時と翼と英雄たち

ジパング    9




 久々に広い草原を歩いた気がした。
つい3日前までリグたちが滞在していたジパングは小さな島にあり、草原などほとんど見られなかったのだ。
外をゆっくりとピクニックでもしたいが、生憎と魔物が多く、大事な攻守に秀でた能力を持ったバースが突然姿を消したので、
そんな穏やかな時間は過ごせそうになかった。
もっとも、リグたち残された3人は、彼が再び戻ってきても文句を言うだけで、基本温かく迎え入れるつもりだった。
思えば、初めての出会いのときから彼は突拍子なかった。
常識はあるが、彼の行動は常識を超えていたのだ。







「ムオルって案外遠いね。」


「もうそろそろと思うけど・・・。
 ・・・あ、あれじゃないか?」




 リグは前方にうっすらと見える街並みを指差した。
大きな町ではない。
人口もそう多くはないだろう。
小ぢんまりとして、派手そうでなくて、なによりも平和そうに見えた。





「こんな所に町はあるのね。
 世界は広いわ。」





ライムがしみじみと呟く。
地図を見ただけではわからない。
実際に地に足を降ろしてみて、そこで改めて世界の広大さを肌で感じることができるのだ。
世界に果てはあるのかな、そう独り言を言うと、エルファに聞こえていたらしく、にっこりと笑顔で話しかけられる。






「地図だけだったら終わりがあるように見えるけど、本当はこことここは繋がってるの。
 って言っても、私は行ったことがないんだけどね。
 そういうのはバースが詳しいよ思うよ。
 たくさん旅をしてきたみたいだし。」





 実際に地図の北と南の大地を指差すエルファ。
しかし、やはりリグとライムにとっては、そんな話は想像できないことだった。
あっちとこっちが繋がってるだなんて、普通考えられないのだ。
頭にクエスチョンマークを浮かべまくっている2人を見てくすりと笑ったエルファは、くるくると地図を巻き直した。
ムオルに到着したのだ。
無意識に右隣の斜め前方を見つめる。
視線の先に、いつもなら柔らかな笑みを向けてくれる青年はいない。
その事実は、エルファにとっては少なからず寂しいことだった。



































 ムオルの町は、リグの登場によって急に活気づいた。
住民の皆がすべて、ポカハマズさんが帰ってきたと喜んだのだ。
いちばん驚いたのは、ほかならぬリグである。






「・・・俺、ポカハマズなんて変わった名前の人じゃないんだけど。
 リグっていう立派な名前があるんだけど。」


「落ち着いてリグ。
 ・・・きっとリグにそっくりな人が前にここに来たんだよ。」






人違いをされ、少々機嫌を悪くしたリグを宥めるエルファ。
ライムは、住民たちの話を聞き、なにやら考え込んでいる。
そして、ぽつりと呟いた。





 「オルテガ様のことを言ってるんじゃ・・・。」


「父さんのことを?
 どうして・・・。」



「昔ノアニールでオルテガ様を見たと言ってた人がいたでしょ。
 でもあの村は10年間ぐらい時間が止まってた。
 ムオルだって、10年ぐらい前にポカハマズさんが来たって言ってたじゃない。」



「・・・親子だったら似てるのはわかるかも・・・。」






 3人は顔を見合わせた。
思いもかけない所でオルテガの消息を知った。
なおも住民から話を聞いていくと、なんでもこの町にはポカハマズが置いていった兜が残されているという。
それは売り物ではないと聞いたとき、リグはほっと胸をなでおろした。
形見かもしれないものがあったのだ。
リグたちはオルテガの兜を見に行った。
使い古されてはいたが、よく手入れがされて、管理も行き届いている。
リグはおもむろに兜を手に取った。
その動作があまりにも自然だったので、兜を預かる者も何も言えない。
愛おしそうに兜を撫でる姿は、ポカハマズそのものなのだ。






「父さん・・・。」



「父・・・?
 あなたは、ポカハマズ様の息子さんなのですか!?」


「ああ・・・。
 ポカハマズ・・・、オルテガは間違いなく俺の父親だ・・・。」






 リグは兜をじっと見つめた。
そういえば、幼い頃父はよくこの兜を被って外から帰って来ていたような気がする。
帰宅して疲れ果てているはずの父に飛びつくリグを、嫌な顔ひとつせずにその逞しい腕で抱き上げてくれた。
そんな父子を見つめ、幸せそうに微笑む母。
かなり昔の記憶だった。
けれども、生涯消えることがないであろう、大切な至福の思い出だった。





「父は俺がまだ小さい頃に旅に出て、それきり消息がわからないんだ。
 だから懐かしくてな。」



「存じております。
 この地にポカハマズ様が滞在されている折、息子さんのお話を聞いたのです。
 自分と妻にそっくりな息子が1人いると・・・。
 とても幸せそうでした。」



「そっか・・・。
 10年前、父が世話になったそうで、どうもありがとう。
 俺もここに来て良かったと思ってる。」







 リグはオルテガの兜を棚にそっと置くと、くるりとそれに背を向けた。
すたすたと外へ行く彼の後ろを、慌てて追うライムとエルファ。
どうしたものか、と声を掛けようとしたエルファを、ライムが手で制した。
そして、自らリグの腕をつかむ。
リグは振り返らなかった。
振り向けなかったのかもしれない。






「リグの兜、そろそろ替え時じゃない?」


「そうかもな。」


「オルテガ様の兜、どうして欲しいって言わなかったの?」



「父さんはここに残したのには訳があるから。
 でなきゃこんな片田舎に大事な兜を置いてかない。」





 リグはライムの手を振りほどいた。
本当は、父の兜が欲しかった。
欲しくて欲しくてたまらなかった。
だが言えなかった。
そんな自分が悔しかった。



リグたちの背後がざわめきだす。
後ろを振り向いたエルファが小さくリグ、と叫んだ。
彼女の声につられてざわめきの方へと顔を向けるリグ。
息を呑んだ。
父の兜が自分の目の前に差し出されていたのだ。
兜を持っている男が言った。







 「ポカハマズ様はこう言っていました。
 いずれ息子がこの地を訪れるようなことがあるだろう。
 だが、息子はこの兜が欲しいとは言うまい。
 そのときは、兜を手渡し、こう伝えてくれ、と。」




「・・・父は俺になんと?」




「『もっと素直になれ』、と。」







 リグは目を見開いた。
思わずライムとエルファの方を見やる。
すると彼女たちは、その通りだとでも言うように満足げな顔をしている。
素直になる。
少なくとも、以前よりも素直度は増したはずだった。
ライムやバース、エルファと世界を旅するようになって、素直にならざるを得なくなったのだ。
しかし、それは案外心地いいものだった。
リグはふっと頬を緩めた。
ゆっくりと兜を受け取る。
父の笑顔が一瞬見えたような気がした。






「父さんは、お見通しだったんだ・・・。
 俺が自分の感情に素直になりきれてないって。」



「だってリグのお父さんじゃない。
 知ってるに決まってるよ。」





リグは、オルテガの兜を見つめ、柔らかく微笑んだ。



































 多くの住民に見送られムオルを出立したリグたちは、話し合いの末アリアハンへ帰ることになった。
オルテガの兜を母リゼルにも見せたかったのだ。
それに、次の行き先もじっくりと考えたい。
戦力が1人欠けると、戦いもやはりきつくなるのだ。
それになによりも、バースがいないことで時折見せるエルファの寂しげな顔が、見ている方も辛い。
いつの間にそんなに彼を必要とするようになったのか、と疑問に思うリグだったが、こればっかりは本人の問題なのでどうにもならない。
それでも、アリアハンに帰りさえすれば、エルファも母やフィルの力で気分転換はできるだろう。
リグたちと船を包み込んだルーラの光は、アリアハンに向けて飛んでいった。









あとがき(とつっこみ)

微妙に長かったかもしれないジパング編。
オリジナルキャラが2人も乱入し、どうなるものかと冷や汗ものでした。
途中からえらくジパング組の言葉が古めかしくなってますが、他ジャンルのゲームとかの影響です。





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