ロマリア ２
「ほんとにみんな、ごめんねっ！！」
険しい山道を黙々と歩き山道半ばにさしかかった頃、エルファはリグたちに頭を下げた。
彼女が王に頼み込まれたせいで盗賊退治という寄り道お使い、しかも難題を押しつけられたからである。
しかし、リグたちは一向に気にしていなかった。
この集団自体が田舎育ちで優しい性格が見え隠れするリーダーを筆頭とする、お人好し集団だったからである。
これはあくまで予想だったが、エルファではなくて自分が王に頼まれていても、結果的には盗賊退治に行っていただろう。
そんなこんなで彼らはロマリア領内にある、塔にもっとも近い山奥の村、カザーブに向かっていた。
しかし、カザーブまでの道のりは半端ではなかった。
買ったばかりの鎖鎌も刃こぼれするのではないかというほどに固い鎧に身を包んだ騎士などの襲来を受け、リグたちはここでも苦戦していた。
本当に使い物にならなくなってきた鎖鎌の代わりとばかりに山中で拾った鋼の剣をもってしても、魔物たちを退けるのには骨が折れた。
ばっさばっさと魔物を屠ってはいるが、いい加減人間の方が疲れてくる。
戦闘にはほとんど参加しないエルファは回復呪文を連発し、ホイミと高らかに唱える声が山に響き渡っている。
一方、戦闘能力が未知数のバースといえば、こちらはこちらでエルファの傍から離れることなく、近づいてきた魔物たちを鞭で薙ぎ払っていた。
しかし、彼の攻撃対象はあくまで彼とエルファ周囲に限られるため、リグとライムの戦闘にはさしたる影響を与えていなかった。
どうやらバースは戦闘をするというよりも、呪文を連発しているエルファが気になって仕方がないようだった。
「魔物たちもずいぶんとやるようになって・・・。バラモスの影響かな、・・・イオ！！」
何の前置きもなく突然発せられた、盗賊が覚えるような呪文ではないイオの発動に、リグたちは慌ててイオの攻撃範囲から身を逸らした。
そして前方を見て、先程まで執拗にリグたちを攻撃していた魔物たちの姿がないことに驚いた。
「バ、バース、すごい！ すごいねバース！！ それって魔法使いとかが習得する呪文じゃないの？ 最初に会った時のホイミだって・・・」
同じ呪文を扱う者として、エルファは驚きと尊敬の入り混じった表情でバースを賞賛した。
リグとライムも剣を収めて彼の方に駆け寄ってくる。
「バースは結構戦えるのね。・・・できればエルファだけじゃなくてこっちにも加勢してほしいとこなんだけど・・・。
でも、どうしてそんな呪文知ってるの？ 私もとても盗賊が使うような呪文じゃないと思うんだけど・・・」
「その通り。俺さ、あのナジミの塔にいる間に、塔の老魔法使いから暇だったもんで少し習ったんだよ。村を前にして苦戦するのはちょっと嫌だしな」
「え？ 村の前・・・？」
バースの指差した先を見て、ライムは思わず乾いた笑い声を上げた。
リグたちが魔物の集団に出くわしたのは、山道の途中ぐらいだったはずだ。
それが、慣れない山道での戦いにも苦戦していたばかりにずるずると坂道を下り、気が付けば村のすぐ傍にまで降りてきてしまったいたらしい。
見えるはずのない村の姿や煙突の煙が見えているのは目の錯覚ではなく、下山しながらの戦いのためだった。
バースは眼前の村の存在に喜んでいるリグたち３人を見て、ほうと息をついた。
自分たちが知らないうちに山下りをしていると悟ったバースは、危惧を抱いた。
このままの体勢で山下りをしていって、下の方にいるリグたちが先に村の中に突入したら。
魔物たちは村の中には入れない。
となると、彼らの新しい獲物はか弱いエルファと自分になってしまう。
一度獰猛な魔物たちに狙われた以上、軽傷でリグたちに再会するのは難しくなる。
そう考えたバースは、いよいよ村の姿が近づいてきたのを見計らって呪文を唱えた。
高所からイオを唱えたのだから、魔物たちは爆発の衝撃で山から転がってきた岩石に巻き込まれたのだろう。
危ないところだった、一歩間違えればリグとライムも一緒に岩に押し潰されていた。
この計算を弾き出した時に２人の心配をしなかったわけではないが、バースの心のピラミッドではエルファが頂点に君臨しているのだから仕方がない。
あの２人も無事だったから良かったのだ。
この華麗なる計算は誰にも話さないから大丈夫、話したら最後、リグに俺たちへの配慮はなかったのかと突っ込まれる。
ようやくの休息地点カザーブに到着したや否や、宿屋でのゆるやかな時間と温かな食事に舌鼓を打ち始めたリグたちを見やって、
バースはまた１つ、秘密を作ったことを知った。
秘密なんていくらでもある、今更増えたところでなんだというのだ。
こんなの、あんなことやこんなことに比べれば子供の悪戯並みに可愛らしい秘密ではないか。
寄り道ついでの盗賊退治はまだ、始まったばかりである。