時と翼と英雄たち

サマンオサ    1





 今ではすっかり日課となっている素振りを済ませたリグは、久々のアリアハンの青空を見上げ目を細めた。
あちこちを旅してきてはいるが、やはり故郷が一番落ち着く。
王に謁見するのは煩わしいが、ライムがいるからなんとかやり過ごすことができる。
宿屋にフィルはいないが、彼女も彼女なりに頑張っているだろうから特に気にはしていない。
お忍びでこっそり逢いに行っても、悪い虫(男)はついていないようだから一安心だ。
もっとも、リグは彼女に好意を抱く物好きなどいるはずがないと決め付けているのだが。





「リグ、朝ごはんできたってリゼルさんが」


「ん、今行く。バースは?」


「それがね、まだ寝てるの。夜更かしでもしてたのかな」




 エルファが手渡したタオルを受け取ると、リグは自分の部屋を見つめた。
大変不本意だが、自室に寝かせてやっている。
居候の身分なんだから少しは早起きして手伝えと、文句の1つも言ってやりたいところだ。
それをできないのは、母が寝かせてやってくれと言っているからだった。
うちの母に何をしたというのだ、あの馬鹿賢者は。





「ったく、出発の日を決めたのはあいつだってのに。ザメハでもしてやろうか」


「ほーんと口が減らない勇者様には氷柱でも突き刺してやろーか?」




 頭上から殺気を感じ、リグは素早く飛び退った。
つい2秒前までリグがいた所には巨大な氷柱が突き立っている。
殺す気か、とリグは2階の窓から顔を出してニヤニヤと笑っているバースを睨みつけた。
殺気があるからあんなに精度の高い呪文をぶっ放してくるのだ。
万が一突き刺さっていたらどうするのだ。





「おはようエルファ! 今日もいい天気だなー」


「あっおはようバース! 朝から絶好調だね!」


「だろー? やっぱ悩み事とかがなくなるとすっきりするもんだな!」





 朝っぱらからどこかずれた会話をしている男女に、リグの中の何かがぶちりと切れた。
こんなのが賢者をしていていいのか、いや、いいはずがない。
リグは氷柱を上下に真っ二つに切り落とすと、バースに向けて手をかざした。
そしてあっちちと叫ぶ青年の声に気を良くし、家の中へと入って行くのであった。




























 「・・・で、出発当日からマント焦がして頭にたんこぶ作ったのね」






 すっかり出立の支度を整えテレーべからやって来たライムは、目の前で顔を歪めている男2人を見て、盛大にため息をついた。
ガキじゃないんだから、生傷作るほどの喧嘩をしなくてもいいものを。
決して仲が悪いわけではないが、性格が真逆だから何かと衝突するのだろう。
仲裁と保健係になっているエルファが哀れでたまらない。





「バースも子どもじゃないんだから、少しは大きく構えればいいのに」


「いや、こう若いままだとついつい我を忘れて」


「若いまま? なんだよ、お前年取らないのか?」





 リグの何気ない一言にバースと、そしてなぜだか母リゼルの方がぴくりと動いた。
母の強張った顔に、リグは首を傾げた。
何か気に障ることでも言っただろうか。
まだ若い若いと思っていたが、母もやはり老いを感じる年齢になったのか。
リグの視線に気付いたリゼルは、息子を誤魔化すかのように笑いかけた。






「リグ、甘えてばかりいないでちゃんとライムやバース君の言うことを聞くのよ?」


「・・・時と場合によるけど。大体、母さんが思ってるほど俺甘えてないし」




 相変わらず減らず口ばかり叩く愛息に、リゼルは今度は苦笑を浮かべた。
この性格は一体誰に似たのだろう。
オルテガはもっと竹を割ったような明朗な男だった。




(もしかして、昔の私に似ているのかも)



「・・・さん、母さん?」





 考え事をするために黙りこくっていると、いきなりリグの不安げな顔が視界に飛び込んできた。
無表情になって黙り込んだからびっくりしたと言われ、ごめんねと素直に謝る。
いつの間にかそんなに老けたのかと言われた時は、笑顔でたんこぶの上をはたいたが。




「・・・本当に人に迷惑を掛けないようにね。サマンオサは父さんが仲良くしていたサイモンさんのご家族も住んでらっしゃるんだから」


「安心してリゼルさん。リグは私たちが責任持って躾けとくから」


「良かったなーリグ。こーんなに頼れる友だちがいて」


「んなこと言ってるお前が一番頼りないんだよ」





 もっかいベギラマ唱えてやろうかと挑発するリグと、にやりと笑って手の中に魔力を集め始めるバース。
再び始まろうとする呪文合戦に、ライムとエルファは顔を見合わせた。
傍観していては、いつ終わるかもわからない。
ライムは近いうちに身長を追い越されそうな青年たちの頭に、容赦なく剣の柄を落とした。





「続きは魔物との戦いでしなさいよ。ほら、さっさとルーラ唱える!」


「「すみません・・・」」







 ライムの剣幕に負けて家を後にした勇者の背を、リゼルは何も言わずに見送った。
その背は、若き頃初めて出会った夫オルテガのそれとよく似ていた。





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