大丈夫だ、まだ生きている。
目の映る景色は最悪だが視界は良好、犯人の悪事もはっきりばっちりお見通しだ。
強いて言えばこいつの凶行を一緒に糾弾してくれる証人の同胞が欲しいのだが、その辺に転がっている武闘会参加者は果たしてまだ息があるのだろうか。
これまたそこら中に散らばっている白骨の数々はもう当てにならないとして、あの男はいつから謎エキス培養業に精を出していたのやら。
魔物を食べるのは明確に体に悪いが、強者の成分を抽出して魔調合された何かを取り続けるのも体には毒だと思う。



「あー今日飲んでたジュースに毒消し草入れとけば良かったかなー」


 今まさに自分も生気を吸い取られている真っ最中だというのに、そんな時でも敵の心配をしてあげる私って超優しいのでは。
は逃げられない気味の悪い球体の中でぼそりと呟き、天井を見上げた。
チャンピオンの一撃にあえなく沈んだ後、気が付けばここにいた。
地下、というより洞穴のようだ。
なるほどだからグロッタの土は死臭が染みていたわけだ。
犯行現場がここだとしたら、今は孤児院の直下にいるのだろう。
天井には搾りカスのおこぼれを狙っているコウモリがいるし、別の場所からは魔物の唸り声も微かに聞こえてくる。
地下にこんなよく言えば鍛錬場があるのならヤバめの薬に頼らずとも成長できそうなものだが、本来のハンフリーはそれほど惰弱なのだろうか。
薬に頼れば頼るほど肉体そのものも朽ちていくと知らなかったのならば、ハンフリーはおめでたい人だ。
人の姿を留めたままでいられるのは、孤児院というか教会のご加護のおかげかもしれない。
すべてが明らかになって晴れて出所した際には、今まで以上に孤児院の清掃活動に励んだ方がいいかもしれない。
特にやることもないので暇潰しに頭上のコウモリの数を数えていたは、地面に転がった人間からねぇと声をかけられ悲鳴を上げた。



「ねえ、あなた・・・。生きてるのよね・・・?」
「うっ、うわわわわわわ死体が喋ったあ!?!?」
「ああ良かった、無事なのね。安心して、直に私の仲間が迎えに来るからあなたも助かるわ」
「くくく腐った死体って仲間呼ぶっけ・・・?」
「失礼な人ね。私、生きてるのだけど? 今は訳あって死にかけのふりをしてるだけ」
「ほんとにぃ? 生きてるふりが上手な腐った死体って可能性もまだあったり・・・」
「・・・あのね、私の顔ってそんなにもう腐ってる? 目玉とか落ちてないでしょ、ほら」
「わぁお、超美人」



 よくよく見れば、武闘会でカミュをメロメロのボコボコにしていた格闘家の女性だ。
妙齢の超絶美人に対して腐った死体呼ばわりを続けるとは、接客業に携わっていた人間として最低の行為だ。
それに、どちらかといえば今の状況でより腐った死体に近付きつつあるのはこちらの方だ。
体も溶けてきたような感じがしないでもない。
気になっていた角質が取れる程度の効果ならばむしろ大歓迎だが、見ず知らずの美女を殴って拉致するような馬鹿男にそんな気遣いができるはずがない。
助けとやらが来た時に、指が1本もげていたらどうしよう。
回復呪文は治癒だけで、喪ったものの再生はできないと聞いたことがある。
その辺の適当な小枝で骨接ぎとかできるだろうか。
自分の体では試したことがないからわからない。
考えていると、小指の付け根が細くなっているような気がしてきた。
いっそ虹色の枝を新小指にしようか。
アクセサリー要らずでキラキラ度が上がる。



「ていうか私にも仲間がいるんだけど、その人たち知らない?」
「さあ・・・」
「ああ、私より弱い男には興味ないってやつ?」
「・・・あのね、悪いけど私あなたのこと全然知らないの。私とあなたは今日がはじめまして、わかった?」
「わかった。そっか、一方的に私が有名人知ってるだけか」



 死にかけのふりをしている設定をすっかり忘れたらしい女性が、はあと深くため息を吐き立ち上がる。
大きく背伸びなんてしたりして、ハンフリーに見つかったらどうするのだ。
それとももしかして、一足先に私を助けてくれたりする?
女性の一挙一動を興味深く観察していたは、ロウ様と叫んだ女性の声に再び悲鳴を上げた。
本当に人間だろうか。
ゆっくりとした足取りで現れた男性は、きめんどうしには見えない。
良かった彼はただのおじいちゃんだ。
おじいちゃんのお散歩に付き合ってあげていたのか、遅れてたち若者ご一行も姿を見せる。
当てもなく彷徨うおじいちゃんの面倒を見てあげるなんてさすがは勇者様、優しすぎる。



「おお姫、無事で何よりじゃ!」
「ロウ様! やはりハンフリーが原因でした。彼はおそらく強い戦士たちからエキスを集めて・・・」
「ふむ・・・裏に誰ぞかあ奴を手引きした者がおるようだな」
「ええ、それは・・・」
「あのう」



 仲間が助けてくれるとは、嘘だったのだろうか。
推理ごっこを始める前にこちらに気付いてほしい。
はもう一度、あのうと声を張り上げた。
積み重なった死体もどきをひっくり返していたたちが、一斉に顔を上げる。
皆、とても驚いた表情を浮かべて指さしている。
久々の再会だというのに、なんて顔をしているのだ。
可憐な乙女を間抜けた顔で見上げて、えっもしかして私ってば顔面も溶けだしてた?
だからみんなすぐに気付いてくれなかった?
そうだとしたらとてもショックだ、顔面修復はベホイミの範疇だろうか。



「な、な、な、何よみんなして・・・! そんなに私のどろっどろな顔が」
! 逃げられるんなら今すぐ出てこい!!」
「へ?」
後ろ後ろ!」
「うし・・・ひぃやあぁぁぁぁぁぁぁきっつ! くっさ! でっか!!」
!」「ちゃん!」「さま!!」



 虫は嫌いではない。
植物には虫は文字通りつきものだから、虫型の魔物もへっちゃらだ。
だが、これはでかすぎる。
振り向いてこのサイズの蜘蛛がいたら誰だって叫ぶ。
片目を潰されているが、かつてこの化け物蜘蛛に一太刀浴びせた勇士はきっと勇者だ。
逃げろと言われ狭苦しい球体の中をうろついてみるが、何も好転しない。
にたりと笑った蜘蛛が起用に足を動かし、球体を突き回す。
弾みで割れたそこから転がり落ちたは、年季が入った先輩エキスこと骸骨の山に突っ込んだ。
逃げた、私えらい。



「ハンフリー! 貴様、余計なものを集めただろう! 何だこの女は。不味い、不味すぎる!」
「ちょっ、こーんなぴちぴちの女の子を美味しくないなんて酷くない? 私だってねぇ、出るとこ出りゃ極上・・・とまではいかなくても上玉の女なのよ! ねえカミュ、私美味しかったよね!?」
「お前は黙って薬草でも食っててくれ!」
「ないもん! ぜーんぶ溶けて蜘蛛とハンフリーの養分にされちゃったもん! 薬草も上薬草も気つけ草も全部ぜーんぶ!」
「それを不味いと言うのだ、女ァ!!」
「あ、そうなの? ごめんごめん、私はこれ混ぜてすり潰して飲むと調子いいから」
「もういいからあんたはそこでしばらく埋もれてなさい! いい、動いちゃだめよ! 動いたらメラミお見舞いするからね!」
「みんな酷くない? ねえ、みんな、私助けに来たんじゃないの?」
「そうだよちゃん。僕たちは君を助けに来たんだ」



 だから、ちゃんをこんな目に遭わせた奴らをみんな許せないんだ。
そう淡々と告げアラクラトロと名乗った巨大蜘蛛に斬りかかっていたの背中を、は黙って骸骨の中から見送った。





























 熱々の沸かしたてのお風呂に入り、体中に染み込んだ臭いを取り除く。
散々な街だった。
デルカダールを出奔してたちと旅を始めて訪れた記念すべき街だったのに、いい思い出があまり作れなかった。
だが、どれもこれもすべて初めての経験で面白くはあった。
生きてて良かったあ。
は温かな自身の体を撫でると、あれぇと首を傾げた。
小指は取れていない。
顔も溶けてはいなかった。
その他、セーニャとベロニカに体中を検められたがおかしなところはなかったはずだ。
そうだというのに、何だろうこの違和感。
体が薄いというか軽いというか、とにかくしっくりとこない。
そういえば、あの化け物蜘蛛は非力で可憐な美女から結局何を吸い取ったのだろう。
ざばりと湯船から上がり体を拭いていたは、ふと鏡に映った自身を眺めた。
骸骨の群れに突っ込んでも傷ひとつできないとは、セーニャの回復呪文は最高だ。
薬草失くしたと嘆いていると、シルビアが肌と体によく効くらしい草をたくさん差し入れてくれた。
草の摂取不足かもしれない。
だから体もほら、体もこんなにすとーんとスレンダーに。
・・・すとーん、とな?




「あああああああーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「どうした、!」
「カっ、カカカカミュどうしよう、どうしよう!?」
「いやお前こそ素っ裸でどうしようってんだ? なんだってオレといつも」
「ちょ、ちょちょちょちょちょっと来て。・・・・・・どうよ」



 悲鳴を聞きつけいち早く現れたカミュの手を掴み、浴室へと引きずり込む。
ベロニカやセーニャではわからなかったかもしれないが、この男はひょっとしたら理解してくれるかもしれない。
はカミュの手を剥き出しの自身の右胸に押し当てると、どうよと低い声で尋ねた。



「ねえ・・・忘れてないでしょ」
「思い出させるようなことさせてるのはの方だろ」
「で、どうなの」
「なんか・・・減ってねぇか? 滝の下の頃はもう少しこう、ここまで手が余らなかったっていうか・・・」
「やっぱり・・・。私と私拾った将軍がちょーっとずつ蓄えてたやつ、あいつの胸板に取られてる!」



 言えば取り戻せるものなのでしょうか。
据わりきった目でそう尋ねるの体をタオルで包みながら、カミュはやめろと厳命した。






ぱ、ぱふぱふとかされたらどうだろ・・・




Back  Next

目次に戻る