時と翼と英雄たち


ジャンクション    6







 ジパングから帰還したリグとフィルは公園の隅のベンチに腰掛け、特に会話を交わすでもなく空を見上げていた。
ネクロゴンドへ行きジパングへ行き、様々な思いを抱いた。
心は既に決まっていた。
この空を見上げることは、数日後を堺に当分なくなるだろう。
太陽の光を浴びることもしばらくはできなくなる。
次に太陽と出会うのは、アレフガルドに光を取り戻した日だ。






「俺、やっぱりアリアハンが好きだ」


「私もやっぱりアリアハンが一番落ち着く。ここで生まれ育ったからなんだろうけど」


「故郷って、落ち着く場所じゃないといけないと思う。心休まる場所が故郷だと思う」


「うん、そうだね。何年生きようとその人にとっての故郷は1つしかないから、だから大切なんだよ」


「俺のことを皆が忘れてしまってもここが俺の故郷だから、そう考えたらあっちに行くことが少し怖くなくなった」






 行くよと自分自身にも言い聞かせるように呟くと、フィルが顔をこちらへと向けた。
リグと名を呼ばれたので振り向くと、ふわりと微笑まれる。
微笑といえば聞こえがいいが、フィルの顔は小刻みに震えていてどこかぎこちない。
リグはそっとフィルの顔に手を添えた。
ざらりとした肌に指が触れ、かつての惨劇を思い出す。
傷はほとんど見えなくなったが、触れればここに何が起こったのかわかる。
戦い、傷つくことに慣れている者だからこそわかる微かな違和感かもしれなかった。





「リグ、私はここにいるよ、ずっといるよ。リグのことも忘れないし、リグが好きだったアリアハンのことも覚えてる。
 私が見てきたアリアハンはリグが知ってるアリアハンと同じだもん」


「それはフィルの重荷にはならないのか?」


「なるわけない。私が好きなアリアハンは、リグがいたアリアハン。リグが好きなアリアハンは、私も好きなアリアハン。私は、私だけはリグの故郷を守っててあげる」


「逞しいな、フィルは」


「私も色々あったから多少は打たれ強くなったの。いつまでも昔のままの、わがままな私だとは思わないことね」


「あまりの成長っぷりに夢じゃないかと」


「脛でも蹴ってあげようか」






 いいとも悪いとも答える前に脛を蹴り上げられ、リグは悶絶した。
痛いということは夢ではない。
先程フィルが言ってくれた言葉も全て本物だ。
本当にフィルは頼もしく、そして逞しくなった。
嬉しいような情けないやらおかしくなって、思わず笑みが零れる。
突然笑い始めたこちらに初めはきょとんとしていたフィルも、つられたように軽快な笑い声を上げ始めた。





「口を開けばわがままばっかだったフィルがまさか、俺を勇気づけるとはなー。もう変わってるじゃん、アリアハン」


「こっちこそ、旅に出た頃はつんけんしててみんなと仲良くできるのか不安だったリグが、あちこちで友だちいっぱい作ってるんだもん。びっくりしちゃった」


「そんなもんなんだろうな、変わるってことは。変化じゃなくて成長、進化なんだろうな」


「うん。ちょっと成長したって本質は一緒。そう考えたら私も、10年リグと会えないことが怖くなくなった」


「怖かったのか?」


「そりゃそうだよ。でももう平気、今なら笑って行ってらっしゃいって言える」






 送り出す時くらい笑顔でいたい。
別れた後はきっと寂しくて不安で怖くて泣いてしまうだろうから、別れの時までは笑っていて、リグには笑顔の自分を覚えていてほしい。
右も左もわからない、方角を示す太陽からも見離された暗黒の地へ赴くリグたちの方がよっぽど怖いに決まっている。
不安と恐怖で潰されてしまいそうなリグたちに、余計な心配はさせたくない。
待つことは辛く長く苦しいが、必ず帰って来てくれると信じているから未来を見つめていられる。
幼なじみとしてとか友人としてとか、恋人としてといった括りなど関係なくフィルはリグが好きだった。
同じアリアハン国民とはいえど進む道がまるで違っていても、フィルはリグを愛していた。
嫌いになれるわけがなかった。






「俺、フィルと出会えて良かった。フィルと会えたことが俺の人生で一番幸せなことだと思う」


「まあ、当然の感想よね」


「何だよそれ。俺はやっぱりフィルが大好きだ。フィルが待っててくれるって思っただけで、すごくここに帰って来たくなる」


「待つとは言ってないよ? 私はとっくに誰かの奥さんになってるかも」


「その時はまず決闘だな、フィルを賭けて」


「世界を救った勇者様に勝てる男がいるわけないじゃない。バースくんならともかく」


「バースにはエルファがいるから、実質俺の1人勝ちだな」


「なんだ、つまんない決闘」







 ひとしきり笑い合い、笑みが途切れた頃を見計らいいつ行くのと尋ねる。
2,3日中にはと即答され、様々な思いを噛み殺しそっかとだけ答える。
せめてこちらにいる間は、とびきり美味しい栄養たっぷりな料理を食べてもらおう。
怪我をしないように、骨を強くするために少しばかり奮発していい食材を揃えよう。
そして、その見返りに平和になった暁にはアレフガルドの民をアリアハンへ連れてくる観光大使を引き受けてもらおう。
アリアハンはもっと国を開くべきだ。
フィルはジパングを視察した今、その思いで溢れていた。





「そうと決まったら、あっち行くのに必要な物揃えに行かなきゃな。フィル、買物するから明日はサマンオサとか行こうか」


「人を値切る道具にしないでよ、もう」


「値切れって言う前から値切ってるくせによく言うよ。デートだデート、バハラタの黒コショウ料理美味いんだぜ!」


「あ、それ聞いたことある! リグ、確か黒コショウ屋さんと知り合いだったよね。安く仕入れられるように交渉するからちょっと同席してて」


「ほんっと抜け目ないな・・・!」





 明日はまずはバハラタ、それからポルトガで魚を仕入れて最後にサマンオサ。
リグとフィルは地面に描いた即席の世界地図を見下ろし、再び笑い合った。







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