時と翼と英雄たち


囚われの人々    7







 ライムと、彼女を庇うために立ちはだかったリグに直撃するはずだった2つの力が消えた。
見えない壁に阻まれ飛散したかのように、急に消滅してしまった。
物音ひとつしない隔絶された空間に、バースの声が響き渡った。





「・・・・・・まさか、お前も持ってたのか・・・?」




 確認か、あるいは問いかけるような呟きにリグはゆっくりとバースを見つめた。
『お前も』という意味はわからないが、今はそんなことどうでも良かった。
どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。
本当に、賢者ではなくて『彼ら』は愚者でなかろうか。





「・・・ライム、大丈夫?」


「うん。・・・ごめん、私、ちょっと・・・」


「ライムは悪くないって。・・・バース、今度ばっかりはアホ賢者って呼ばれても言い返せないよな」





 リグはライムを立ち上がらせると、バースの元へと歩き始めた。
背を向けていても、対岸の男が危害を加えてこないことはわかっていた。
見ていてわかる、感じるのだ。
あの男は、ライムには手を出せないと。




「あの黒ずくめの奴、フィルを誑かした奴なんだよ」


「・・・そうなんだ」


「だから俺にとっては、バラモスよりも身近な敵なんだけどさ。・・・なーんか、今日のライムに見せてた顔を見てたら複雑な気分になった」



「・・・うん」







 リグはバースの前まで戻ると、とりあえず頭を一発叩いた。
このくらいはやっても許されるだろう。
本当はライデインを唱えたいところなのだが、加減が上手く調整できそうにないのでやめておく。
うっかりエルファやハイドルにも当たったら申し訳ないし。




「おいバース、呪文ぶつける相手間違ってんだけど」


「あぁ・・・うん、ごめんなライム。怪我とかしてない?」


「平気、リグが守ってくれたから。ハイドルも、心配かけちゃってごめんね」


「いきなり走り出したから驚いた・・・。無事で良かった」





 ライムは淡く笑うと、視線を対岸へと向けた。
彼を形成していた色が忘れられない。
できることならば、もう少し穏やかな環境下で言葉を交わしたかった。
しかし彼とバースが険悪な関係にある以上、それは実現し得ない夢に終わるのだろう。





「なぁリグ、お前こないだ守印した以外の・・・。自然結界力も持ってたのか・・・?」


「何だよそれ。・・・またやばい力なのか?」


「違うけど・・・。・・・これって遺伝するのか・・・」





 難しい顔をして腕を組んでいたバースの足元が、ばしゃりと音を立てた。
ずぶずぶと沈む身体を見て、リグはぎょっとした。
いつの間にか異空間から帰還している。
海のど真ん中にいる自分たちは確実に溺死する。
あの男、何の断りもなくいきなり現実世界に戻しやがって、一言くらい言っていけばいいものを。





「何とかしろよ、座礁1号に運べ!」


「いや無理だって、俺魔力使いすぎて正直喋ってるのも限界でさ。背浮きしとけば少しは保つぞ?」

「鎧着込んでるライムとハイドルどうすんだよ」


「私たちならここにいるけど」





 頭上高くから投げかけられた声に、リグとバースは天を仰いだ。
安定感抜群の立派な船にライムとハイドルがいる。
縄梯子を垂らされそれに飛びついたリグは、バースを水中で一蹴りすると甲板へと転がり込んだ。
次いで船上へと避難したバースは、マントを絞りつつ周囲を見回す。




「エルファは?」


「船室で休んでもらってるよ。・・・あんたたち、海水浴はもう少し浅いところでするもんだよ」


「ありがとうアイシャ。私たち、危うく全員溺死するとこだったわ」


「急にいなくなったかと思ったら溺れかけてたんだよ。びっくりさせるんじゃないよ、まったく」






 アイシャは呆れたように笑うと、見てごらんと言って海峡を指差した。
最初に来た時に感じた悲しさめいた空気は、今はどこにもない。
エリックとオリビアが再会し、共に天に昇っていったからだろう。
今ならば、この先にある孤島の牢獄にも行けそうだった。





「色々回り道もしたし怖い思いもしたけど、やっとサイモンさんに会えるのね」


「あぁ・・・。父がどのような姿になっていようと、私は父の思いを遂げたい」


「私も、私たちもハイドルを手伝うわ。だから1人で背負わないでね」


「ありがとうライム。貴女はやはり、とても頼もしい人だ」





 すっかり忘れ去られ無人となったままの座礁1号を牽引した海賊船は、ゆっくりと絶海の孤島へと漕ぎ出していった。


































 これ以上は無理だった。
プローズは自らが作り出した異空間を閉じると、近くの洞穴に入り座り込んだ。
彼女を見た時、本能でわかったのだ。
たとえ心が何に侵されたとしても、彼女を害することはできまいと。
バースに向けて発動した呪文の通過点に彼女が立ちはだかった時は、言いようのない恐怖に足が震えた。
顔といわず、全身から血の気が引いた。
遠い過去を思い出す。
特別似ているという訳ではなかった。
顔も声も色も、容姿で似ている点などどこにもなかった。
全くの赤の他人だというのに、ここまで躊躇ったのはなぜだろうか。
プローズは、確たる根拠もなく実行することができなかった事実に驚いていた。
驚きといえば、青年勇者が見せた恐るべき潜在能力にも目を疑ったものだ。
噂には聞いたことがあったが、間近で見るのは初めてだった。
自分で言うのもなんだが、あそこまで強力な魔力を全て無効化するとは思わなかった。
バースはあれを見せつけられてどう思っただろうか。
おそらくは、いい気分にはなれまいとプローズは踏んだ。
あの力は彼にとっては、忌まわしい過去の惨事と愚考を引き起こした元凶でしかないのだから。





「・・・守りたい、守れない、守るべき者でない・・・か」






 プローズを、洞穴の深く暗い闇が覆った。







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