時と翼と英雄たち


ルビスの塔    5







 行きと帰りで視界に入る景色が違うと気が付いたのは、延々と続くかと思われた森を抜けた後だった。
ライムはドムドーラから出てきた時には見ることのなかった城の姿に、ガライを問い詰めていた。





「ガライ、あれは?」


「あれはラダトーム城、アレフガルド唯一の王国だよ。知らなかった、ライム?」


「いいえ知ってるわ。どうして私たちはラダトームに向かっているの? ドムドーラはこの方向ではないはずよ」


「今更気付いたんだ? そうだよ、僕たちはドムドーラから離れてる」


「どうして? 竪琴を取ったらドムドーラに戻るって約束したじゃない。プローズはまだドムドーラにいるのよ」






 今すぐドムドーラに戻ろうと言うと、ガライは首を横に振りにっこりと微笑んだ。
笑いが零れるような状況ではないのに笑うガライが信じられない。
ライムはガライの腕をつかむと、やや強引に引っ張った。





「戻りましょう、ガライ」


「ここからなら、ドムドーラに戻るよりもマイラに行った方が近いよ」


「え・・・?」


「ライム、君の目的地はどこ? ドムドーラじゃなくて仲間が待つマイラでしょ? だったら後戻りする必要なんてどこにもない、早く仲間に会いに行こうよ」


「でも!」

「プローズとライムがどんな約束をしたか僕は覚えてるよ。ライムはプローズにドムドーラまででいいから一緒に来てくれって頼んで、プローズもそれに頷いてた。
 2人の約束はもう果たされたんだ。だから、今更プローズにこだわる必要はない」





 へらへらふらふらとしていて人の話を聞いていないように見えるガライだが、意外と抜け目がない性格の持ち主らしい。
いつの間にやら笑みを消していたガライは、ライムの手を振り解くと逆に彼女へ手を差し出した。
武器を振るい戦う者ではないガライのしなやかな腕と手が、とても大きく見える。
彼の手を取らなければどこにも行けず、暗闇の世界に取り残されてしまうような圧迫感を感じる。
ガライに従うことに危険性はあるが、竪琴を手にした彼を1人にさせておくことの方により不安を覚える。
プローズの懇願を無視し今もなおガライに竪琴を持たせ続けているという後ろめたさを、ライムは拭うことができなかった。






「ねえライム、ライムも早く仲間に会いたいよね。僕はライムに早く安心してほしいんだ」


「でもプローズは心配しているわ。だってガライはプローズの大切な友だちでしょう?」


「そうだよ。だからだよ、僕はプローズにもっと心配させたいんだ。プローズに構ってほしいんだ。そうでもしないと、プローズは僕のことを忘れてしまうから」


「そんなことはないわ。プローズはガライのことを本当に大切に思っているわ。だから竪琴だって「その話は聞きたくないよ」






   温もりの欠片もない冷ややかな声で遮られ、ライムは思わず口を噤んだ。
今のガライに逆らってはいけないと、戦闘で鍛えられた第六感がしきりに告げている。
これほどの恐怖を感じることは魔物を相手にしても滅多にない。
ガライの真意はわからないが、今は彼に従い状況を見極めるのが上策なのかもしれない。
単身ドムドーラへ帰ることもできないライムは心の中でプローズに謝罪すると、ゆっくりとガライの手を取った。


































 ただの石ではない石に足の小指をやられ、痛めた指を治すべく砂にまみれたベンチに腰を下ろす。
そう広くはないドムドーラで住民たちに聞き込みをしても一向に浮かんでこない銀髪の青年を思うと、心が重たくなる。
いかに人の脳内から自身にまつわる記憶を消し去っても、目の前に現れる容姿端麗な青年に見て見ぬふりをする者はいないはずだ。
旅人を出迎える街の入口の番人すら気づかないとはおかしすぎる。
バースは腕組みをすると天を仰いだ。





「もうドムドーラには来ないのか・・・?」


「もう1つの光はラダトームの近くにあるけど、私はこっちの方が気になってきたな・・・」


「それが何なのかわかんないから気になるし、気味悪いんだよ。おいバース、その地図ほんとに使えんのか?」


「今更それ言うのやめてくれるかな。・・・でも本当におかしい、光がこんなに近くにあるのにあいつがいない」





 一度魔力を喪ったこの身は、生まれた地でも自身の持ちうる力のすべてを出し切れない呪いにかかっているというのか。
すぐ傍にいるはずなのに、本当はいつだって存在を気にかけてきた奴なのに肝心な時に見つけることができない。
見つけられたくなくて見つからないように細工をしていて、もしかしたらこちらが細工を見破ることができないだけなのかもしれない。
それはそれで悔しく、ますます心をざわつかせる。
どこにいやがんだあいつ。
そう忌々しげに呟いたバースは、聞き込みを再開していたエルファの叫び声にベンチから腰を上げた。






「あなた、どうして私を知ってるの・・・!?」


「ち・・・っ」


「どうしたエルファ。リグ行くぞ、リグ!?」


「小指って大事だよな・・・。もしくはバースのホイミが悪いのか」


「ああもう後でエルファにしてもらえよ! エルファ、どうし・・・、・・・そうか、だからか・・・!」






 剣呑な瞳でエルファを睨みつけていた男の体が淡い光に包まれ、バースはすべての謎が解けた気がした。
そうだ、あいつは親父の息子で、だから親父の呪文を倍以上の力で遺伝することだってあり得る。
光が消え去り、男がいた場所に現れたのは星さえ消された漆黒の空の下できらりと輝く白銀の糸の持ち主。
両手を広げ立ちはだかったまま呆然としていたエルファを強引に押しのけ、次いで現れたこちらを認識し苦々しげな表情を浮かべる大嫌いな男。
バースはぱたりと立ち止まりこちらを凝視する憎き兄をびしりと指差した。





「てめえを探してた。大人しくしろ」


「僕を・・・? 愚かな、だからお前は愚かなんだ」


「ああ?」


「お前に付き合っている暇はない」


「こっちは用があるんだよ。リグ、やってくれ」


「おう。できるかわかんないけどな」

「・・・僕の邪魔をするな! 先が視えないのは、その者の未来がないからだ!」






 見よう見まねどころか完全になんとなくの動作で手を向けたリグの目の前で、プローズはルーラを発動した。
未来が見えないのはラダトームの姫君に先を越されたからだけではない。
未来を覗きたい者の未来そのものがないからだ。
プローズの脳裏に、この世界で出会って間もなく言われた言葉が蘇る。
予言を真にしてはならない。
未来が見えるのは、変えるチャンスを与えられているからだ。
ルーラの青白い光に包まれた自身に向かって、バースとリグがなにやら声をかけている。
聞こえないし、仮に聞こえたとしても問いに答えてやるつもりはない。
お前たちがこんな所でのうのうと人探しをしているからあの人は、彼女は遠くへ行ってしまうのだ。
まったくもって意味のわからない捨て台詞を残し飛んで行ったプローズを見送ったリグが、行き場のなくなった手をだらりと下ろし何だったんだと呟く。
バースに歩み寄ったエルファは、恋人が浮かべている険しい表情に身を固くした。





「どうしたのバース」


「・・・あの野郎・・・・・・。・・・見えた、あいつやっぱり許さない」


「バース?」


「あいつはライムを知ってる、ライムと一緒にいた。死神詩人がもう1つの光だ!」


「死神って何だよ」


「吟遊詩人ガライ。魔物の命さえも自由に操ることができる唯一の人間」


「それのどこがまずいんだよ。ライムと何の関係がある?」


「後で話す。とりあえずあいつを追いかけることが先だ、あれの先にライムがいる」






 ライムを人質に取り、あいつはいったい何をするつもりなのだ。
バースは地図に素早く目を通すと、マイラの村へ向かうべくルーラを発動した。







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