時と翼と英雄たち

海賊の館    9





 中にバースとライムがいないことを確認し、そっと階段に忍び寄る。
変人学者の家だ。
動く床とか動く石像とかあってもおかしくない。
リグは渋るエルファを宥めすかし、ようやく目的地へとたどり着いていた。




「リグは行きたくなかったんでしょ。」


「でも、ここ大したもんないじゃん。それにライムはともかく、バースじゃ不安だし。」


「バースは有能な賢者だよ、リグ。どうしてバースに冷たく当たるの。」





 冷たく当たっているつもりはなかった。
これは元々の性格から来る接し方である。
それに、本当に鬱陶しいとかうざったいという感情を抱くのであれば、最初から旅に同行させていない。
ただ、本能的に彼の存在に不安を感じる時があるのだ。
それが、いつものあのおちゃらけた態度から来るものか、あるいはもっと別の所からなのかはわからないのだが。





「別に俺が優しくなくたって、エルファはバースに充分甘いと思うよ。
 いっそのこと付き合っちゃえば? 知り合いだったみたいだしさ。」


「な・・・っ!! 私帰るよ、変なことしか言わないんなら私帰るよ!?」


「帰りたければ帰るがいい。私は奇妙なことしか言わんぞ。」






 突然乱入した第三者の声に、リグたちはぎょっとした。
声がした方向を恐る恐る見やる。
するとそこには、白衣を身に纏った神経質そうな男が仁王立ちしていた。





「今日は客人が多いな。しかし・・・、もう少し静かに来ることはできんのか。」


「「すみません・・・。」」





 学校の先生のような妙なオーラを前に、リグとエルファは叱られた生徒よろしく謝ってしまう。
まったく最近の旅人は礼儀も知らんのかとため息をつかれては、もはや返す言葉も見つからない。






「先程銀髪の賢者殿と海賊団長殿にそっくりの女性が来たが。君たちの連れかね。」


「そうです。4人で旅をしてるんで。」


「なるほど、心強い仲間を持ったものだな。あの本を託して良かったというものだ。」





 やけに満足げにうなづく学者にエルファは苦笑した。
妙に気に入られてしまったようだが、彼らも初めは相手にするのに緊張したことだろう。
さしものバースの笑みも、男性の前では効果がないし。




「ということで、詳しくは仲間に聞いてくれ。私は私の研究で忙しいのだ。」


「・・・先生、どうして変人呼ばわりされてるんですか?」

「リグっ。」





 突拍子もなく発せられたリグの問いかけに、エルファは慌てて彼を戒めた。
いくら気になったとはいえ、そんなこと堂々と初対面の人物に尋ねてはいけない。
本当に礼儀知らずと思われてしまったらどうするのだ。
あくまで身勝手、我が道を暴走するリグにエルファは泣きたくなってきた。
きっとこういう感じでずけずけとフィルに物を言っているから、始終喧嘩が絶えないのだ。





「これはまた興味深い質問をするのだな。
 ふむ、私は最近意味のわからない詩を口走っているらしい。
 そのせいで、村の者たちからはボケだの変人だの呼ばれている。」


「その詩の謎解きをここでやってみよっか、エルファ。」


「は!? や、だってそれは無理なんじゃ・・・!」






 リグはにやりと笑うと布袋からパープルオーブを取り出した。
ジパングでオロチとの激闘の末に得たその宝玉は、今も静かに輝きを放っている。
彼の行動こそが奇妙でたまらないエルファは、食い入るように彼とオーブを見つめた。
今から何をしでかすというのだ。
学者先生に何をさせるというのだ。





「先生、これをずっと見て。ほら・・・・、宝珠の言霊を言って下さい・・・。」






 リグの身体から説明しがたい空気が溢れ出た。
オーブの力ではない。
一種の催眠術かとエルファはぼんやりと思った。
意思に関係なく、心の奥に眠る『何か』が引きずり出されようとしていた。
その衝動が恐ろしかった。
無理に導かれた末の真実に怖れた。
学者の瞳から一切の感情が消えた。
虚ろな視線をあらぬ方向へ向けている。
そして、おもむろに口が開かれた。







”世界の胎に蒼き光
 孤高の強さを求め潜む”






「蒼き光・・・、ブルーオーブってことか・・・。」





 本人は自らの発する波動に気付いていないのか、リグは顎に手を当てて思案している。
もうやめて、エルファはそう叫びたかった。
この奇妙な空間から抜け出したかった。
視界が霞み、リグの姿がぼやける。
勢い良く扉が開きものすごい形相のバースが飛び込んできたのは、その時だった。







「エルファ!! おい、何やってんだよ!!」





 バースは杖を強く床に突き立てた。
異様な空気から解放されたものの、気持ち悪さに耐え切れず床に崩れ落ちる。
倒れずに済んだのは、バースのすぐ後にやって来たライムが支えてくれたからだった。





「あぁバース、ちょうど良かった。今学者先生がさ「ふざけんじゃねぇ!!」






 顔色が悪いにもかかわらず、バースは激しい力でリグの胸倉を掴んだ。
いつになく激昂している彼に戸惑うリグ。
バースは押し殺した声で尋ねた。





「・・・お前、自分が何やったか自覚あるのか。」


「先生の宝珠の言葉を言ってもらおうと思ってオーブを・・・。」


「それはオーブの力じゃない! お前がやったのは、他人の心を無理やりこじ開ける呪文だぞ!?」


「・・・そんな術使った覚えはないけど・・・。」





 バースは乱暴にリグを放した。
硬直したままの学者に近付き、なにやら短い呪文を唱える。
すぐに穏やかな寝息を立て始めた彼を確認すると、今度は真っ青な表情のエルファの元へと足を運ぶ。




「エルファ・・・? 大丈夫か、気分はどうだ?」


「・・・バースが来てくれてからは少し良くなったよ・・・。
 ・・・・・・リグを責めないで。本当に、私でもわかんなかったの・・・!」


「もう喋らなくていいから。
 ・・・ライム、悪いけどエルファを船に連れてってくれるかな。ショックが大きすぎる。」





 ライムはリグを心配げに見つめると、こくりと頷いた。
部屋に飛び込んだ時のバースの焦りようは尋常でなかった。
何の準備もせずに入っていれば、おそらく自分もバースもリグの発した呪文に捉えられていた。
一瞬で術を解いた彼を見ると、やはり賢者なのだと感心してしまう。


 ライムとエルファが完全に去ると、バースは床に座り込んだ。
リグはようやく事の次第を理解できるようになっていた。
学者から言霊を引き出したのは、自らの発した無意識下での呪文のせいだったのだ。
それは同席していたエルファにまで及び、彼女の隠れた過去が曝け出されそうになった。
バースが乱入しなければ、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
リグはバースの隣に座ると、小さな声でごめんと呟いた。





「・・・今までこんなふうになったことは?」


「小さい頃、城で呪文教えてくれた師匠がやたらと聞いてもないプライベートを喋り出したことなら。」


「たぶんそれもな。・・・正直に言っとく、これ以上の力でその呪文使ったら、俺でも止めることは難しい。」


「・・・そんなこと言わないでくれよ。嫌なんだよ、大切な連中を傷つけるのが。」


「誰だってそうさ。だから俺はエルファを苦しめたお前が許せなかった、あの時は。」





 バースは床に転がったまま放置されていた杖を手に取った。
実家に帰って本職用の杖を持ち帰っていて良かった。
並みのそこらで売ってる代物であれば、おそらく呪文に耐え切れずにぽっきり折れていたはずだ。
ただ、魔力が日々増幅しているリグだ。
根元からなんとかしないと、どんな対策も無に帰してしまう。





「俺も毎度毎度骨折るのは嫌だからな・・・。
 一時しのぎだけど守印しとく。手に負えなくなったら、最悪消す。」






 身体に冷ややかな衝撃が走った。
呪文を生み出す部分を凍りつかせるような冷気が体中を駆け巡る。
できることはしてもらった。
あとは、どれだけ自分を戒めることができるかだった。
傷つけるものを間違ってはいけない。





「いつか、きちんとしたやつをやってもらうから。
 ・・・まぁ今回はとりあえず宝珠の言霊もわかったことだし、結果オーライとするか。」


「エルファのことは?」


「・・・どうせいつかは思い出すんだ。良くも悪くも、いずれその日は来るんだからな。」







 遠くを見つめるバースの横顔は、どこか寂しげな表情を刻んでいた。









あとがき(とつっこみ)

今まであまりスポットライトが当たっていなかった、ライムの過去編でした。
何かしら謎が多いパーティーですが、これでようやく1人明らかになった感じです。
リグがどんどん訳のわからない恐ろしい子になっている、今日この頃。





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