14.武闘会は危険な香り










 試合前の戦士ふたりのポケットに、採りたての薬草や毒消し草をめいっぱい詰め込む。
応援グッズは準備万端だ。
とカミュの名がでかでかと書かれた幕に、声援がよく通るようにと特別に拵えた大きな筒。
黄色い声を上げ続け声を嗄らした時用に、とっておきのスペシャル薬草ドリンクも大量に用意した。
快くさえずりの蜜を分けてくれたセーニャにはマジで感謝だ。
これで何者にも負けるはずがない。
私だって信じてるんだからね、応援の奇跡ってやつを・・・。
どういう奇跡かとんかんと鍛冶した末に完成した布製の丈夫な袋へぎゅうぎゅうに詰め込み、観客席へのゲートを潜る。
待て待て待て待てと屈強なあらくれに立ち塞がれ、はええと叫んだ。



「なんで! ベロニカとセーニャはいいのになんで!!」
「観客席への過度に不要な物の持ち込みは禁止されてるんだ。自分の席の範囲に収められる程度の量じゃないと困るぜ、お嬢さん」
「こっ、これは3人で手分けして持って応援するからセーフでしょ!? ね、ね、ベロニカ!」
「いや、持たないわよ。もちろん腰のボトルの中身も飲まないからね。えーっと何だったかしら、まんげつ草ジュース?」
「『薬草ドリンク~さえずりの蜜を添えて~』ですわ、お姉さま。試飲させていただいたのですが、大自然に体だけ置いていかれたような深みのある味わいでした」
「それは気絶したって言うんじゃないの!? セーニャに何飲ませてるの!?」
「えー美味しいのにー。これも飲むと頭がしゃきっとして調子がいいのにー」



 どれだけごねても、話を逸らしてどさくさ紛れに突破する目論見も失敗した。
こんなことならばホメロスにもっと戦術とやらを習っておくべきだった。
娯楽ごときに使うなと、頼んだ直後に叱られていた気がしないでもないが。
は指示に従うべく宿屋へと引き返した。
持ち込み制限があるのなら初めから案内板に書いていてほしかった。
薬草ジュースは持ち込めるとして、他の使いどころが仮面武闘会以外に思い浮かばない。
横断幕は裁断すればまだ服として再利用できるかもしれないが、筒はどうしよう。
に頼んで鍛冶で劇的に変化させてくれればいいのだが。



「にしてもほんとに綺麗。ただの枝じゃないんだろうなー・・・」




 身軽になり今度こそ入場できるようになり、改めて優勝賞品の虹色の枝を眺める。
その辺に落ちている枝とは明らかに存在感が違う。
難しい経緯はまだよくわからないが、たちが必死に探し求めているのもわかる気がする。
一度見たら忘れられない気分だ。
もしも再び虹色の枝の消息がわからなくなっても、どこへ行方をくらましたか言い当てられる自信がある。
虹色に輝いていようと枝は枝だ。
それが植物である限り逃がすつもりはない。




「おっまたせー! てかもう試合始まってるし! 、頑張れー!」
「おい」
「あれ、カミュ? なんでここにいるの? 今日試合じゃなかったっけ」
「聞いてくれるな、
「ぷぷぷ。、カミュってばもう負けたのよ」
「あーやっぱり? 相手ってあの超美人とおじいちゃんだったっけ。見惚れちゃった? セクシーだったもんね」
、お前まで・・・」
「ま、となんでか知らないけどいつの間にかエントリーしてたシルビアさんいるから大丈夫だって! カミュ、元気出して!」



 カミュがどんな負け方をしたのかは、後でじっくりたっぷり教えてもらおう。
は戦闘真っ只中のを観客席から見下ろした。
さすがは一夜を共にした仲だけあって、ハンフリーとの息はそこそこに合っている。
チャンピオンにしてはハンフリーの動きが素人ぽく見えるのだが、ド素人の目で見ているからそう思ってしまうだけなのかもしれない。
今日の大会こそ見損ねてしまったが、動きならばカミュの方が段違いにキレッキレだ。
戦闘中に踊り出しかねない華麗な足捌きをしているのだ、カミュは。
頼めば踊ってくれるだろうか。
おかしな薬をこっそり混ぜれば、混乱して本人の気分を害すことなくカミュダンスを堪能できるのだろうか。
おかしな薬って何から作れるんだろう・・・。
ぼそりと呟いたに、カミュがおいと口を挟む。
引きつった顔をしている。




「な、何よ・・・」
「今、ろくでもないこと考えてたろ」
「いやいや、ちゃんと応援してるよ? 意外とムッツリなが女子ふたりのお色気にくらくらしないかなあって心配してる」
「その手の混乱は治せないのか?」
「体の傷じゃなくて心の問題だから無理無理。私の傷心も未だ癒えないまま今日に至ってて・・・なぁんて」
、お前まだオレとのことを・・・」
「いや違うけど。・・・あ、勝った」



 を惑わせるには色気も強気も足りなかったらしい。
あっさりと崩れ落ちた対戦者の前で、とハンフリーが笑い合っている。
セーニャの診立てによれば、大きな怪我もしていないとのことなので一安心だ。
連戦が続くので体は大事にしてもらいたい。
も回復呪文は使えるが、武闘会で守勢に回るのは得策ではない。
ハンフリーが適度に薬草を処方してくれているのには好感が持てる。
やはり人の体の資本は栄養だ。
ハンフリーの健康的な薬草処方でもぜひ草好きになってほしい。
各種ウェルカムドリンクの準備は任せてほしい、今夜は草パーティーだ。



、今日は帰って来るのかな」
「ええ、おそらく。さまには何としてでも優勝していただかなければならないので、今日はご馳走を用意しましょう!」
「いい考えじゃん! じゃあ私もとっておきの草を毟りに散歩と日光浴を・・・」




 今日の日程を終え、宿屋の前で解散する。
どうせ外に出るなら花にも光を浴びさせたい。
遠くまで出かけるつもりはないが、一応聖水も持ち歩いた方が良さそうだ。
もっとも、振り撒いたところでこの辺りの魔物は自分の実力よりも遥かに上なので何の役にも立たないだろうが。
武器も失くしてしまったから、大会が終わったらまた誂えてもらおう。
木製の杖ならば相性は良さそうだし、ナイフは草木を刈るにはぴったりだ。
カミュにブーメランを一度貸してもらったが、持ち主の後頭部に会心の一撃をお見舞いするという天賦の才を遺憾なく発揮してしまい即行で取り上げられた。
戦わなくていいとたちは口を揃えて言うのだが、戦うつもりがなくとも刃を向けなければならない時があるとは知っている。
きっと、その日は再びやってくる。
だったら準備くらいはしておきたい。
私だって信じてるんだからね、私すら知らない私の隠された能力ってやつを・・・!




「うーん・・・にしてもこの辺の土、臭い・・・・・・。何だろうこの臭い、血じゃないけど・・・」




 生態系に影響は与えていないが、地中に良くないものがあるのだろうとはぼんやりと察することができる。
旧バンデルフォン領土の麦畑よりも不快な臭いが濃い。
たちは気付いていないかもしれない、彼らは土を舐めはしないのだから。
伝えておいた方がいいだろうか。
決勝に向けて集中しているであろうの耳に憶測の情報を入れるのは気が進まない。
ではカミュや、自然現象に詳しそうなベロニカに相談するか?
それならばもっと事前に調べておいた方が良さそうだ。
武闘会なんぞに出て大目立ちしているが、自分も含めたちは逃亡犯だ。
もたもたしているとあっという間にデルカダール軍団に追いつかれる。
今でさえグレイグ像に終始監視されているようで、おかげさまで背筋がしゃんとして姿勢が良くなった。
は地面にとんと両手を置き、目を閉じた。
草に訊き、木々に問う。
大地を脅かす影の主を根を伝い辿り、巡り、導き出す。
再び目を開いたは、あれぇと呟き首を傾げた。
グロッタの街中にそれはあるらしい。
散策しても目ぼしいものは見つからなかったが、まだ一か所訪ねていない場所はある。
だがそこは教会で、闇や影とは最も無縁の地のはずだ。
それに教会は確かハンフリーが運営する孤児院と一体化していて、が初めてのお泊りを敢行した場所だ。
勇者としてそれらの嗅覚が他の誰よりも聡いであろうが気付かないはずはない。
それとも相手は、の感覚をも鈍らせるほどの力の持ち主なのだろうか。
それはとても良くない。
は立ち上がるとグロッタの宿屋へと駆け出した。
ご馳走に添える薬草は控えめだが、話のタネは充分に仕入れた。
大変大変と叫びながら食堂に飛び込んだを待ち受けていたのは、それ以上の大騒動だった。







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