時と翼と英雄たち


テドン    8







 東の空が薄ぼんやりと明るくなる。
村から人々のざわめきが消え、元の寒々しい景色へと変わる。
リグは、ライムに抱きかかえられているエルファを見つめ目を閉じた。
世界中に朝が来ても、エルファとバースの夜はずっと明けることはない。
朝が来るかもしれなかった過去との出会いは、朝どころか更なる暗闇を2人にもたらした。
先が見えない暗闇の中バースは姿を消し、光ある未来に手を伸ばそうとしたエルファの願いも断ち切られた。
バースがエルファに顔向けできないという気持ちもよくわかった。
彼の味方をしようとは思わなかったが。
傍観者であるべきなのかもしれない。
バースとエルファはかけがえのない仲間だが、見ただけでは伝わらない背景というものがある。
当時の心境を、そのような現場に幸いにも遭遇したことがないリグにはわからなかった。
それに、この問題は2人で解決しなければならないものだった。
解決して初めて、彼らは心から互いのことを信じ合える仲になるのだろう。
そこに第三者が加わってしまえば、いざ第三者という存在が欠けた時2人は不安になってしまう。
手助けできるのであれば惜しむことなく2人の助けになりたい。
しかしそれは、誰にも務まらない。
もどかしくはあったが、それが現実だった。






「・・・帰ろう」


「帰るって・・・・・・、アリアハンに?」


「そこ以外にどこに帰るってんだよ。・・・正直なとこ、俺らも限界だろ? 母さんに訊きたい事もあるし・・・」


「・・・そう、ね」






 バースはどうすればいい。
どうにかしなければ、彼は二度と自分たちの前に姿を現すことはない気がする。
探さなければならないとはわかっていたが、リグとライムにその力は残されていなかった。
一気に頭の中で過去を流し込まれ、吐き気すらしていた。
今は何よりも、頭と心と身体を休めることが重要だった。
リグは完全に明け切った空を一度仰ぎ、ルーラを唱えた。


































 ばさばさと大きな物音が玄関口で聞こえ、リゼルは食器を洗っていた手を止めた。
今日はやけに慌ただしい帰還だ。
いつももそれなりに人の声で賑やかだが、今日は声はまったくしない。
それほどまでに疲れ切っているのだろうかと玄関へ急ぎ、1人欠けていることに気が付いた。
今も昔も賑やかさの中心にいる彼がいない。
エルファは眠っているようだし、どんな状況での帰還なのか。
リゼルは息子に視線を移し、お帰りなさいと声をかけた。
じっと見つめてくる漆黒の瞳は愛する夫とよく似ている。
他の部分はどちらかといえば自分に似たが、瞳だけはオルテガと同じ力強さがあった。





「今回はどこに行ってきたの?」


「・・・・・・」


「リグ?」


「・・・・・・テドン。後で母さん・・・・・・、リゼリュシータ王女に訊きたいことあるんだけど・・・・・・」

「どうしてそれを・・・・・・」


「それも後で話す。・・・今はエルファが一番なんだ、母さんのことじゃない別件で倒れちゃってさ」






 ライムからエルファを抱き取りベッドへ運ぶリグの後姿を、リゼルは無言で見つめた。
旅をしているうちに、エルファが記憶を取り戻すうちに知れることだとは覚悟していた。
しかしよりによって、なぜテドンなのだ。
魔物に襲われ壊滅したテドンには、自らの過去を証明するようなものは何もないはずだ。
テドンはリゼルにとって、忘れられない場所だった。
オルテガと出奔したのもテドンであり、大好きだったエルファを裏切ったのもかの地だった。
リゼルの人生を大きく変えた場所がテドンだった。





「ライム、バース君は・・・?」


「昔の事話すだけ話して行方くらましました・・・。本当にバース、エルファが嫌いになるわけないのに・・・」





 レーベ帰って明日またお邪魔しますと告げ後にしたライムを見送ると、リゼルは椅子に座り込んだ。
バースが行方をくらました理由はわからないが、おそらくは全てを知ってしまったのだろう。
リゼル自身も自らが出奔した後のネクロゴンドについては人づてに聞き知ることしかできなかったため、2人に何があったのかはわからないが。
ふと思い出し、以前バースから預かったネクロゴンド王家に伝わる書物を引っ張り出す。
リグは、彼もまた亡国の王族の血を引いていると知った.
だとしたら彼もこれが読めるはずだった。
リゼルにとってはどうでもいい世界の理も、彼ならばわかるかもしれない。
リグには知る権利と義務がある。
リゼルは本をテーブルの上に置くと、エルファの介抱をするため客間へと向かった。
何をするでもなく枕元でじっとしているリグの隣に腰掛ける。
ライムもそうだったが、リグも顔色が悪かった。
休みなさいと言っても首を横に振るばかりだ。
昏々と眠り続けているエルファを見つめたまま、リグは口を開いた。






「テドンにオーブがあったんだ。だから、オーブの力が当時のあの村の幻を創ってた」


「創られた幻は祭りの日だったのね」


「うん。初めに母さん見つけたのはライムだったんだけど、俺もすぐに母さんって気付いたよ」




 だからついうっかり母さんって呼んだんだけどさとリグが呟き、リゼルは苦笑した。
幻の自分はさぞかし驚いたことだろう。
私にはそんな大きな子どもはいないと、生真面目に答えたかもしれない。





「若い頃の母さん、すごく綺麗だった。そりゃ父さんも惚れるわけだ」


「父さんもかっこよかったでしょ?」



「父さん・・・・・・、懐かしかった。俺が知ってる父さんのままで」





 あまりに懐かしすぎて、要らぬ事を口走ってしまいそうな自分がいた。
できることならばまた見たいと思ったのも事実だった。
リグはそれきり黙り込むと、ゆっくりとエルファの額を撫でた。
こんな事やったらバースは無茶苦茶怒るだろうな。
どこかで察知して怒鳴り込んではこないか。
若干の期待を込めて頭を撫で続けていたが、殺気などはどこからも感じない。
やはりあいつは本当にエルファから離れたのか。
寂しいとぽつりと呟いたリグの手に、そっと柔らかな温もりが添えられた。






「・・・私も寂しいよ、リグ・・・・・・」

「エルファ、まだ寝といた方が」


「大丈夫。私、意外と強いから。リグ・・・・・・、私、バースを連れ戻してきてもいいかな?」


「・・・心当たりあんの?」





 エルファは静かに頷いた。
リグたちが予想できないほどの長い時間、バースと共にいた。
常人ならたった一度しか経験することのできない青春時代を、エルファは二度過ごしていた。
リグたちがバースの事を10知っているとするならば、エルファは20以上は知っていた。
それほどまでに、彼をずっと見続けていた。
たとえ幾夜の時が隔てようともまたバースと出会い、そして同じように彼を愛しいと思うようになった。
だから、彼がどこにいるのかもわかる気がした。
本当の本当に、決して手の届かない場所へ彼は行ってはいないはずだ。
全てが終わったわけではないと、バースも自分もどこかでわかっているからだ。
エルファは半身を起こすと、リグの隣で固まっているリゼルへと視線を移し微笑んだ。






「リゼルさんが幸せなら、私はそれだけで充分です。城にいた頃よりも、あなたはずっと生き生きとしています」


「エルファ・・・・・・。私は、あなたに酷いことをしてしまった・・・。私を許してくれるというの・・・?」


「私はずっと、王女には自由な世界で生きて欲しいと思っていました。これからは、本当のお友だちになれると思います」



「・・・・・・そうね、ありがとうエルファ。本当にあなたには親子共々お世話になりっぱなしで」






 エルファはにこりと笑うと、今度はリグをじっと見つめた。
記憶を失い再びこの世界へ戻ってきた時、リグに拾われたのは運命だったのかもしれない。
あの王女の息子だとはつい先頃まで思わなかったが、こうしてみて見るとよく似ている。
一度言い出したら引き下がらないところや、聡明なところ、王女が男だったらこんな感じだったのだろう。





「リグ、絶対に2人で帰ってくるから行かせて」


「とりあえず見つけたら一発ぶん殴っといてくれる?」

「・・・うん!」








 今まで助けてくれていたのはずっとバースだった。
今回こそは、こちらがバースを迎えに行く。
顔を合わせたくないのもそれはバースの都合というだけで、エルファは彼に会いたくて仕方がなかった。
離れていた時間が長かった分、会いたいという願いも強くなる。
待っててバース、私は絶対にあなたを独りにはしない。
エルファはテドンで独り消えていったバースの背中を思い出し、口元を固く引き締めた。









あとがき(とつっこみ)

エルファの過去がかなり判明した章でした。ただ、これからが辛くなると思います。だからバース逃げました。
バースは事件の後助けられたと知っていますが、知ってるだけです。新聞でいう見出しの部分だけ、みたいな。
エルファは、今も昔もリグ君のことをちょっと変わった勇者としか思ってません。







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