用量用法は計画的に




 胸に秘めた些細な悪事は、いつ知られるかわからない。
意図せぬ時に暴かれるくらいなら、こちらから手を打ちたい。
は手の中の小瓶を握り締め、よしと呟いた。
たちに知られぬように夜毎こっそりと仕事に明け暮れ、ようやく手に入った貴重な材料だ。
草以外の調合ができるか不安だったが、カミュ譲りの「私は信じてるんだからね」思考で乗り切ったつもりだ。
・・・いや、正直に言うとどうやって作ればいいのかわからなかったのでテキトーに放り込んで諸共にすり潰した。
おかしな薬と言うくらいなのだ、多少の粗調合でなければその名を冠することはできないはずだ。



「一応お腹壊したりした時のために毒消し草と薬草は大量に用意してるので、そのあたりはご安心下さい!」
「さすがさま、準備がよろしいですわ!」
「でしょでしょ! ま、飛んだ時はセーニャの出番なんだけど」
「はい、お任せください」
「そうやってさらっとセーニャを巻き込むのはやめなさい! いーい、回復呪文っていうのはの悪戯のサポートで使うものじゃないの」
「とお姉さんらしいことを言ってるベロニカだったが、本心は『あたしもカミュが混乱してるとこ見てみたいな』なのであった」
「こらっ、!」



 わかっていたが、やはり怒られた。
はきゃーっと叫び部屋を飛び出すと、厨房へ走った。
薬を混ぜるのは古今東西飲み物と相場は決まっている。
あの軍師ホメロスにも通用した策略だ、カミュにも有効に決まっている。
はカミュ愛用のドリンクにおかしな薬を一滴垂らした。
みるみるうちにドリンクの色が変わる。
誰がどう見ても、何かヤバいものが混入されているドリンクだ。
暗闇で飲ませるか口移しで飲ませるか、とにかく色を見せないようにしなければカミュは絶対に口にしない。
カミュでなくとも飲まないはずだ、少なくとも自分は飲もうと思わない。
これは飲んだらセーニャを必要とする色だ、薬草の出番は始まる前から終わっていた。



「うわわわわわわ・・・」
「お、どうした? ・・・何だその色」
「カミュの健康を祈ってスペシャルドリンクをブレンドした結果・・・?」
「マジか。気持ちはありがたいけど、もう少し色味は抑えられなかったのか? せめて飲みたくなる色に」
「見ようによっちゃマージマダンゴで若干健康的に・・・」
「おいおいマジかよ。冗談言うにももう少しマシな嘘にしてくれよな。ま、ありがたくいただくけど」
「飲むの!? いや飲んでほしいから作ったんだけども! えっ、おかしな薬って匂いだけでも効果出るの・・・?」
「さっきからどうしたんだよ。、疲れてるんなら休んでくれ。は旅慣れてるオレたちと違うんだから、体は大切にしてくれ」



 カミュの優しさが苦しい。
こんな優しい男に自分はなんてことを。
おかしな薬など混ぜなくとも、もしかしたらカミュはダンスの一つや二つ披露してくれたかもしれない。
はカミュの喉元を見つめた。
ごくりごくりと、お世辞にも食欲をそそらなかったはずのドリンク(おかしな薬入り)がカミュの喉を通っていく。
大丈夫だろうか、セーニャを呼んでこようか。
居てもたってもいられなくなり寝室へ取って返そうとしたは、突如引かれた腕にひぃと声を上げた。
どこに行くんだと問われ寝室と答えると、気が早いなと返される。
早くない、むしろ遅いくらいだ。
はカミュの腕を引き剥がすべく、再びカミュへ向き直った。
このままではカミュ単体のダンスではなく、カミュとふたりでダンスすることになってしまう。
それは困る、なぜならまったく踊れない。
踊れる足があるなら、今頃はデルカダールトップ3に入る踊り子として華やかに社交界で咲き誇っていた。



「あのうカミュ、私お願いがありまして・・・」
「いいぜ、の頼みならなんだって」
「マジで。えっとじゃあ、踊って下さい」
「断る」
「今、なんだってって言ったじゃん!」
「さそうおどり、してくれたら誘われてやるぜ?」
「む、そうきたか・・・」



 こいつ、本当に混乱しているのだろうか。
一滴では足りなかったのかもしれない。
どうせ色が変わるのだから思い切ってもう少し大目に、いっそ全部使い切るくらいの度胸を見せるべきだった。
そうすれば今のように下手に頭も回らなかったろうし意地悪も言わなかっただろうし、踊れと頼めば唯々諾々と従っていたはずだ。
失敗した、私が優しいばっかりに犯した失態だ。
中途半端に混乱しているカミュは、どちらかと言えば悪酔いしている酔っ払いだ。
ここは酔っ払いに効果てきめんな気つけ草ジュースを振舞うべき場面だが、片腕を人質に取られているので行動を起こせない。
酔い覚ましにベロニカにイオをお願いしたいが、自業自得よとまたもや叱られそうだ。
というか、そもそも金髪美人姉妹の元まで辿り着けそうにない。
片腕だったはずの拘束は、今や左半身へと及んでいる。
もはやカミュを引きずって歩いている、翌日は確実に筋肉痛だ。
神妙な顔で体は大切にしてくれと労わってくれていた10分前のカミュを返してほしい。
奪ったのは他でもない、このさまなのだが。



「どうする、オレはどっちでも構わないぜ」



 ずぅんと思いきり体重をかけられ、床に膝をつく。
無理だ、もう引きずることもできない。
こんなに薬に弱くて大丈夫なのかこの盗賊、これまでの人生で変な男に薬盛られて妙なこととかされてこなかったか心配になってしまう。
はぐうと呻くと、ポケットから小瓶を取り出した。
おかしな薬はまだ半分以上残っている。
隙をついて更にカミュに与えれば、ほろ酔い状態のカミュは今度こそ再起不能になり大人しくなってくれるはずだ。
何がいけなかったのだろう。
酒に混ぜたのが悪かったのか、薬への抵抗が弱いカミュが悪かったのか、悪戯を企んだことそのものへの制裁か。
もう何も考えたくない、ダンスももっと落ち着いた時に見たい。
なぜダンスニードルの出現を待てなかったのだろう。
甘やかしてくれるに頼めば悪戯に加担してくれただろうに、なぜ事を急いでしまったのだろう。
焦らなくても、もうカミュはいなくならないのだ。
昔とは違うのだ、今はもう仲間なのだから。
はカミュの顔を仰ぎ見た。
ばちりと目が合う。
逃がしてくれない目をしている。



「カミュ、お願い」
「ん? どうしてほしい? オレと踊る覚悟はできたのか?」
「なんかもう自己嫌悪と後悔で死ぬほど恥ずかしいので、私がこれ飲んだら一発殴ってもらえる? 人助けだと思って」
「おいおいマジかよ」



 うぅわ苦い、これを酒入りとはいえ一気飲みしたカミュの味覚を心配してしまう。
は小瓶の中身を一気に飲み干した。
焼けるような喉の痛みと、直後に襲う吐き気に口元を抑える。
極貧時代の馬鹿舌ならともかく、ホメロスの庇護下でぬくぬくと育て直された一般人並みの味覚感覚では到底受け付けられない不味さだ。
今なら踊れる気がする、のたうち回るという意味で。
残念なことに、踊った記憶は残らないのだろうが。
は、がくがくと体を揺さぶってくるカミュを見上げた。
酔っ払いにしては明瞭な声音だ、致死量を盛らなくて良かった。
は犯した過ちの軽さに胸を撫で下ろすと、ゆっくりと目を閉じた。



























 随分と素直な生き方をしていたのだなと思う。
疑うこともせず、あっさりと落ちてしまった。
何かしらの良くないものが混ぜられていたことなど、グラスを見た時から気付いていた。
盗賊稼業をしていたのだ、修羅場は仲間たちの中で誰よりも潜ってきた自負はある。
ただそれはが仕組んだことで、どうせ彼女の仕出かしたことだから命までは奪われまいとまで読み切っていた。
気つけ草か、毒消し草か、はたまたまんげつ草かと高を括っていたら思った以上に刺激的な味で悶絶はしたが。
何を混ぜたとは本心から訊いた、飲んだ者には知る権利がある。
ついぞ口を割らなかった辺り、相当に奇天烈なものを混入したのだろうと察してしまった。
だが死んではいない、不味くはあったが頭がすっきりとした。
これがが言う「飲むと調子がいい」状態なのだろうと、彼女と同じ境地に達することができたことに喜びすら感じていた。
だからのおねだりも受け入れたのだ。
正直楽しかった。
薬のせいにさえすれば、にどんなことでもできるのだ。
さそうおどりは本当に見たかったし、ごねたら折れるまで強請るつもりだった。
押し倒したのだってもちろん正気の沙汰だ、最後まで至るつもりはなかったがは驚くほどあっさりと崩れてしまった。
こちらが不安になるほどに、は他人からの感情を素直に受け止めてしまう。
どこまで付き合ってくれるのだろう、マジに寝室に運んだ方がいいのだろうかと考えている間にようやくは白旗を上げたが。
あのままが粘っていたらどうしていただろう。
カミュは殴るまでもなく昏倒したの体を抱き上げると、寝室の扉を開けた。
驚いた表情で出迎える姉妹の視線を浴びながらベッドに寝かせていると、セーニャがおろおろしながら近付いてくる。



「カミュさま、あの、さまは」
「こいつを飲んだら寝た。悪いけど看てやってくれないか?」
「え、ええ・・・。でもどうしてさまが・・・? カミュさまに飲ませ・・・あっ」
「だろうなとは思ったぜ。一応オレも飲んだんだが、量が足りなかったらしい。起きたらに言ってくれ、用量用法はきちんと守れって」
「アンタ、に何もしてないでしょうね?」
「するつもりなら連れて来てないだろ、ここに」



 ベロニカたちにを任せ、寝室を後にする。
厨房に落ちたままの小瓶を拾い上げ、残量を確認する。
さすがにも全量呷ることには恐怖があったのか、まだ半分ほど残っている。
さて、こいつはどう使ったものか。
に渡せばそれなりの代物に仕立て上げてくれるかもしれない。
こんな得体の知れない異物は早々に世界から抹消した方がいい。
カミュはプレゼントとばかりにの寝台脇に小瓶を置くと、眠りに就いた。




「街中のタンス開けたい!」「あー全部飲んじゃったかー」



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