった。
唯一で一番の願いだった。
エルファは苗を植え終えると、じっとバースを見つめた。
柔らかな表情でガーデニングを観察していたバースも、エルファの視線に気付き真剣な顔つきになって見つめ返す。






「バース、私はアレフガルドに行くよ。連れて行ってくれる?」


「・・・来てくれるのはすごく嬉しいし頼もしいけど、俺はエルファがまた辛い目に遭うのは見たくない」


「今までも辛くなんかなかったよ? リグがいてライムがいて、バースもずっと傍にいて不安定だった私を支えてくれた。辛いわけない、楽しいよ」


「それは今までの話だ。・・・正直なとこ、あっちに行ったら俺はリグたちに構ってなんかやれない。むしろ俺をリグたちが止めにかかりそうな気がする」


「当たり前じゃないかな。だってアレフガルドはバースの故郷だもん。故郷のために一生懸命になるのは人として当然のことだよ」


「そういう意味じゃなくて! ・・・ごめん、俺ほんとに駄目なんだ」






 バースは前髪をくしゃりとかき上げると、ため息をつき瓦礫に腰を下ろした。
こちらから考えていた以上に、バースはアレフガルドのことで思い詰めているようだ。
エルファはバースの前にしゃがみ込むと、ゆっくりと彼の両手を握り締めた。
どこにも傷を負っていないのにホイミを唱える。
温かな光がバースの手を包み込む。
バースは口元を緩めると、いらないよと呟いた。





「どこも怪我なんかしてないんだから魔力の無駄遣いはやめよう。エルファ」


「無駄遣いなんかじゃないよ。私がやりたいからやってるの。私、やっぱり攻撃呪文よりも回復呪文の方が好きで得意だから」


「・・・温かいな、エルファのホイミって。昔からずっと思ってた。他の連中がするホイミよりもすごく優しくて柔かい。
 呪文は人の心は癒せないはずなのに、俺はエルファにこうされているといつも心が救われる」


「私が神官団員に就けたのは、バースも褒めてくれるこの回復呪文がタスマン様に認められたからなの。だから、実は誰よりも自信あるんだ」


「自信持っていいよ、俺はエルファの回復呪文大好きだ。
 ・・・あっちじゃたぶん、エルファのこと守る余裕なんかない。怪我なんかしてないのに、エルファにたくさんホイミせがむかもしれない」


「それでいいんだよ。もっと私に甘えて? 私、バースと一緒にいたい。バースと一緒ならどこに行っても怖くないよ。
 ・・・私が一番怖いのは、バースが黙ってどこか遠くに行っちゃうこと」






 エルファはバースから手を離すと、中腰になり彼の肩に手を置き直した。
バースの腕がエルファの体へと伸び、エルファの体が引き寄せられる。
一緒に行きたいと、バースの腕の中でエルファがぽそりと呟く。
来てほしい、ありがとうそう言ってくれて。
エルファに感謝の言葉を伝えようと、バースは口を開いた。





「・・・来て「おいそこの色狂い白髪馬鹿賢者、エルファに何やってんだ」・・・リグくんこそどうしてここにいるのかな?」





 冷え切った声と冷ややかな視線に晒され、バースとエルファは声のした方へと顔を向けた。
似合わない花束を抱え元彼女とネクロゴンド城巡りを敢行しているリグが、花束をフィルに預けバースの頭にチョップを落とす。
母さんとエルファの思い出の地で何やってんだと容赦なく糾弾され、バースは罰が悪そうに顔を逸らした。





「人に散々悩ませるようなこと言っといて、自分はエルファとデートか? 結構なご身分だな」


「・・・そういうリグこそ、フィルちゃんといつの間に縒り戻したのか? ここ、デートスポットにはおすすめしないぞ」


「あ、バースくん、私たち縒り戻したわけじゃないから。ただちょっとリグの気持ちの整理に付き合ってあげてるだけだから」


「そうなのリグ?」


「そんなとこ。てことで2人とも、気持ち固まってんならここから出てってくれるか? 花の種余ってんなら俺も蒔きたいからちょっとくれ」





 友人に対する言葉とは思えないマヒャドレベルの冷たさでバースをエルファを追い出し、ついでとばかりにエルファから花の種と苗を引き取る。
これは何の種であの苗は何と説明を受けているフィルを眺めていると、この城がついこの間までは魔王の居城だったということを忘れそうになる。
元は人間が住んでいたところに魔物が棲みついただけなのだ。
魔物の不在に違和感を覚えることなどあってはならないのに、未だに不思議な気分になる。





「じゃあご命令どおり俺らは先にアリアハン行ってるから。宿屋にまた泊めてくれる、フィルちゃん」


「どうぞどうぞ。お父さんにも言ってるから自分の家だと思って寛いでね」






 フィルに見送られネクロゴンドを後にする。
追い出されちゃったなとぼやくと、追い出されちゃったねとエルファも笑いながら同意する。
ネクロゴンドは今でも大切だ。
大切だから、もう第二のネクロゴンドを生み出したくはない。
生み出さないために前へ進むのだ。
アレフガルドに光をもたらすために進むと決めたのだから、ネクロゴンドを振り返ってばかりもいられない。





「リグたち、ちゃんと考えて植えてくれるかな?」


「フィルちゃんいるから大丈夫だろ。宿屋のベランダは綺麗だったし」


「そうだよね、まさか台所だったとこに植えたりはしないよね!」





 ああでも、必要最低限のこと以外は面倒くさいで片付けてしまうリグのことだから、フィルの忠告も聞かず好き勝手に種を蒔くかもしれない。
アレフガルドに行く前にもう一度、様子を見に行った方がいいかもしれないな。
エルファは2歩前を歩くバースに駆け寄ると、並んで歩き始めた。







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