21.恋の終わりは海の味






 ロミアは今晩も独りでキナイを待ち続けているのだろうか。
いったいいつから彼女は独りなのだろう。
人は、いつまで独りでいられる?
キナイと別れたは、浜辺で村の女性たちから遠巻きに熱い視線を送られ続けているカミュに声をかけた。
くるりと振り返ったカミュがギャラリーの多さにわずかに目を見開き、すぐににやりと笑う。
手招きされるがままに色男の隣に腰を下ろしたは、手渡された酒を片手で制しお口直しのナギムナー村産薬草温ジュースで喉を潤した。
燦燦と南国の陽の光を浴びて育ったここの薬草は、大衆で出回るものよりも苦味が少なくていくらでも飲める。



「オレからの酒は受け取れねぇって?」
「お酒で誤魔化されるより、素面の私と本気の話したくない?」
「悪くないな。ここからよーく見えてたぜ、若い男引っかけてたろ」
「あれ、キナイ」
「へえ! で、どうだった?」
「キナイはロミアって女の子知らないんだって。どう思う?」
「どうも何も、この話に乗っかちまった時点でオレたちは結末は見届けないといけないだろ。まさかとは思うけど・・・」
「ロミアが人魚なんて言うわけないでしょ。私を誰だと思ってるの、デルカダール随一の酒場兼定食屋の自称看板娘よ」
はそれができるけど、あっちのお嬢さんたちはどうかな・・・」



 色恋沙汰は全部甘いって思ってるだろうしなと呟いたカミュが、キナイが佇んでいる船着き場へ視線を移す。
キナイの周りには美少年と美女と美幼女が3人、何やら言い争っているように見える。
メラミと同じく直球な性格のベロニカだ、キナイの顔色の変化などろくに見ずに人魚だの薄情者だの言ったかもしれない。
愛すべき性格だが、ここではあまり相性が良くない。
カミュとは顔を見合わせると船着き場へ急いだ。
先程の穏やかさとは程遠い険しい表情のキナイがいる。
さっきはどうもと声をかけると、キナイが溜息を吐く。
あんたのお仲間は正直者だなと言われ、はたははと苦笑いを浮かべた。
勇者の仲間が嘘つきだらけなんて嫌だ。


ちゃん、キナイと知り合いだったんだ」
「うん、さっきハンモック直してもらった。で、その時の世間話でこの人は探してるキナイじゃないなってわかったんだけど・・・」
「ちょうどいい、あんたも一緒に来たらいい。あんたらが捜してたキナイ、俺の祖父を見せてやるよ」



 何をどう話せば関係がここまで拗れるのか、コミュニケーションが難しすぎる。
先にしじま々浜とやらに向かったキナイの背を見送ると、とベロニカ、マルティナへ向き直った。



「キナイめちゃくちゃ怒ってるんだけど、どうしたの」
「キナイに人魚のロミアの話をしたの。そうしたら、ロミアと約束したキナイはさっきのキナイのお祖父さんだって・・・。人魚と結婚しようとしたキナイは村長の怒りに触れ村外れのしじま々浜に幽閉されてしまって、独りぼっちになったはずのキナイの元にある嵐の晩、突然赤ん坊が現れた。それがさっきのキナイのお母さん」
「お母さんって紙芝居してた人だよね。メンタル逞しすぎない?」
「アンタが気にするのってそこなの? もっとこう・・・、こういう時こそお得意のセンチメンタル出しなさいよ」
「おいおい、オレもも色恋においちゃベロニカたちよりレベル高いんだぜ。この程度で落ち込むじゃないって」
「話には聞いてたけど、あなたって本当にスレた・・・、いや、波乱万丈な生き方してるのね・・・。まだ若いのに」
「マルティナに何吹き込んだの。ねぇベロニカ、こっち向いて白状して。口笛吹けてないけど吹くふりとかしてないで、ねえ」
「ベロニカに言われるまでもなく、グロッタの地下で会った時から私はのことは男運がないんだなとは思ってたけど」
「そんな、ひどい・・・」



 正論を振りかざせばいいという話ではない。
否定しにくい弱点を爆裂脚しないでほしい。
ついでにカミュにもダメージが入ったようなので、今のは真空蹴りだったかもしれないが。
は精神的に痛む胸を手で押さえると、教会の裏へと歩き始めた。
祭りの賑わいがまったく聞こえなくなり、砂浜に打ち寄せる波の音だけが響き渡る。
キナイの祖父はどれだけの時間、波の音しか聞こえないこの地で生きていたのだろう。
寂しくて静かすぎて、人魚に会わずとも心を喪ってしまいそうだ。
波に所々浸食された、けれども他のそれらよりはまだ幾分か原型を留めている墓石の前にキナイが座り込んでいる。
彼の手には漁網よりもキラキラと光輝く布が握られている。
ベロニカとマルティナに背を押されたがキナイに歩み寄る。
ロミアに似合いそうな白くて綺麗な花嫁のヴェールがに手渡された。





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