時と翼と英雄たち

ジパング    2





 ダーマ神殿まで船つきでやって来たリグたちは、海路を南下し島国ジパングを目指していた。
水先案内人ヤマトの話によれば、ジパングというのは世界で一番早く太陽の昇る国らしい。
日の出に早い遅いという概念がなかったリグにとってジパングの自慢は、なかなか理解できなかった。




「ねぇリグ、なんかちっちゃな島が見えてきたんだけど!! あれがジパングかしら?」


「いや、俺わかんないけど。にしてもちっちゃな島だな。ほんとにこんな所に国なんてあるのか?」


「何を言うか! あれこそ我らが国のジパング!! そなたらには見えぬのか、あの光り輝くような高貴なる力を発する国が、神殿が!!」






 見えないものを熱弁されても何も言い返せない。
もとより彼の言葉に反抗しようとも思っていないので放っておく。
ライムは慣れた手つきで船をうっすら見える村落のある島の端に係留した。
懐かしい故郷へ駆け込んだヤマトは、慣れ親しんだ人々の前に飛び出すと大声で叫んだ。





 「皆の者!! 我は死んではおらぬ!」


「おぉ! その声は確かにヤマト! 鍛冶職人のヤマトじゃな!!」


「生きておったのか! そなたがオロチに挑んだと知った時は、我らはもうそなたのことを諦めかけていたのだ」


「して、そこなる異国の者らはヤマトの友人か?」




 突然ジパング人の男に指を指されドキッとするリグたちだが、彼の質問に答えようかどうかと思い悩んだ。
ここでもしも友人だと言ってしまえば、もしかしたらヤマトのこの国における立場が危うくなったりはしないだろうか。
異国人の来訪に慣れていないジパング人の中には、リグたちの容姿や服装を見て、既に化け物を見るような目つきで眺めている人々もいる。
どうしたものかとリグたちが顔を見合わせた時、ヤマトが簡単に言ってのけた。





「この者たちは悪しき者らではない。我の命を救いここまで連れ帰ってくれた、心優しき若者たちなのだ。リグ、ライム、バース、エルファ、ここでは我の家でゆっくりと寛いでくれ」





 ヤマトのありがたい申し出により、リグたちは当面の宿の心配をする必要がなくなった。






























 「で、まずは親玉の様子伺いってか?」




 旅の疲れを存分に癒した後、リグたちは相談の結果早速女王ヒミコの館に行くことに決めた。
彼女が魔物だろうがなんだろうが、まさか人前で堂々と変化するわけにもいかないだろう。
館の護衛に不審げな目つきで睨まれながらも、リグたちはさしたる障害もなく館正面のヒミコの前にやって来た。
が、リグが口を開こうとした時、ヒミコの鋭い声が響き渡った。




「わらわは異国の者を何よりも好まぬのじゃ!! 異国の者よ、とっととわらわの前から消え失せいっ!!」


「うっわ、すっげぇヒステリー」

「バースっ!!」




 ヒミコの甲高い叫び声にバースは小さな声で悪態をついた。
もしこんな言葉が彼女の耳に入りでもしたら、おそらくリグたちは生きてこの館から出ることはなかっただろう。
リグたちは館の外に出ると額を寄せ合った。
ヒステリックな声で彼らを追い返したヒミコからは、とても人が放つとは思えない妖気が漂っていた。
突然こいつ化け物と暴露するわけにもいかないのでとりあえずは退散してきたが、今回の対面でリグたちは最近のジパングの怪異はヒミコに化けた魔物の仕業だと確信した。





「ヒミコが化け物って知ったからには早めに手を打っとかないと、ヤマトの彼女のヤヨイさんの命も危ないでしょう」


「そうだな。しかもあの妖気から判断して、かなりの難敵だな。ありゃヤマトでなくても苦戦するわけだ」


「じゃあとりあえずヤマトん家に戻って作戦会議といくか。しっかり練っとかないと俺らが生贄になる」




 足早にヤマトの家に戻っていくリグたちの背中を見てエルファは小さく息を吐いた。
ヒミコの放った妖気が強すぎた。
賢者としての力を維持することで精一杯なのか、いまいち身体の隅々まで神経が行き渡っていないような感じすらする。
集中集中、と気合を入れて自分に喝を入れてみる。
と、館の裏手から男性のぼそぼそと独り言を言う低い声が聞こえてきた。





「ヤヨイは無事だろうか・・・。ヤマトが死んだ今、我がヤヨイを守らねば・・・」


「ヤヨイさん? ・・・あの人、誰?」




 エルファの頭に嫌な予感を報せる警告が鳴った。
これが世に言うところの三角関係ではないのだろうか。
見たところ彼はかなりヤヨイの心配をしているようだ。
鬼の居ぬ間に何とやらではないが、ヤマトのいない間に2人でこっそり密会でもしていたのではないかと不安になる。




「見なかったことにしよ、うん、それがヤマトさんのためだし・・・」





 エルファは1人そう呟くと、リグたちの待つヤマト宅へと駆け戻って行った。

























 エルファが不思議な場面に遭遇していた頃、バースもまた奇妙な現実に直面しようとしていた。
村ののんびりとした古風な佇まいの中をぶらついていたバースは人の視線を感じた。
木の影からこそこそと囁く声も聞こえてくる。




「異国の者は若き時よりあの男のように白髪なのだろうか。げに不思議な世界であることよ」


「まったく。まるで若き姿のまま年老いた化け物のようじゃ・・・」


(人を化け物呼ばわりするなよ・・・。しかも俺の髪は白髪じゃなくて銀髪だっての)





 以前ヤマトに言われ大層憤慨した言葉をまたしても言われ、今度は大きなため息をつく。
更に彼らはバースのことを化け物を見るかのような目つきで見てくるのだ。
これには流石に辟易し、バースは誰も入ってこないような村の隅にある貯蔵庫に忍び込んだ。
数え切れないほどの壺がきちんと置かれ、それぞれの中からはこの国独特の食材なのだろうか、つーんと酸味のする食べ物の匂いも漂ってくる。
ジパングは確か米が主食の国だったが、刺身とかいう生魚を切っただけの料理には、バースはどうしても受け付けられないだろうと思った。





「何にもない田舎の国なんだな・・・。ま、そういう所が良いって言う人もいるんだろうけど」


「そこにおるのか、セイヤよ。ヤマトの死んだ今、私にはそなたしか頼る者はおらぬ・・・」




 バース以外にいるはずのない貯蔵庫の中から突然女性の声がした。
くぐもったような彼女の声には、不安さが多分に混じっている。
バースは声を聞き、ぎょっとして辺りをきょろきょろと見回した。
いったいどこから声が聞こえるのだろうか。
ここには自分以外には誰もいないはずだ。





「・・・まさか、幽霊とか?」




 魔力は高いが霊感はあまりないバースに、幽霊などの超常物体は縁遠い。
空耳だと思い込もうとした直後、再び女性の声が響き渡った。




「セイヤや・・・。私はいつになったらここから出られるのだろうか・・・。早う日の光を浴びたいものじゃ・・・」





 バースの肩に何か冷たいものが触れた。
幻聴ではない、錯覚ではない、今確かに、彼の肩には白くて細い腕が乗せられている。
バースは恐ろしさ半分、好奇心半分でゆっくりと後ろを振り返った。
目に飛び込んできたのは血の気のない顔をして白い着物を身につけた、うら若い女性だった。




「・・・何者じゃ?」





ジパングにバースの叫び声が轟いた。




























 「なぜヤヨイの姿が見えん!? ヤヨイはどこじゃ、どこに行ってしもうたのだ!!」





 ヒミコの館から帰ってきたリグとライムはヤマトの狂乱ぶりに手を焼いていた。
しきりに喚く彼からなんとか情報を得ると、彼の恋人で次回生贄予定のヤヨイがいないという。
村の人々に聞いても首を横に振るだけだし、彼女の姿を見た者もいないらしい。





「ちゃんと探したのか? あっちとかこっちとかそっちとか」


「ジパングに来たばかりの者に言われたくはないわ!」



 リグとヤマトが埒のあかない問答を繰り返している時、エルファが家に駆け込んできた。
と同時にどこかからバースの叫び声も聞こえてくる。





「珍しいねぇ、バースがあんな大声上げるなんて。何かあったんでしょうね、行くわよリグ」


「わーかってるって。あ、おいヤマト、お前どこ行くんだよ」


「あの声は貯蔵庫からだ。毒でも食べたのかもしれぬ」


「「「毒!?」」」





 毒など飲んで死なれたらたまらない。
リグたちは全力で貯蔵庫まで走った。
すると彼らの脇をすり抜けて、更に速いスピードで駆けていく男の姿が目に飛び込んでくる。
地下に作られている貯蔵庫になだれ込むようにして入ると、そこではリグたちよりも一足早く中に入り込んだ男とバースが対峙していた。
男の背には白い着物を着た女性が訳のわからないといった顔で2人とリグたちを見つめていた。




「おのれ! 我が姉に何という真似をした!!」


「なんにもしてねぇって。あんたが勝手に勘違いしてるだけだって」


「とぼけるな!! 我が姉が1人でこの中から出てくるはずがない!! 大人しく我が鉄拳の前に斃れろ、この白髪頭め!!」


「だから俺の髪は白髪じゃなくて銀髪だって! あ、リグ、お前ちょっとこいつどうにかしてくれよ。こいつさ、俺がこの人にちょっかいかけたって思い込んで聞かないんだよ」





 リグたちの姿を見つけたバースが途方に暮れたような顔で見てくる。
女性は自分を庇っている男に宥めるような口調で言った。




「セイヤ、この者は何もしておらぬ。私がそなたとこの者とを勘違いして肩を掴んでしまったのじゃ」


「ですが姉上!!」

「ヤヨイ!!」






 遅れてやって来たヤマトがあっと声を上げた。
彼の声に反応してヤマトの方を見る女性とセイヤ。
ヤマトの姿を認めると、女性はばっと走り出して彼の胸に飛び込んだ。




「ヤマト、ヤマト・・・。私はもうそなたは死んだかと思っておったのだ。戦う術を何も持たぬそなたがオロチに挑んだとセイヤから聞いた時は、私は後を追って死のうかとも思った・・・」


「ヤヨイ・・・、すまぬ、寂しい思いをさせてしもうた。我はここなるリグ殿たちに命を救われ、ヤヨイの元に帰って来ることができた。・・・して、なにゆえセイヤは我にヤヨイの居場所を教えてくれなんだか?」





 人目も憚らず熱い抱擁と甘い言葉を交わしていると、ヤマトはふと思い出したかのようにその場で硬直しているセイヤに尋ねた。
彼の問いかけにセイヤは顔を真っ赤にする。
そしてふて腐れたように顔を背けるとぼそぼそと言った。



「ヤマトが生きて戻るとは思わなんだゆえ、我がこれから先はヤヨイ姉様の盾となろうと決心したのだ。
 一度決めたからには、たとえヤマトがこの国に戻ってこようと決心を曲げるつもりはない!!」





 彼の訳のわからない弁明を聞きリグたちは一様に、あぁ、こいつは頭の固い猪突猛進思い込んだら一直線の感情型人間だと悟った。





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