時と翼と英雄たち

ジパング    4





 祭壇でオロチの生贄となったジパングの娘達の亡霊を見たリグは、対オロチ戦に向けて更なる闘志を燃やしていた。
彼を見つめてくる女性達の目は、悲しみに囚われていたのである。
このままオロチの行いを見過ごしていれば、彼女達も安心して成仏することができない。
成仏できない魂は生前の恨みの塊のみが増えていき、やがては悪霊となり生者達を苦しめる事になる。
それだけは何としても避けたいリグ達は、祭壇の小部屋のすぐ脇にある、周囲よりもいっそう邪気の強い部屋へと目を向けた。
ここに彼らの倒すべきオロチがいる。
多くの女性達の命を喰らい、恋人を助けるために立ち向かったヤマトに瀕死の怪我を負わせた張本人が、次の生贄を今か今かと待ち構えているのだ。
リグ達は部屋の前でそれぞれの顔を見回した。
死ぬための戦いではない。今まで戦ってきた中でも、おそらく一番強いであろう相手だが、リグ達は負ける気がしなかった。
それはきっと、彼らの戦いを願い、見守っている多くの報われない魂達の思いが後押ししているせいでもあるだろう。
勢いよく走り出すリグの後をライム達が続く。
広い空間に躍り出た彼らの目の前には、灼熱の炎を吐き散らす巨大な8つの頭を持つ蛇がいた。









 リグ達を前にしたオロチだったが、彼の態度は堂々としたものだった。
それぞれの獲物を構え、今にも攻撃を仕掛けてこようとする彼らをちらりと見て、嘲笑っただけなのだ。





「人間ごときが何人束になってかかってこようと、わしに勝てるはずがないと言うものを。
 ほんに人間という生き物は浅はかで、おろかなものよ。
 わしの命を聞かなかったゆえ、ヒミコは倒れたというのに。」



「やはり貴様かオロチよ! われらがヒミコ様を虐げ、国の女子達までもその手にかけおって!!
 貴様のような外道は我のこの腕が黙っておらんわっ!!」





 オロチの挑発にたやすく乗るセイヤ。
リグは飛び掛らんとする彼をやめろの一言で黙らせると、オロチのそのいくつかある頭部の内の1つをぎっと睨み据えて言った。






「あんたが殺した人は大勢いるみたいだな。
 俺はこの国の者じゃないけど、あんたのやってる事は絶対許さない。
 ・・・愛する者と引き裂かれ、取り残され、お前ら魔物なんかにはわかんない繊細な思いが人間にはあるんだよっ!!」




リグの言葉を聞き、血のように赤い16の目を細らせるオロチ。
じっくりとリグを眺め、何がおかしいのか低く笑う。
かと思うと、今度は忌々しげにリグと彼の隣にいるバースを睨みつける。





「人間ごときの言う言葉なんぞ聞く耳を持たぬ。
 だが・・・、貴様ら2人から臭う血はわしに不快な思いをさせてならん。
 その血をすすれば、わしにいかような力がつこうか。」




オロチはそう言うといきなり彼らに炎を浴びせてきた。
とっさに散らばりそれぞれ火の始末を行なうリグ達。
少し離れたところで、バースがフバーハの呪文を詠唱する声が聞こえてきた。
淡い光に包まれるリグ達は、オロチが盛んに浴びせてくる炎に怯むことなく攻撃できるようになる。





「小癪な虫けらどもがっ!!」




 オロチの長い首がリグの身体を締め付けにかかる。
逃げ損ねた彼の身体はオロチの締め付ける圧力に引きちぎられそうになる。
彼の危機を見てライムがオロチの首の一本に向かって渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
ズバッという鮮やかな音と共にオロチの体から太い首が落ちる。
圧力から開放されたリグは、地面に着地すると胸を押さえてぜえぜえと息を吐いた。
もう少しライムの助けが遅かったら、本当に上半身と下半身が分離していたかもしれない。
リグは急いで駆け寄ってきたエルファの回復呪文での手当てを受けながら、初めから果敢にオロチに挑むセイヤを眺めていた。






「エルファ、あいつずっとああやって戦ってんのか?」


「私もずっとは見てないんだけど、結構素早い動きしてるよね。
 天性のものだと思うよ、あの動きとか。」




「これはヤマトの仇だっ!! よくも姉様の大切な男を傷つけたな!!」





 セイヤはそう叫ぶと、オロチの巨体めがけて鋭い蹴りを叩き込んだ。
彼の改心の一撃に思わずうめくオロチ。
怒りをそのまま強さへと変え、国を守るために自分の身の危険を顧みずに戦う、いわば捨て身の攻撃にはオロチも苦戦している。
バースはオロチに巨大な氷柱を2,3本突き刺すと、リグに向かって今だ、と叫んだ。






「死ねぇっ、オロチ!!」




 リグの剣がオロチの体を貫く。
オロチを刺した部分から噴水のように溢れ出てくる血に、リグの体は真っ赤に染まる。
致命傷を喰らってもなお、懐に飛び込んでいるリグに炎を浴びせかけようとしているオロチだったが、その直前にリグは思い切りオロチの体を蹴り飛ばした。
なかなか抜けなかった剣がものすごい音を立てて抜ける。
リグが飛び退った時、彼はオロチの体内に光る剣があることに気付き、無意識のうちに手を腹の中に差し入れた。
指の先に堅い何かが触れる。
おそらく剣の柄か何かだろうと思い、リグは剣を握り締め思い切り引き抜いた。
剣が取り出されると同時に地面に倒れ伏すオロチ。








「リグっ、危ない!!」




手にした剣をまじまじと見つめていたリグにライムの鋭い叫びが耳に入った。
とっさにオロチの方に剣を構えたリグだったが、オロチの方が一足早くリグの体を遠くの壁に叩きつける。
胸にくる痛みに意識が遠のきかけるリグ。
オロチは痛みに悶えるリグの姿を見てにやりと笑うと、彼のすぐ後ろにあった旅の扉に入って行った。
逃げられてしまうという状況に置かれては、リグも痛みを訴えているわけにもいかない。
彼はオロチの腹から取り出した剣を自分の鞘に収めると、まっすぐ旅の扉に突っ込む。
目の前の空間がぐにゃりと歪み、リグ達の視界が暗くなる。
旅の扉特有の不思議な感覚に襲われ、再び彼らが地に足をつけた時には、そこはジパングのヒミコの館だった。
しかも彼らの前には血だらけのヒミコが倒れていて、彼女の周りを館に仕える男性達が取り囲んでいる。







 「これでヒミコの正体がなんなのか、完全に理解できたな。
 後は奴を倒せばハッピーエンドだ。」




リグは疲れた口調でそう言うと、肩で大きく息を吐いた。
実はさっきからオロチに叩きつけられた時の痛みが激しく彼を襲っていた。
体の節々がきしんでいる感じがするのだ。
バースはそんなリグの疲れた表情を見て、彼の容態もまずそうだという事を見抜いた。






「俺達もとりあえずここは引き上げるぞ。
 オロチも今殺そうと思えばできるだろうけど、こっちのリーダーの様子もあまり良くないみたいだからな。
 ひとまずヤマトの家に戻って、俺らの調子も良くなったら改めてオロチ倒しに行くぞ。」



「でもバース、俺はエルファの呪文受けたら平気だから。」



「馬鹿、エルファの魔力も早々残ってないからこう言ってんだよ。
 今のお前に選ぶ権利はないんだからな。」







リグ達vsヤマタノオロチの戦いはこうして彼らの勝利に終わった。





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