お菓子イベントはない

かぼちゃ祭り





 アリアハンに魔物と魔法使いが大量発生した。
吸血鬼も狼男も、めいっぱい現れた。
いきなりの襲来ではない。
これは、アリアハンに古くから伝わる『かぼちゃ祭り』の一環だった。






「かぼちゃ祭り?」


「そ。毎年この時期になったら、みんな仮装するのよ。
 詳しい由来は、城の図書館にでも行って調べてきて。」






 かぼちゃ祭り仕様なのか、黒い三角帽子に黒いマントと魔女のいでたちのフィルが、エルファに説明した。
なるほど、言われてみれば街中は人面猫や魔法使いで溢れている。
いつもどおりの格好をしているのは、リグたち旅の一行ぐらいだ。





「でもリグは仮装してないよ。ライムもいないし。」


「はぁ? リグ、今年も渋ってるわけ? せっかく狼男の衣装をプレゼントしたのに・・・。」


「リグは狼男なんだ。私も何か仮装しよっかな、どれにしよう。」





 魔女かな、吸血鬼かな。
いろいろと想像してみるが、どれもしっくりとこない。
フィルは宿屋の帳簿をぱたんと閉じ、カウンターを飛び越えると、きらきらと目を輝かせエルファの手を取った。




「今から仮装の衣装見繕ったげる! ついでにリグを狼男にしなくっちゃ。
 せっかくだし、バースも仮装した方が盛り上がるよね。」


「ラ、ライムは・・・。」


「あ、言ってなかったっけ。ライムは今年も森の女神役だよ。
 てか、ライムが結婚するか、もっと美人が出て来ない限り、ずっと女神役。」





 森の女神とは、毎年見目麗しい未婚の女性が勤める役らしい。
レーベの教会でひたすらかぼちゃのお供えを受けるのが、その仕事である。
楽なのか面倒なのかは本人に聞かないとよくわからないが、ライムはここ3年ずっとその役を引き受けているという。
エルファは、後でリグやフィルたちと一緒に、かぼちゃを供えに行くことにした。
女神だなんて、きっとたいそう美しいのだろう。
適材適所とは、こういうことを言うのだ。















「リグーーーー、いるーーー!?」


「あ・・・。何だよ、今年は魔女か。言っとくけど俺は・・・。」


「駄目よ、ほら、せっかく狼男あげたんだから着ないと。
 ぴったりじゃない、そのつっけんどんな一匹狼の具合が。」





 リグは心底嫌そうに狼男セットを見やった。
アリアハンを代表する国家行事に水を差すわけではないが、この祭りはあまり好きではなかった。
もう子どもでもないのに、何が悲しくて耳をつけねばならないんだ。
牙をつけねばならないのだ。
尻尾とか茶色の毛皮とか、そんなの勘弁してほしい。





「あっれー、リグは狼男すんのか。ぴったりだな、うん。
 男はみんな狼って言うし。」


「「「バース。」」」





 突然の乱入に、3人は声のした方を振り向いた。
そこには、黒装束に身を包んだ銀髪の青年が、壁にもたれて立っていた。
口元から覗かせる牙が、なんとも美しい。
こんなに色気のある吸血鬼、滅多にお目にかかれない。




「かっこいいだろ。いやぁ、我ながらよく似合う。」


「バース、よく似合ってるじゃない!」





 リグに衣装を押し付け、手放しで賞賛するフィル。
全く注目されずやや不機嫌になるリグに、エルファは苦笑しつつ話しかけた。




「恥ずかしがらずに着たらいいのに。
 フィル、リグの狼男見たら、ものすごく喜ぶと思うよ。」


「自分だって仮装してないじゃん。」


「何言ってんのよ、エルファは今からするのよ。ね、エルファ。」


「う、うん・・・?」





 ずるずるとエルファを引きずり姿を消したフィルを、男2人はぼんやりと見送っていた。
なんと言うか、フィルに預けていたら、エルファはそのうちボロ雑巾になりそうだ。
ブーツの底とかすぐに磨り減りそうだし。




「・・・お前の彼女さ、可愛いんだけどちょーっとエルファの扱い方間違ってると思うんだ。」


「俺、注意しとく。エルファにもそれとなく謝っとくよ。」




 かぼちゃ祭りの衣装よりも、エルファ本体の身を案じたリグとバースだった。


































 どでかいかぼちゃを手に訪れる多くのアリアハン国民を前に、ライムは今年も森の女神役を演じていた。
手を組んで1人1人と少し言葉を交わすだけだから、まぁ楽な仕事ではある。
国民なんてほとんど顔見知りだし、気負うこともない。
ただ、さすがに3年目ともなると飽きてくる。
待っても待っても暇潰し(リグたち)は来ないし、欠伸を噛み殺すのもそろそろ限界だった。
来年こそはこの役断ろう。
エルファにでもさせればいい。
ライムはそんな無責任なことを考えつつ、また新たにやって来た村人と言葉を交わした。







「ライム、私たちだって気付くかな。」


「わかるだろ、フィルのその髪の色で。」


「な、何よ。この桃色の紙好きだって、リグ言ってくれたじゃない。」


「ばっ・・・、今言うなよ馬鹿!!」





 教会特有の厳かな雰囲気をぶち壊す集団が、ついに現れた。
正体がわかるわからない以前の問題だった。
教会の前で人目憚らずのろけ、こんなに騒がしくするのはあの4人しかいない。
もう少し仲良くして来れないものかと、ライムは小さくため息を吐いた。
ここは心を鎮める教会だ。
いがみ合う場所ではない。






「あ、ライムだ。」


「毎年毎年ご苦労なことで。でもって、来年も頑張れ。」




 リグはかぼちゃを無造作に置くと、ライムに向かって話しかけた。
一瞬の沈黙の後、ライムはようやく口を開いた。




「あのね、教会なんだからもう少し静かにできないの?
 話し声が丸聞こえよ。」


「仕方ないじゃん、フィルが騒ぐんだから。」


「なっ・・・! そうやって人のせいばっかりして・・・。
 わ、私が森の女神になったら、リグなんか入れないんだからね!」


「いつになったらなれるんだろうなー。」





 ばちばちと不穏な火花を散らし始めた2人に、ライムは今度は深くため息をついた。
どうしてこう、毎度喧嘩になってしまうのだろうか。
隣のバースとエルファを見習おうとはしないんだろうか。
彼らの周りだけ、我関せずといった雰囲気で、まるで別世界だ。
リグたちのことなど、端から眼中にないという気もする。





「バースはやっぱり、どんな格好でも似合うんだね。」


「エルファも本物の姫君みたいだ。思わず血を吸いたくなる。」


「バースは役作りまで、ばっちりなんだね。」






 ライムは全く対照的な2組の男女を見やり、腹を決めた。
やはりここは、女神としてこの場を収拾せねばなるまい。
そうでないと、いつまでも次の村人が入って来れない。
身内のトラブルで国家行事を台無しにするなど、王宮戦士団員として許されない。





「リグ、フィル・・・。そしてバース、エルファ・・・。
 そなたたちには、これらの供え物を保存庫まで運んでもらいましょう。
 ・・・いいですね。」



「・・・こういう時だけ女神の絶対権力使って・・・。」


「リグっ、女神の言葉は絶対なんだから!」




 ぼそぼそと文句を言うリグを叱責するフィル。
彼らの言うとおり、年に1度だけ発せられる女神の言いつけは絶対的なものだった。
これに逆らうと、その1年は平穏に暮らせないと言われている。
たかが名言、されど名言なのだ。
人の目がある以上、大人しく従うしかない。
しぶしぶと、けれども真面目にかぼちゃを運び始めたリグは、ふと思い出したようにフィル、と呼びかけた。






「なに、リグ。」


「・・・森の女神なんかなるなよ。・・・一緒にいれなくなるからな。」


「し、仕方ないわね。じゃあ断ってあげよっかな。」


「そんな奇跡が起きればな。」








 森の女神の力は、偉大だった。








あとがき

ハロウィンと見せかけて、悪戯云々はなかったというオチ。
来年の森の女神役も、たぶんライムです。





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