エイリア・ホットステーション




 薄っぺらの財布の中身と商品棚に並ぶ精肉類を交互に見つめ、ため息をつく。
駄目だ、どう頑張っても足りない。
成長期の子どもたちの胃袋は果てしなく深く広い。
かくいう自分もそうなのだが、充分に腹を満たすための食材を買うには今日は手持ちが少なすぎた。
仕方がない、今日は肉団子抜きの鍋にするか。
鍋は楽だ。とりあえず野菜を入れて量を誤魔化しておけば、たらふく食べた気分になる。
特に餅は最強だ。米代も浮かせてくれるとは、先人たちのグルメ知恵に感謝しきりだ。
ほんの少し前まで日本人どころか地球人であることすら否定していた身だったことを考えると、おかしな気分にもなる。
南雲は精肉売り場に背を向け、そして再び肉へと向き直った。
後方には、買い物籠いっぱいにお菓子を詰め、何が楽しいのかふわふわゆるゆるとショッピングを満喫している1人の少女がいる。
間違いない、あれは先日河川敷で大層お世話させられた異邦人だ。
あいつ、これ見よがしにお菓子ばっかり買いやがって何してんだ。
見つかると確実にろくな目に遭わないと確信した南雲は、息を殺して異邦人の通過を待った。
わあこのお菓子4割引だあと歓声を上げる子どもらしい仕草についつい頬が緩むが、彼女の場合はこの無邪気さが最強にして最凶の武器なのだ。
見た目に騙されてはならない典型的な例なのだ。




「あっれー?」
(来るな来るな話しかけるな)
「あれれー? もしかして!」
(なんでこっち見るんだ、寄るな近付くな覗き込むな!)
「バーン!」
「だから人の名前を爆発音みたいに言うな! あとその名前はもうやめたんだよ! ・・・げ」




 しまった、また彼女のペースに巻き込まれてしまった。
しっかりばっちり異邦人に正面を向いて叱り飛ばしてしまった。
突然の叱責が理解できなかったのかきょとんとした表情を浮かべていた異邦人は、ようやく状況がつかめたのかへにゃりと相好を崩した。




「はぁい南雲くん、UFO乗ってお家に帰ったんじゃなかったの?」
「それは俺らにこの星から出て行けって意味か」
「ううん、私は地球から出て行くのはカビ頭だけでいいと思ってるよ。ほんと私優しいよねぇ、そろそろマリアの称号もらえるんじゃないかな」
「おい異邦人、今すぐ全世界の関係者に謝れ。あと、いい加減あいつのこと許してやれ」
「南雲くんのそういう友だち思いなとこ好きだけど、自分の友だちみんながいい奴って思っちゃ駄目ってアドバイスしたげる」
「アドバイスの押し売り買ってやる時間も金もないから、今の俺」
「あら、そういえばお買物だったね。今日の南雲くんちのお夕飯はーっと・・・・・・、・・・お肉買おう?」




 買い物籠の中を覗き込んだがことりを首を傾げ、肉を指差す。
だから、肉を買えないから困っているのだ。
買えていたら今頃はスーパーから出て行って、とっくに帰宅の途に就いている。
南雲はにそれとなく事情を話してみた。
ふむふむなるほどとお勤め品の激安お菓子売り場を物色しながら相槌を打たれているが、本当に聞いているのだろうか。
人の話を聞く気があるのだろうか。
お菓子の選抜が終わったのかはばっと顔を上げると、南雲に行こうと呼びかけた。
自分の買い物を清算し南雲を連れスーパーの外に出ると、は南雲にエコバックを突き出した。
さも当然というように渡されたそれを受け取る。
人に荷物を持たせてどういうつもりだ。
人使いの荒さは相変わらずだなと毒づくと、ぺしりと頭を叩かれる。





「お肉提供してあげたスポンサーになんてこと言うの!」
「お菓子と肉の違いもわかんないのか、最近の異邦人は」
「南雲くんだってこないだまで宇宙人だったでしょ。それから、いい加減異邦人って呼ぶのやめてよ」
「じゃあ何て呼ぶんだよ、・・・だったか?」
「アドレス帳見りゃわかるでしょ」
「異邦人で登録してる俺にどうわかれと?」




 名前を教えてくれなかったのは向こうだというのに、何という無茶振りをしてくるのだ。
南雲は携帯で電話をかけ始めたをちらりと見つめた。
ああもしもし私だけどとは、今度は詐欺でもするつもりなのか。
南雲はと電話の向こう側の人物との会話に耳を澄ませた。




「もしもし? 今日友だちの家行くことしたからそっち行けない」
『どんな友だちだ』
「どんな・・・、うーん、ほい南雲くん、ちょっと代わって」
「な、何言えばいいんだよ」
「お宅の幼なじみテイクアウトしますとか言って一方的に言って切ってくれればそれでいいから」
、誰と話してるんだ』
「ん、友だち。ほら早く、電話代請求するよ」
「おい待てよ! ・・・・・・あの、お前の幼なじみお持ち帰りさせていただきますが、俺も被害者なのであしからず」





 電話をぷつりと切る直前に聞こえてきた声は、確かに男のものだった。
うわあ、これはもしかしなくても修羅場を引き起こしてしまったのではないだろうか。
見事に巻き込まれてしまったのではないだろうか。
電話を引ったくりご苦労様とねぎらうの笑顔が悪女のそれに見えてきて、南雲は思わず悪魔と呟いた。
さすがは異邦人と名乗るだけはある。
間違いない、こいつは正真正銘地球外生命体だ。




「おい異邦人、さっきの男ってもしかして例のあれか?」
「そうそう、例の大事なことちっとも言わない腐れ縁の幼なじみ。さ、連絡も終わったから南雲くんのお家行こ?」
「は!? なんで俺らの家来るんだよ、ただでさえ狭苦しいってのに何しに来るんだよ!」
「何ってお夕飯食べに? お肉は私あるから、南雲くんのお野菜と合わせればお鍋できるね!」
「肉だけ置いて今すぐ幼なじみんとこ帰れ!」
「やぁよ、だって今頃修也絶対怒るか寂しがるかしてて相手するのめんどくさい」
「面倒臭くしたのお前だろ!?」
「お友だちのピンチ助けるのはお友だちの役目でしょ! か弱い女の子が路頭に迷ってるのほっとくわけ南雲くん!」
「鉄パイプちらつかせヒロトびびらせ、人を修羅場に巻き込む奴のどこにか弱い要素あるのか言ってみろ!」





 もう嫌だ、この異邦人。
何を食べて何を見て、何をして過ごしていたらこうなるのだろう。
もしかして昔、とんでもない怪我を頭部に負ってしまって知性を構成する頭のネジを半分ほど吹き飛ばしてしまったのだろうか。
それとも、こんなぶっ飛んだ思考回路にしてしまうようなトラウマ的出来事に襲われ、以来精神を病んだままなのだろうか。
そうだ、そうに決まっている。そういうことにしておこう。
そうとでも考えなければ、とてもじゃないが常人の言動とは思えないし信じたくないし、認めたくない。
南雲はに少しだけ優しく接してやると決めた。
ちょっとでも優しくしてやれば、あるいは今からでも精神が回復するかもしれない。




「おい異邦人」
「なぁに南雲くん」
「俺らの家こっち。飯食ってくんならちゃんと手伝えよ」
「もっちろん!」




 まだサッカーやってるの、元からサッカー好きだったんだよと話しながら自宅へと向かう。
そういえばこいつ、サッカー勘はえらく良かったな。
後でチームの連中も混ぜてサッカー談義でもさせてみようか。
南雲のストレスがほんの少しだけ消えた。







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