瞬きカフェデート




 今日はまだ何もしていない。
常日頃から『の不機嫌とむくれっ面はお前の言動のせいだ』と面と向かって糾弾されているが、何度も言おう。
今日はまだ何も言っていないしやっていない。
毎日好きで怒らせているわけではないし、どうせ顔を合わせるのなら可愛い(とは不本意だが数年前から認めている)笑顔を向き合っていたい。
だから、これでも最近は気を遣っているのだ。
そうだというのにどこのどいつだ、を不機嫌にさせて俺の苦労を嘲笑っている奴は。




「ったくあの眼鏡、口を開けばろくな事言わないんだからもう・・・・・・」
「・・・目金がどうした」
「文化祭の出し物、うちのクラス何になったか聞いた?」
「ああ・・・、メイド喫茶だろう。良かったじゃないか、衣装はもう俺の家にある」
「違う、違うの!」



 テーブルの上のティーカップを倒してしまうのではないかという勢いで突然立ち上がると、はごそごそと鞄からプリントを取り出した。
プリントにさっと目を通すと、今度は豪炎寺のすぐ横に立ちにっこり笑って顔を覗き込む。




「・・・どうしたんだいきなり」
「おかえり修也くん! ねぇねぇ、今日は何が食べたい?」
「本当にどうしたんだ、この数秒間のうちに頭でもぶつけたのか」
「・・・ほーら、やっぱり変でしょ。うちのクラスの出し物は『メイドさんの格好をした彼女喫茶』。執事の彼氏バージョンもあるんだけどさー、修也たちが部活に行った後でこんなことに・・・」




 手渡された企画書を素早く読み込み、そこに書き連ねられた台詞集に眉をしかめる。
誰が考えたのかは知らないが、これをに言わせるというのか。
彼女を通り越して新妻のようになっているが、これでいいのか中学生。
これが許可されるほどに緩い学校なのか、雷門中。



「よくこれが通ったな・・・」
「でしょー。どれだけマニアックな彼氏」
「部活に遅れてきたと思ったら目金、こんなことをやっていたのか・・・」
「他の子意外とノリノリなんだけど私やだよ、こんなの修也以外に言えない言えない絶対無理」
「・・・俺には言えるのか?」
「言ってみよっか? どうせ練習しなきゃなんないから好きなの選んでいいよ」




 好きなのと言われるが、むしろ他人には絶対に言ってほしくない言葉ばかりで戸惑ってしまう。
練習させるのをやめさせるべきなのだろうか。
半田や土門から観賞用と呼ばれて久しいだから、彼女目当てで来る連中も絶対にいる。
そんな光景は見たくもないし、そもそも近寄らせたくない。
許してサッカー部員だ。
いや、本音を言えばできれば鬼道にも近付いてほしくない。
彼がと仲良くなるたび、自分との関係が希薄になっていきそうで嫌なのだ。
いつだったかは俺のを変な目で見るなとものすごい牽制をしていたらしい。
俺のって何なんだ俺のって。
変な目ってどんな目だ、色眼鏡もといゴーグル越しか。




「修也くん今日もサッカーすごかったよ! 疲れてるでしょ、お風呂沸いてるよ」
「・・・・・・」
「修也? おーい修也くーん」

、頼むからもう少し自分を大切にしてくれ。俺も少しどうにかなりそうだった、すまない」
「どうにかってどう? あっ、まさか気持ち悪くなったとか言うんじゃないよね、怒るよ!?」




 萌えっていうかときめきっていうか、のことをいいなあと思っている男子連中の気持ちが今、心から理解できた。
風丸がをぎゅっとしたり撫でる理由もわかったし、うっかり自分もそうしそうになった。
いや、それ以上やりかねなかった。
こいつはだこれは演技だと頭に叩き込まなければ回避できない殺人・・・いや、殺心的な可愛さだった。
いいや、は元々口が悪いが実はそこそこ心根が優しくてとびきり可愛い、今まで出会ってきた女子の中では飛び抜けて魅力的な子なのだが!
・・・あれ、そうまで思っているのにどうして彼女のことをなんとも想っていないのだろう?




「・・・修也ほんとにどうしたの。顔真っ赤だけど、汗掻いてちゃんと着替えた?」
「いや、なんでもない・・・・・・。少し頭が混乱していただけだ。本当に俺は別にのことを一瞬でも可愛いとは思っていない・・・と思う」
「え、なに、私がどうかした? 今日の修也変だよ、早く寝た方がいいよ」
「そうさせてもらう・・・」
「あ、お風呂はマジで沸かしてるから。ほんっと私ってよくできた彼女だよねー。どうよこのハイスペックさ、修也もこういう彼女欲しくなるでしょ?」
「・・・同棲でもしていない限り彼女は風呂を沸かさないだろう・・・」
「ああそっか」




 いつの間にやら泊まることになっていたらしい。
そうでなければ風呂も沸かさないだろうし、布団も敷かない。
本当に人の家を何だと思っているのだろうか。
うっかり招き入れてしまったり呼び寄せてしまう自分も自分だが、お泊まりセットやらマグカップやらを勝手に持ち込み豪炎寺家の一部を私有化しているには何を言う気にもならない。
豪炎寺は手渡された企画書をもう一度見つめた。
やはりこれらの台詞をに言わせるわけにはいかない。
演技とはいえ、確実に事故が起こる。
裏方に廻せればそれでいいのだろうが、が裏方に回る可能性はまずないだろう。




「・・・目金には悪いが、俺にもを守る役目がある」



 台本にざくざくと朱線を引いていく。
この台詞は駄目だ、こっちはこれに言い換えさせよう。
豪炎寺と台本の格闘は深夜まで続いた。


































 将来アルバイトをするようになっても、絶対にウェイトレスにはなるものか。
は無理やり作った笑みを顔に貼りつけたまま、メイドの彼女役4時間目に突入していた。
休憩はまだか。どうして客が次々にやって来るんだ。
大谷さんか、秋か、それともこの私目当てか。
誰が面倒なことを考えたのか、『おかえり○○(客の名字か名前)くん!』と呼ばなければならなくなったことから、は本格的に営業用スマイルしかできなくなった。
知りもしない相手の名前を呼ぶなんざ気味が悪いにも程がある。
私も裏方でグラスに氷を突っ込む仕事とかしたかった。
はせっせと氷をグラスに入れている円堂をちらりと見てため息をついた。
台詞はなんだか他の子たちと違うし、そのせいかやたらと呼ばれていい加減疲れてくる。
勝手に台詞を書き換えた我が幼なじみは悪魔の化身ではないだろうか。





ちゃん、ちゃんご指名のお客さん」
「ここ、いつからそういうお店になったの?」




 いいからいいからと何も良くはないのに背中を押される。
向かう途中で豪炎寺とすれ違うと、大丈夫かと声をかけられる。




「どっこも大丈夫じゃないんだけど。笑顔が疲れた」
「素を出せばいいだろう」
「女の子はスマイルスマイルって言われてんの。そりゃ私だって修也みたいにぶっきらぼうにクール気取りたいよ」



 ちゃんほらほらと急かされ、豪炎寺から離れる。
笑顔が引きつりすぎて筋肉痛になったらどうしよう。
ぞっとするようなことを考えながら新しい客に笑顔を振りまく。
こちらを見て何か呟いたようだが、深くは追求しない。
彼らは興味本位でメイド彼女喫茶へとやって来たどこか可哀想な人なのだ。
本物の彼氏ならばともかく、たった10分か20分足らずの仮初めの彼氏にいちいち気を回してやる必要はなかった。




「おかえり! ねえ、今日は何食べる?」
「・・・・・・に」
「へ?」
「なんで、俺は駄目で他の奴はいいんだよ・・・」
「何が?」
「俺のこと忘れたのか!? この間、君に付き合ってくれって言っただろ!?」
「え、あ、あー・・・・・・。あれはごめんね?」




 席に案内した時から様子がおかしいとは思っていたが、まさか入口の注意書きも読めないほどにおかしいとは思わなかった。
メイドと執事には触るなと朱書きされていたというのに、まったく。
はがくがくと肩を揺すぶられながらもあのうと制止を求めた。
周りのメイド仲間も突然のプチ修羅場もどきに怯えているし、はた迷惑な客のせいで売り上げが落ちたらどうしてくれるのだ。
がっしりとつかまれた肩も痛いし、今日はいい事が1つもない。




「他のお客さんっていうか主に私の迷惑になるからやめてくんない?」
「俺が好きになった君の笑顔はそんなのじゃない!」
「この状況で笑顔見せられるわけないじゃん・・・」




 ああもう面倒だなあ。
右手のトレイをこいつの頭にぶち当ててもいいだろうか。
客足は少し遠のくかもしれないが、それは自分ではなくこいつが悪いということにしておこう。
はトレイをそろりと持ち上げた。
大丈夫、手加減はできると思う、する気はないけど。




「あのさあ、いい加減にしてくれないとほんと「を今すぐ離せ」



 横からぬっと手が伸びてきて、を掴んでいた腕をあっさりと引き剥がす。
そのままと少年の間に割って入ると、執事姿の豪炎寺が冷ややかに少年を睨みつけた。
自分を背に庇い仁王立ちする姿はまさに戦う執事だ。
エースコンバットバトラーだ、いつもと違う服をしているせいか妙にかっこいいぞ我が幼なじみ!
は心の中でヒーローショーの司会のお姉さんのごとく歓声を上げると、本格的に頭がどうかしてしまったらしい少年の相手を豪炎寺に一任することにした。




「何だよ・・・、何なんだよ! お前も俺じゃ彼女には相応しくないって言いたいのか!?」
「そうだな、に手を上げる奴は誰でも彼でも相応しくない」



 執事に守られてる女の子って、こんな感じなのかな。
すごく毎日がときめきメモリアルな、胸の高鳴りが治まることのない生活をしてるんだろうな。
は初めて、豪炎寺たち目当てで通う女子たちの心情を理解した。
これほど親身になってくれるのであれば、1人くらい執事を雇ってみたい。




「なんだなんだ、出し物でもしてんのか?」
「きゃー、あの2人すごく素敵! 写真撮っちゃお!」



 騒ぎを聞きつけたのか、わらわらと人が更に集まってくる。
まずい、これ以上人が増えれば確実にあと2時間は働かされる。
は豪炎寺の袖をちょいちょいと引っ張った。




「修也まずい、みんな集まってきた」
「適当に切り抜けろ、いい加減俺も休みたい」
「いや、私に振られても・・・・・・。そうだ、秋ちゃんヘルプ!」
「えっ、私!?」




 諸々の厄介事を一気に押しつけられた秋はぴしりと固まった。
2人とも突然のギャラリー出現に涼しげな顔をしていながら内心混乱の極みなのだろうが、あっさりと丸投げされても困ってしまう。
さて、どうやって切り抜ければいいのだろう。
この2人、変なとこまでそっくりで、自分の興味の対象外の人物は名前も顔も覚えようとしないんだから、こんなことが起こるのだ。
こういう修羅場って音無さんの方が上手に切り抜けられそうだな。
ああでも、音無さん呼んでる間にもっと事態は深刻化しそうだし、そもそもこの修羅場はもれなく音無さんと一緒にいるであろう鬼道くんには見せられないしな。
一之瀬くんや土門くんでもいけそうな気がするけど、あの2人に任せるとハリウッドもびっくりなぶっ飛んだ設定になって、確実にちゃんついてけなくなるだろうしな。
やっぱり私がなんとかしなくちゃ。
秋は必死に考えた。
できるだけ2人と正体不明の少年を傷つけず、なおかつギャラリーを蹴散らせる嘘八百を。




「なあなあ、あれ何だ?」
「み、みなさん!」



 もういいや、これでいこう。
秋は極力笑顔を浮かべると、デモンストレーションを行う女の子のように手を豪炎寺たちへと向けた。




「と、当店とっておきの恋する執事と雇い主のメイド争奪戦劇はいかがでしたか? 本日一度きりのスペシャルステージでした!」
「・・・よし。、逃げるぞ」
「わ、待って・・・!」
「もうに・・・・・・、俺たちに絶対に係わるな、俺たちのことは忘れろ」




 豪炎寺に手を引かれそのまま控え室へと逃げ込む。
外がわあわあと拍手や歓声に包まれているので、本当に劇と思ってくれたらしい。
裏方の円堂までもがそうだったのかすっげえ豪炎寺完璧だったぜと興奮している。
さすがは秋だ、頼る人を間違えなくて良かった。
は椅子に崩れるように座り込むと、はあと大きくため息をつき机に突っ伏した。




「足痛い、営業用スマイル疲れた、何なのあれ・・・」
「俺が訊きたい。どんな振り方をしたらああなるんだ。大丈夫か、どこも痛めてないか?」
「ん、修也が割り込んできてくれたから平気。いやー、かっこよかったー修也。あの瞬間だけ完全に私、修也に恋してた」
「・・・・・・着替えたらそのままあちこち見て回るか。もう無理して笑わなくていいぞ」
「お、やっさしい修也くん、でも心配はご無用、修也の前じゃいっつも無理せず笑いたい時に笑ってるし、怒りたい時に怒ってるよ」




 手早く制服に着替え、こっそりと店の外に出る。
サプライズイベントが終わった後ということで、他のメイドたちも交代に入っている。
さすがに2人だけ抜け出すことには後ろめたさがあったが、全員代わっているのでこれで心置きなく楽しめる。




「そういや修也、円堂くんたちと一緒に回んなくて良かったの?」
「たまにはいいだろう。・・・お手をどうぞ、お嬢様?」
「・・・・・・」
「・・・?」
「・・・う、うん、あのさ、そういうのうっかり他の子にはしない方がいいと思うよ。なんか色々心臓に悪い」




 私が知ってる修也は怖くて鬼みたいで暑苦しいサッカーバカでと、自己暗示のようにぶつぶつと呟いているに憮然とする。
そこまで言わなくてもいいではないか。
そうまでして先程の冗談を消し去りたいのか。
この間の仕返しをしただけだというのに何なんだこいつは。
人を煽るだけ煽ってドキドキさせておいてあんまりだ。
これではまるで、こちらに魅力がちっともないようではないか。
別ににときめいてほしいとは思っていないが、これはこれで傷つく。




「私、修也がサッカーだけやってる人で良かったって思った。執事だったらもうほんと無理、今日まで一緒にいられない」
「奇遇だな、俺もが性格に難があるだけの子で良かったと思っていた。台本のような言葉は彼女になってから言え」
「あ、それそれ! 修也も執事の台詞は彼氏になってから言ってよね!」




 おかえり修也、今日も試合お疲れ様!
ただいま、今日も試合観に来てくれてありがとう。
なんだかちょっといいかもしれない。
豪炎寺とは互いの言葉を想像し、ふっと頬を緩めた。






後日、演劇部から入部勧誘のお誘いが届きました




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