時と翼と英雄たち

スー    3




 ジパング近海へやってきたリグたちだったが、彼らに行くあてはなかった。
とりあえずぶらりぶらりと船旅を楽しみ、フィルの緊張感をほぐしてやる。
船酔いしないかと心配していたが、案外彼女の適応能力は高かった。
すぐに海上での生活にも慣れたのである。







「ライムって舵取りできたんだね。
 すっごーい!」


「そうなのよね、いつの間にかできてて。
 でもそんなに難しくないから、リグやエルファでもできるようになるはずよ。」





 手慣れた感じで舵を取るライム。
なぜ彼女が船を操ることができるのかは未だに謎である。
舳先に立っていたリグが、あっと声を上げた。
陸地が見えてきたらしい。
早速船を寄せると、4人は地図を取り囲んだ。






「川をちょっと上った先に村っぽいのがあるみたい。
 スーって言って、農耕牧畜で生計を立ててるらしいよ。」


「エルファの賢者の知識はさすがだな。
 そんなにでかくもなさそうだし・・・、今から行ってみるか?」


「うんっ。」




人が住む所へ行けると知り、元気に返事をするフィルを見て、リグは苦笑した。
こんな山奥の村に店らしい店などなさそうな気もするが、彼女にとっては外のもの全てが珍しいのだろう。
自分が初めて旅に出たときもそうだった。
きっと田舎者オーラ全開で、城下町をきょろきょろと眺め渡していたはずだ。





「ライム、この細っこい川を船で行けそうか?」


「大丈夫と思うわよ。
 この船、大きさの割には小回りきくみたいだし。
 さすがはポルトガの技術の結晶。」


「命がけで変態と戦ったんだから、そのくらい貰って当然だろ。」


「すごいねリグ、言ってることがまるで商人みたいだよ。」



「・・・褒めてるのか、それは。」







 微妙なフィルの賞賛を受けつつも、リグはちゃっちゃと荷物をまとめ始めた。
陸地沿いに船を動かすのだから、そう長い時間はかからないのだ。
1人おろおろとしているフィルを、エルファが丁寧に指導してやる。
フィルの先生役を彼女がやっているようで、彼女に任せておけば大きな間違いはないことから、リグもライムも任せっきりにしている。
それにエルファにとっても、バースがいないことの寂しさを、やたらと手間がかかる(かも知れない)フィルの相手で紛らわせることができるはずだ。
顔にこそ出さないが、エルファはバースの不在をかなり気にしていた。





「エルファは賢者になったから、やっぱり知識が増えたの?」


「知識だけはね。
 でも、ただ知ってるだけじゃいけないから、あちこちリグたちと一緒に旅して、知識を実践的なものにしてるの。」


「難しいわね、よくわかんないわ。」




「・・・・・・、そっか。」






 自分で聞いておきながら、あっさりばっさりと斬って捨てたフィルに、エルファはわずかながら恨めしげな目を向けた。
まぁ確かになかなか口では説明しにくいのだが。








「村、見えてきたわよ。
 降りる準備して。」






 ライムがリグたちに声を掛ける。
器用に着岸すると、いきなり魔物の群れが熱烈歓迎とばかりに襲いかかってきた。
身体の半分を占める巨大な毒々しい色をした嘴をもつそれは、アカイライという魔物だ。
ガルナの塔で以前あれの親戚のような色の魔物と遭遇したが、あの時は剣でグサッとやったはずである。






「・・・いくか、草薙っ。」





 リグはすらりと草薙の剣を抜き放った。
ジパングで磨き上げてもらったこの剣は、リグの手にもしっかりと馴染んでいる。
まるで昔から彼の持ち物であったかのように。
リグが魔物に斬りつけた時、草薙の剣が青白く光った。
しっかりとした手応えを感じる。
肉の深いところまで、柔らかいものを切ったようなざっくりとした感触だった。
刀匠の魂が籠もっているのだろうか、この剣は敵の守備力を減退させる力を宿していた。
一歩間違えれば妖剣だ。
目の前の魔物を片付け、はっとしてフィルの方を振り向いた。
するとちょうどこちらもライムとエルファが屠っていたところだった。
フィルに怪我は当然見つからない。






「オロチ倒してからリグ、また強くなったよね。」


「そうかな、あんまり自覚ないけど。」





剣を鞘に収めると、リグは荷物を持ち直した。
しっかりとフィルにも持たせている。
VIP待遇をしないというのは嘘ではなかったのだ。





「・・・リグは強いね。
 どんどん置いてかれちゃう。」


「何言ってんだよ、ほら、とっとと歩く。」


「ま、待ってよちょっと!
 この荷物何入れてんのよ、むちゃくちゃ重いんだけど!?」


「バースの持ち物全部。
 あいつ物持ちだったからなぁー、使わないんだったら売ってこいっての。」






 サンタクロースよろしく、ぱんぱんに膨れ上がった袋を引きずるようにして持つフィルは、
すたすたと先を歩くリグを懸命に追いかけて、村へと入って行った。
おそらく、彼らはライムとエルファの存在を数秒間忘れていたことだろう。






































 スーの村で、リグたちは世にも珍しい馬と遭遇していた。
人語を解する馬が、このド田舎にいたのである。





「え、なにすっごい、この馬話してる!!」


「・・・あまりベタベタと触らないでほしいのだが・・・。」


「あ、ごめんなさい!  でもすごいよ、ねぇリグ!」





 興味津々でベタベタ触りまくるフィルに、思わず強烈な蹴りを入れたくなる馬。
それができないのは、少女の隣で黙っている、リグとかいう黒髪の少年の雰囲気がなんか剣呑だからだ。
少女を蹴ろうものなら、自分は馬刺しにされかねない。
もっとも、リグ本人は極めて冷静に、この神秘的現象を受け入れていたのだが。




「フィル、お前ちょっと向こうに行ってろ、もしくは大人しくしてろ。
 ・・・しゃべれるってことは、何か言いたいことがあるからだろう?」





リグはフィルを押しのけると、馬の瞳をまっすぐ見つめた。
いつの間にかフィルと立ち位置を交代して、ライムとエルファが傍に来ている。





「海に、この世界の全ての扉を開く『最後の鍵』が眠っている。
 壺を用いて、鍵を手に入れよ。」


「ん、了解。
 エルファ、壺に心当たりは?」



「えーっと・・・・・・。
 ・・・あ、確か世界のどこかに海を干上がらせる壺があるとか・・・。」






 賢者としての知識を駆使して、なんとか壺を導き出すエルファ。
しかし存在まではわかるのだが、どこにあるのかは皆目見当がつかない。
エルファは申し訳無さそうな顔になったが、リグはふっと笑うと安心させるように言った。





「あるんなら探せばいいさ。
 それに、今の俺らには別働隊がいるし、もしかしたら奴が持ってきてくれるかもしれないし。」


「リグ・・・、そんなに世の中上手くいくはずがないでしょう・・・。」






 いつになく楽観的なリグの意見に、がっくりと首を垂れたライムだった。





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