時と翼と英雄たち


ラダトーム    9







 闇の世界の恐ろしさの極みを見た。
人によって歳の取り方が違うとバースは話していたが、彼は身をもってそれを体感していたのか。
リグは穏やかな笑みを浮かべこちらを見つめてくる銀髪の青年から目を逸らすと、黙って湯船から上がった。
上せすぎて見えてはいけないものが見えてしまったのかもしれない。
元々見えてはいけないものが見えてしまう体質だが、それらよりももっと見てはまずいものを見てしまった気がする。
リグは待って話がしたいんだと引き留める青年の声を聞こえなかったことにすると、そそくさと温泉を出た。
早くバースの元へ行きたい。
ここでライムとエルファの帰りを待っていたら、またあの変人に出会いかねない。
リグは落ち着きなく辺りを見回し、女湯の入り口へと視線を向けた。
今すぐ出てきてくれと頼みたいが、性別の壁が邪魔をする。
いっそ変人のように女性に変身できたらとも思ったが、そうしたところで中身は自分なのでまずいことには変わりない。
下手をすれば賢者2人によるザギの競演の肴になりかねない。
ハイドルに殺されるのも嫌だ。





「あら、リグ早かったのね。待たせすぎちゃったかしら」


「上せそうだったから早めに上がっただけ。なあ、そっち変な奴いなかった?」


「変な人? ううん、いなかったよ。男湯にはいたの? 珍しいね」


「・・・2人とも落ち着いて聞いてくれ。男湯にバースの親父だって言い張る奴がいた」


「「バースの?」」


「そう。年は親にしちゃ若く見えるけど、でもちょっと似てるんだよ。俺どうすればいいのかわかんなくてさ、いっそ生命体じゃないのかと思おうと」


「待ってリグ、あなたが一番落ち着いて。・・・それで、その人はまだ中にいるの?」


「振り切って逃げてきたからたぶん。でもそいつおじいさんに変身してたからまた化けてるかもしれない」






 今も変人が近くにいる。
そう思っただけでぞっとする。
どうして自分は1人でいる時に限って奇人変人と出くわすのだろうか。
フィルの町で全身黒ずくめのキチガイと出会った日も、今日も1人きりだった。
もしも変人たちが1人でいる時を狙って接触を図っているのだとしたら、彼らは常にこちらの様子を見張っているということになる。
会いに行ける魔王とは違う意味で恐ろしい連中だ。
リグは不安顔のエルファと思案顔のライムを交互に見ると、ため息をついた。
変人には変人、バースで挑みたいがここにバースはいない。
どこで油を売っているのだ、あいつは。
自由時間はとっくに終わっているというのに協調性のない男だ、みっともない。





「とりあえずバースの家に行きましょう。そこにリグが会った人がいたら、その時はバースのお父さんにしましょう」


「そう・・・だな。ったく、なんでさっぱりするはずの温泉でもやもやしたんだよ」


「私たちはまだ、リグが見たものが人間とは信じてないけど」


「エルファ、俺の目がそんなに信じられない?」






 そういうつもりじゃないけどと慌てて言い繕っているが、今更発言は撤回できない。
どいつもこいつも好き放題言って、こちらの考えを素直に聞き入れるつもりはあるのかと問いたい。
もやもやを胸に抱えたまま早足で森の中へと踏み入ったリグを、後ろを歩くライムとエルファが非難の声を上げながら追いかける。
どこまで進んでも見つからない人家に、リグはようやく背後を顧みた。





「バースの家どこにあるのか知ってる人」


「えっ、リグ知らないの? 私、リグは知ってるからあんなに早足だったのかと」


「いや知らない。・・・てか、マイラってこんなに敷地あるのか・・・?」

「ないと思うわ。マイラは山奥の小さな村、レーベと同じくらいって考えてもこんなに広くは・・・」

「ないみたいだな。俺ら、囲まれてる」





 歩いているうちに村を守る結界を越えていたのだろう、周囲に魔物たちの殺気を感じリグたちはそれぞれ身構えた。
素行は悪いが大事な戦力であるバースがいないこちらは、援護と攻撃が欠けているだけ分が悪い。
加えて、アレフガルドの魔物と3人で戦うのは初めてだ。
何が有効な攻撃手段かわからないことで手も迂闊に出しにくい。





「エルファ、背中気を付けろよ」


「わかった。・・・天を切り裂く神の刃、切り刻めバギクロス!」






 地上に現れた巨大な竜巻が、視界を遮っていた木々もろとも魔物たちを吹き飛ばす。
追い風に乗り魔物の懐へと飛び込んだリグは、突如襲ってきた押し潰されるような圧力に大地を踏みしめた。
全身を通り過ぎた圧力に危険を感じ、後方に控えるエルファに声をかける。
バシルーラだよと叫んだエルファの返事にリグは思わず舌打ちした。
ただでさえ少ない人員をさらに割かれたとなれば、下手をすればやられる。





「私はバシルーラの発動主から倒すわ。エルファ、呪文は効いてるみたいだから援護はいいわ攻撃して!」


「わかった、やってみる!」






 どこともわからない場所に飛ばされては敵わない。
憂いは先に絶っておくべきだ。
ライムはバスタードソードを煌めかせると一気に肉薄した。
迫りくる呪文の嵐を剣で弾きかい潜り真正面から叩き斬る。
これでもう戦線離脱の心配はない、安心して戦える。
続く魔物を斬り伏せようと体勢を整えかけたライムは、背骨が軋むかのような重い力を感じ呻き声を上げた。
大魔神か、それとも動く石造か。
地面に剣を突き立て耐えようとしたライムの体が不意に宙高くに放り出された。





「ライム! てめっ、ライムを離せ!!」


「・・・まさか」


「バシルーラ」







 体が人形のように振り回され、上下左右の感覚を奪われたあたりでどこかへ飛ばされる。
死んだかもしれない。
ライムは自由の利かない体を案じることをやめると、力なく目を閉じた。








あとがき(とつっこみ)

フライングローラ姫と離脱賢者、そして自称お父さんと消えたライム。
勝手が違うアレフガルドの世界は、さぞや戦いにくいだろうと思います。
賢者のお家はマイラの近くですが、マイラの敷地内ではなくてマイラはあくまでも最寄りの村という設定です。







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