時と翼と英雄たち


ネクロゴンド    5







 ようやく出口らしい光明を発見したリグたちの足音がばたばたと忙しなく鳴り響く。
やっと日の光を浴びることができるのだ。
もう何時間洞窟に籠もっていたのだろうか。半日以上潜っていた気がする。
外に出たらとりあえず胸いっぱいに新鮮な空気を取り込んで、大きく深呼吸したい。
眩いばかりの光に飛び込んだリグたちの目の前に広がったのは、暗雲と荒れ果てた大地だった。
遠くにうっすらと城の影らしきものが見える。
一番最後に洞窟を抜け出したエルファの表情がみるみるうちに曇り、堪えきれずに膝をつく。




「エルファ・・・・・・」


「私の・・・・・・、私たちのネクロゴンドじゃない・・・・・・!」





 記憶の中のネクロゴンド周辺は、四季折々の花が咲き乱れ緑濃き豊かな大地だった。
飢えることも寒さに凍えることも暑さに苦しむこともない、地上の楽園だと信じていた。
永世に渡り続くと思っていたのに、エルファの視界に映るのは荒れ果てた草木も生えない大地だった。
かつての面影もはどこにもない。
本当に20年近い年月が経ってしまったのか。
呆然としてネクロゴントの地を眺めるエルファにかけてやる言葉を、リグたちは見つけることができなかった。
過去を誰よりも知り、愛していたエルファにしかわからない苦しみがあるのだ。
歴史として学び、あくまでも他国の悲劇としか捉えていなかったリグたちとは見方からして違った。




「ネクロゴンドってね、すごく綺麗なとこだったの。花が咲いてて鳥が飛んでて、こんなに荒れた土地なんかじゃなかったんだよ・・・」


「・・・そうだな。俺がエルファと逢ったネクロゴンドも綺麗な国だった。全部あいつらが悪いんだよ、バラモスが」





 バースの手を借りて立ち上がったエルファは、そのまま彼の胸に顔を埋めた。
もう、何もかもがわからない大地になってしまった。
死ぬはずだった自分だけが生き残り、これからも生きていくはずだった人々の命が絶たれた。
本当に独りきりだと、懐かしい大地を踏みしめ改めて知った。
隣にバースやリグ、ライムがいなければ記憶を取り戻していても生きていけなかったかもしれない。
バースに背中を優しく撫でられ、ゆっくりと顔を上げる。
柔和な眼差しで見つめてくるバースを見ていると心が落ち着いてくる。
エルファはリグとライムの方を振り返ると、ふっと頬を緩めた。





「ごめん、取り乱しちゃって。もう大丈夫、ここまで来たらやることは1つだけだもん」


「あんまり無理しちゃ駄目よ?」


「そうそう。バースじゃちょっと頼りないからライムにも抱きついといた方がいいと思う」


「リグには?」


「俺は無理。俺が抱き締めたい人は後にも先にもフィル1人」



「・・・重いよリグ、私が言うのもなんだけど。さすがにちょっと引いちゃうよ」


「そうかな? エルファや母さんに比べたら随分お手軽だと思ったけどなー」





 お手軽と言ってしまうとまた、フィルに不快な思いをさせてしまうのではないだろうか。
女心をどこか理解しきれていないリグに苦笑すると、エルファはぐるりと周囲を見回した。
城の近くに古びた祠があったが、今もまだ残っているだろうか。
20年前も相当ガタがきていた祠堂だったが、バラモスの脅威により破壊されているかもしれない。
記憶を頼りに進んでみる。
ぼんやりと見えてきた建物にエルファは声を上げた。





「良かった! 誰かいるかな?」


「こんなのあったんだ・・・。俺、全然知らなかったけど・・・」


「タスマン様がたまに訪ねてらしたみたいなの。私も中は入ったことないんだけど・・・」






 薄暗いひんやりとした回廊を歩く。
人気はしないが、魔物の気配もしない。
無人なのだろうか。
回廊から広い空間へと出た瞬間、バースは思わずサークレットの宝玉に手を当てた。
誰かがいる。タスマンの知り合いなのだろうか。
タスマン亡き後もまだこの場に留まる意味があるのだろうか。
先を歩く3人から少し離れて歩く。
何があるというのだ、ここに。





「・・・なんか、いい予感と悪い予感がする」




 先頭を歩いていたリグが突然立ち止まり、ぼそりと呟いた。
不思議そうな顔をしながらも先へ進むことを促すライムに負け、更に奥へと向かう。
部屋の最奥部に静かに佇んでいる老人を見つけ、リグの心中はますます複雑なものになった。
なんとなく、ルーラを発動する準備をしたくなった。






「・・・・・・よくぞ参られた。勇者オルテガの息子にして最後の王族、リグよ」


「父さんの息子に変わりはないけど、ネクロゴンドの爺さんたちと俺は関係ないからやめてほしいんだけど、その呼び方」


「ふむ、そうであったな・・・。・・・そう、そなたは神官団員か?」





 老人の首がわずかに動きエルファを捉える。
エルファはすっと前に出ると、はいと答え自己紹介をした。
懐かしいのう、そうかそなたがあのエルファーランかと目を細める老人に、エルファはわずかにタスマンの面影を見た。
皺で隠れてしまっているが、口元がどことなく亡き恩師に似ている気がする。
思わずタスマン様ですかと尋ねると、老人はゆったりと笑った。





「残念ながらわしはタスマンではない。あれの兄というべきかな、仲は悪かったが」


「お兄様・・・」


「弟は、そなたも知ってのとおり真面目で頑固な優秀な男だった。じゃがわしはそれはもう出来の悪い兄での。
 出来は悪くても頑固じゃからここに住み着いた」





 老人はそう語ると、懐から銀色に光るオーブを取り出した。
これをそなたらに授けるためにここにいた。
これを手放すことができなかったから国を見殺しにした。
淡々と告げ、オーブを天へ掲げる。
つられて上を見上げたリグの胸の中に、更なる不安が芽生える。
何だこの焦燥感は。
目の前にオーブがあって嬉しいはずなのに、これを手に取ったら災いが起こってしまう気がする。
老人はリグの前にオーブを差し出すと、1つだけ忠告があると言ってリグを見据えた。
自然とリグの周りに集まってくるライムたちも順に見つめ、悲しそうに目を伏せる。





「ネクロゴンドが襲われた理由は、そなた2人は特にわかっておろう」


「・・・はい」


「王女は未だに生きておる。バラモスは殺し損ねたからの」


「何言ってんだよ、母さんはそんなこと・・・」


“白き光放たるる時 滅びの佳人紅蓮に染まる
 魔の来襲に 悲劇の再来”



 わしがオーブをそなたらに渡したらすぐに立ち去れ。アリアハンをネクロゴンドにはさせるな」


「・・・・・・どこの兄貴もろくな事言わないんだな」


「バース?」


「あんたが今も生きてるのは運が良かったからとか、そんなもんじゃないんだろ。
 俺らがここに来るとアリアハンががら空きになるって見越して、奴らと取引したんだろ」


「・・・・・・」





 バースの詰問に老人はゆっくりと目を閉じた。
言われたとおりだった。
あれはまだネクロゴンドが国として栄えていた頃だった。
いずれ訪れる勇者にそれを渡すまでオーブを手渡すなと歳若い青年に言われたのは。
国も人も何もかも滅びるが、お前だけは生きられるとも約束された。
オーブを手放す時は悲劇が再び訪れる時。
だが、その悲劇は勇者によって防がれるだろう。
勇者にオーブを託す時、必ず悲劇を話せ。
ただしこの契約は誰にも告げてはならない。
オーブを渡すと本当にアリアハンが悲劇に見舞われるのかは、老人にはわからなかった。
しかし、あの青年の言うことは正しいような気がした。





「オーブもらったらすぐにルーラ発動する」


「・・・・・・」


「この人が誰と何の取引しようがそんなことどうでもいいんだよ。アリアハンは俺の大切な国だ。そうでなくてもこんな荒地は二度と作らせない」






 リグの脳裏にアリアハンで待つ様々な人々の姿が浮かんだ。
気の良い王と、少々性格に難があるけれども国民の娘として愛されている王女。
ライムに言い寄る多くの青年。
何も知らないまま命を狙われている母。
そして、世界中の誰よりも大切に想っているフィル。
誰の涙ももう見たくない。
故郷を救えない勇者など勇者ではない。
リグがオーブを受け取った瞬間、4人の体が光に包まれた。







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