時と翼と英雄たち

海賊の館    7





 2艘の船が、海上を滑るように走っていた。
片方はリグたち、もう片方はアイシャ率いる海賊団の船だ。
ちなみにアイシャたちが持つ船は1艘ではない。
本当は5,6艘あるのだが、アイシャが選抜した手下たちだけを同行させているのだ。
残った海賊たちは、館近辺の海でいつもどおりの仕事をするだけらしい。





「あたしがいなくてもあいつらはまともにやってるよ。
 賊とか名乗ってるけど、元はいい奴らなんだよ。」




 リグたちの船に乗り込んでいるアイシャは、すぐ隣を航行している自身の船を見やった。
アイシャは、自分とライムが双子だということを公表しなかった。
余計な混乱を招きたくなかったし、その事実は普段の活動に関係ないからだった。
それに天下の勇者のお供が、善悪は別としても海賊一家の身内だと知れば、なかなか風評が悪くなる。
多くの人が知らなくても、あたしとライムは姉妹だから。
そうきっぱりと言い切った彼女を前にしては、リグたちももはや何も言えなかった。






「アイシャが船乗りを連れて来てくれたから、久々にゆっくりできるわ。」


「そりゃ良かった。ずっとライムが舵取ってたんだねぇ。立派なもんだ。」




 今船を操っているのは海賊団の団員及びバースだった。
本職から習った方が覚えも早いかも、とバースは操舵室に籠もりっきりだ。
たまに船を動かしているようで、その間だけ船が見事に蛇行している。
まだまだ上達には時間がかかりそうだ。
手すりに捕まらないといけないようでは、不安でたまらない。





「リグとエルファは? さっきから見てないけど。」


「体のあちこちが痛いらしくって。それで寝てる。」


「そうだろうね、昨日は地べたでお休みだったから。」


「地べたって・・・、エルファも?」


「そう。3人仲良く並んで寝てたよ。」





 信じられない、と思った。 男女7歳にして席を同じゅうせずとは言わないが、17,8にもなった連中が雑魚寝。
本人たちにやましい思いなどは微塵もなかろうが、一応の分別はつけてほしい。
それに、野宿をするような状況ではなかったはずだ。




「あぁ・・・頭が痛い・・・。」


「まるで保護者だねぇ。」




 別に怒るつもりはないが、とりあえずエルファを窘めておこう。
ライムの脳内スケジュール帳に、新たな予定が刻まれた。





























 てっきり仮眠中と思われたリグとエルファだったが、とても安眠できる船旅ではなかった。
30分に1度ほどの間隔で訪れる衝撃は、彼らの体を固い床に突き落とした。
リグは眠ることを諦めた。
実は眠たいのではなくて体が痛いのだ。
ベッドから落ちる方が、体に毒だった。





「ったく、才能ないだろ根本的に。」




 自身のことはさておいて、リグは相変わらず座礁1号を苛めているバースに悪態をついた。
やっぱりライムの操舵の方が落ち着ける。
そもそもあんなにドカドカとイオラとかヒャダインとか唱えてる奴が、セーフティドライブなんてできるはずがないのだ。
その点から言えば、ひょっとしたらエルファの方が向いているのかもしれない。
惜しむらくは、彼女の非力さだが。
リグは甲板へと出た。
すぐ隣を走っている海賊船を眺める。
すると、向こうにいた若い男に手招きされた。






「リグさん、暇なら俺らのとこに来て話しません?」


「別に暇なわけじゃないけど・・・。」





 リグはちらりとライムを見た。
アイシャと話し込んでいるので、自分がいなくなっても気付かないだろう。
それにどう贔屓目に見ても、海賊船のほうが滑らかに動いている。
結局快適な船旅に、リグは負けた。
そう遠くはない距離なので、勢いをつけて船に飛び移る。
もとより話し合いに加わるつもりはなく、聞き役に徹する算段である。
あちこちを航海しているというから、耳寄りな情報も得られるかもしれない。






「俺の友達がさ、つい最近できたっていう町に行ったんだ。」


「町? そりゃどこだ。」


「俺らのアジトと陸続きになってる大陸の、ずっと北だそうだ。」





 町というよりも今はまだ発展途中の村という感じで、新天地を求めてやって来た人々の集合体のようなものらしい。
リグは頭の中の地図を開くと、その村の位置を確認した。
そして思わず頬を緩めた。
そこは間違いなくフィルがいる土地だったのだ。
どうなることやらと密かに案じていたが、どうやら軌道には載っているらしい。
さすがはフィル、ただの女ではない。





「リグさんも1度行ってみるといいっすよ。ダチの話じゃあそこの現場指揮の子、結構可愛いらしいし。」


「馬鹿、勇者ともあろう人が可愛い子に鼻の下伸ばすわけないだろうが。」



「・・・行ってみよっかな。」


「「えぇ?」」





 ぼそりとつぶやいたリグの言葉に、周囲はぎょっとした。
まさか、いかにもストイックの塊のような勇者が女の話に飛びつくなんて。
もう1人のえらくヘラヘラした賢者殿の方ならまだわかるけど、やっぱり勇者といってもただの年頃の青年か。
海賊たちの間に、リグに対する妙な親近感が生まれた。
あくまで彼らの予測は想像の域を出ていないのだが。






「いやぁ、人は見かけによらないなぁ。
 天下の勇者も女の色気にゃ負けるって?」


「何を言ってんのかさっぱりわかんないんだけど。
 ・・・新興の町なら世界中から人が集まる。いい情報収集になると思っただけだよ。」





 淡々ともっともな理由を話すリグ。
別にフィルそのものに興味がないわけではないが、それを彼らに語る必要はない。
それに自分の彼女が可愛いと言われ、満更でもない気分だった。
あれも見る人によっちゃ、見目良く写るものなのかと感心してしまう。
悪い虫がついてしまっても、それはそれで非常に困るわけなのだが。
なんてったって親父さんに宣言してしまったのだ。
嫁の貰い手がなくなったら俺がもらうって。






「そ、そうだよな! 美女はライムさんとエルファちゃんだけで充分!」


「ライムとエルファに変な気は起こさないでくれよ。あの馬鹿賢者が面倒だから。」







 リグたちの船が安定した走りを見せるようになってきた。
バースが甲板で背伸びしているのも見える。
どうやら操舵をライムに任せたらしい。
身の安全を確認したリグは、来た時と同じように船に飛び移った。
情報らしい情報は手に入らなかったがまぁいい。
リグは相変わらず操舵力の乏しさを遺憾なく発揮してくれるバースを愚痴るべく、海賊たちとの懇親会を後にしたのだった。





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