3周年記念

お花見しましょ





 ジパングには世にも美しい花を咲かせる木があるという。
だからそれを見に行きたい。
どこで仕入れたのか、フィルは渋い顔をしているリグにねだった。
むっつりを押し黙っている彼氏にしつこく迫る。
うっとおしいと思われているのに気が付いていないのか、ねぇ聞いてるのとリグを突っつく。





「ジパングに連れてってよ。私もサクラ見てみたいんだけど!」


「・・・そんな木なかったって。大体どっからそんな話聞いたんだよ」


「いつぞやうちの宿屋に無銭宿泊してたジパング人から」






 リグはそう遠くはない過去を思い起こした。
フィルの言うジパング人はすぐにわかった。
少々気弱だったが鍛冶職人としての腕は抜群だったヤマトだ。
やたらと故郷というか恋人に逢いたがっていて、それで早々に片をつけてやった彼だが面倒な土産を残してくれたものだ。
ヤマトからしてみれば遥か遠くの海を隔てた先にある故郷を思って話したに過ぎないのだろうが、その話はフィルの好奇心を刺激するには充分すぎた。
リグは言い出したらなかなか引き下がらない彼女をちらりと見た。
ライムたちの目を盗んではるばるフィルのいる発展途上の町に来ればこれだ。
せっかくゆっくり一緒にいてやろうと思ったのに、フィルはそこらへんの微妙な男心を全く理解してくれていない。
俺よりサクラが見たいのかと言いたくもなる。





「サクラってすっごく綺麗なんでしょ。気候さえ合えばこの町にも植えたいと思って」


「・・・俺は別になんとも思わなかったけど・・・」


「あれ? さっきリグそんな木なかったって言ったよね。もしかしてめんどくさがって嘘付いたでしょ」






 うっかり出てきた本音にリグは自分が嫌になった。
フィルの言うとおりだ。単にサクラを見せにジパングに行くのが面倒なだけなのだ。
そもそも、なんて言ってライムたちから了解を得るというのだ。
のんびり旅をしているが決して暇を持て余しているわけではないのである。
フィルとお花見に行くから2,3日休息だなんて、そんなことしたくなかった。
後でなんてバースにからかわれるか、考えるだけでも気が滅入る。





「・・・忙しいから却下」


「私だってこれから忙しくなるんだもん。そしたらこうやってリグとどっかに行きたいとも言えなくなっちゃうんだよ?」




 一緒にいられるうちにいろいろしとこうよ。
小さく呟かれた言葉にリグは眉を上げた。
寂しげに意味深な言葉を言われては、駄目とは言いにくくなる。
片や世界を救うために強大な力を持つ魔王を倒す危険な旅をする青年勇者。
片や世界に新たなる町を生み出すべく奔走している商人。
彼らが出逢う機会は少ない。
むしろ、別れの可能性の方が格段に高い。
いつまでこうやって下らない話ができるのかわからないのだ。
次はないかもしれない。そんな緊迫感がいつの日か2人の間には芽生えていた。






「ねぇリグ、たまにはすんなり私のお願い聞いてよ」


「・・・見るだけだぞ。根元からぶった切って持ち帰ろうとか思うんじゃないぞ。それから、いちいち余計な言葉が入ってんだけど」





 結局すんなりと了承はしなくても、ほとんどフィルのわがままに付き合っているリグだった。
































 宿屋からリグが消えた。
夜中にこっそり抜け出すことはしても明け方にはきちんと戻ってきているリグが、だ。
もっとも、どうせいつもの逢引かとおおよその見当をつけているバースには書置きなどさしたる役にも立たなかったが。
抜き足差し足忍び足で人家に侵入する方法を教えたのが、リグの人生を変えたようだ。
一応盗賊業もやっていたバースにはリグの失踪などすぐにわかるが、フィルにはそれこそ至近距離にいるようになるまで気付かれていないのだろう。
勇者にしておくにはもったいない才能である。
しかし、とバースは書置きを見やった。
リグにしては珍しく、彼なりに奮発してか旅の休息を宣言している。
サクラを見に行くだなんて、お供はフィルしか考えられない。
それだったら最初からフィルとデートに行くから今日は休みと書いておけばいいものを。





「ったく、自分だけ青春謳歌しやがって、やるじゃんリグ」




 喧嘩の数は世界一とか豪語しておきながら、なんだかんだ言って上手くいっている勇者たちに思いを馳せバースは苦笑した。




























 リグは自身の用意周到さに半ば感心していた。
ヒミコが倒れたとはいえ、未だに全面開国には程遠いジパングだ。
ただでさえ異国人に対してのアレルギーが強い国民がフィルに会おうものなら混乱が起こる。
黒髪黒目、老いたら白髪のジパング人にとってフィルの桃色の髪は、下手をすれば魔物のように見えるかもしれない。
それはさすがにイラッとするしフィルにも悪いので、リグは事前にヤマトに事情を話していた。
ジパング人の中では珍しく異国人との交流がある彼は、リグの話を聞くと笑顔で人気のない地に植わっているサクラを教えてくれた。
そなた見かけによらず甲斐性あったのだなと言われた時には憮然としたが。
見かけによらずってなんなんだ。
俺ってそんなに淡白な男なのかとやり場のない怒りに苛まれもした。
それでも耐えられたのは、サクラと見たフィルがとても喜んでくれたからだった。






「予想してたよりもずいぶんとおっきな木なのねぇ・・・。もっと小ぶりかと思ってた」


「この木は樹齢が長いそうだからやたらでかいらしいけど」


「ふーん」





 ぽふぽふと木の幹を叩き、時折風に吹かれてヒラヒラと舞い落ちるサクラの花びらを掬う。
上に登ってみよっかなと無邪気に尋ねられた時には、さすがにやめろと叱りつけたが。
リグはサクラばかりを眺めているフィルの背中に声を掛けた。
お花見だからサクラだけを見ても何も悪いことはないのだろうが、1人で勝手に盛り上がっている彼女を見ていると水を差したくもなるというものだ。




「サクラの木の下には死体が埋まってるらしいぞ」


「そ、それほんと?」


「見てみろよ、このサクラの花びらとっても綺麗な色してるけど、それは死体から流れた赤い血が白い花を染め上げたからできてるんだぞ・・・?」





 迷信など信じそうにないフィルがいつになく強張った表情を見せた。
平素ならやだそんなわけないじゃない私をからかって何が楽しいのリグと、一言では済まないほど言葉の応酬が返ってくるのだが。
ろくに接点もなく初めて訪れたジパングという閉鎖的なお国柄もあったのだろう。
リグが風の噂で聞いたデマは見事にフィルに浸透してしまったようだ。





「・・・サクラの木って」


「うん」


「人の血も栄養にしてるのね」


「・・・うん?」


「たくましい木だと思うよ。やっぱいいかも、サクラ」






 どこをどう解釈すれば素敵という話になるのか、リグはフィルの頭がわからなかった。
ただ、ずっとサクラの木の下ではしゃいでいる彼女を見ていると、不覚にも彼女が3割増しぐらい可愛らしく見えた。
自分の目が腐ってしまったのか、はたまた日頃の疲れが溜まっているのかとリグは目を擦った。
彼女が可愛らしいことに越したことはないのだが、3割も可愛らしく見えると若干恐ろしくもなる。
リグは視線を再びサクラへと向けた。
そこにいるはずのフィルが見つからなかった。
ついさっきまで、リグもおいでよぎゃー毛虫がいるとか叫んでいたフィルが見当たらないのだ。
リグは焦った。もしかして一瞬の隙をどこかに隠れ潜んでいた魔物に連れて行かれてしまったか、と。





「・・・フィルっ!?」


「何、んな大声いきなり出して」


「お前、今どこにいるんだ」


「どこって・・・、リグの目線の先で手振ってるんだけど」





 リグは目を凝らした。サクラの花に埋もれてごそごそと動く何かがいた。
その正体がわかった瞬間にリグの顔の筋肉が緩んだ。
いなくなったのではない、フィルの桃色の髪とサクラの花びらがごちゃ混ぜになっていただけだったのだ。
めんどくさいややこしい髪だなと思いつつ、一方でなかなかいいじゃんと思っている自身がいた。





「リグ、言うこと聞いてくれてどうもありがとね。また行きたいとこ探しとくから、その時はまたよろしくね」


「・・・サクラ、いいと思うよ」


「へ?」


「サクラの下にいるフィルは、いつもよりも見ようがまだマシだった」


「・・・ねぇ、マシってどういうこと? いつもの私は目に入れたくないぐらい痛い子なの?」





 フィルの若干怒りも混じった問いかけにリグは無視を決め込んだ。
そんなはずはない。マシどころか、サクラの精のように見えたぐらいだ。
もちろんそんな浮いた台詞、リグの口から吐かれることはないのだが。




「ねぇちょっと、質問にぐらい答えなさいよっ。せっかく人がいい気分でお花見してたのに雰囲気ぶち壊し!」


「褒めてんだからいいじゃん別に。ほら、帰るぞ」






 ぶつくさと文句をぶつけるフィルの手首を強引に掴み、リグはルーラで造りかけの町へと舞い戻ったのであった。



























 リグとの束の間の再会も終わった数日後、石材だらけの町を歩いていたフィルは町の隅でとある小さな木を見つけた。
それは木を呼ぶにはまだ幼くて弱弱しい、細い枝のようなものだった。
しかしフィルには、その木が何かわかった。
わかって、それを勝手に植えた犯人を思った。
こういう嬉しい演出を何も言わず、何も悟らせずにやるのがリグという青年だ。
あれで用意周到な彼のことだから、おそらくこの土地の風土などもきちんと踏まえた上で苗木をもらってきたのだろう。
町のど真ん中に植えたら、これからの発展の時に邪魔になって切り倒されるかもしれない。
だから、こうやってよく探さないとわからないような隅っこに植えたのだ。
もっとも、リグにしてみれば他の誰でもないフィルにさえわかってもらえればよいという思いも込めたのだが。





「サクラの木と一緒にこの町の大きくなるんだね。リグもちょっとぐらいヒントくれれば良かったのに」






 やがて大地に根を張り大きくなり、桃色の美しい花を咲かせるサクラの苗木からは小さな芽が伸びつつあった。








あとがき

春といえばお花見というありきたりなネタでほのぼの。
4年目の月華もよろしくお願いいたします。





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