神事を冒涜してはいけません







 今日だけ壁に貼り付けたポスターを見て、太巻きを口に入れる。
こうでもしないと、あらぬ方角を向いて食べてしまうからだ。
大体、何が悲しくて神聖なる恵方巻タイムに、年齢制限つきのギャルゲーのポスターを眺めなくてはならないのだろう。
余所で猫を被ってられるんなら、我が家でももう少し八つ橋に包んだ生活を心がけてもらいたいものだ。
いつだったかそう言うと、実家は一番落ち着ける場所なんですと言い返された。
それにここは私の家であってあなたの家でないから指図は受けませんとも。
・・・確かにそうだ、悔しいが何も反論できない。





、せっかくですからもう少し艶かしく食べてみたりできませんか」
「・・・・・・」
「できないことないでしょう。舐めたり吸ったり口づけたりするだけなんですから」
「・・・・・・。(口が利けたらいいのに、早く食べ終わろう)」




 なぜそんないかにも妖しい食べ方をしなければならないのだ。
これはれっきとした食べ物なのだ。
噛む以外の動作はいらないってのに、本当に日本さんの頭は大丈夫だろうか。
というか何をさっきからぺちゃくちゃと喋っているのだ。
え、もう食べ終わった? 一体いつの間に。




「・・・実物ではやってるくせに。ちゃんと知ってんですよ。あなたが誰とお付き合いして枕を共にしてるかってことくらい」
「・・・・・・(なんで知ってっ・・・じゃない、このセクハラが)」




 怒りを通り越して泣きたくなってきた。
そりゃ生まれてこの方ほとんどずっとこの人と住んでいるけど、私の何を知ってそんなこと言うのだ。
でっち上げて辱めを与えるのもいい加減にして欲しい。




「あ、涙目になってきましたね。いい調子ですよ、そのままぐっと中に押し込んで」
「最悪、日本さんのばかやろーーー!!」




 仏の、いや、神様の顔も3度まで。
居候の身分だし、日本さんあっての私だから我慢してたけどもう耐えられない。
食べ終わるまで口を開いたらいけないともいうが、そんなの関係ない。
日本さんの家の庭に生えてる野菜を全部不作にしてやる。
いらいらいらいらピンポーンいらいらいらいら。
念じ続けて十数秒。
よし、明日の朝大根を引っこ抜いた日本さんは腰を抜かすだろう。
ぎっくり腰にでも何でもなればいい。
あーんなに大切に育ててきたのにちっちゃいのだから。
見てなさい日本さん。
私がちょーっと本気出せば、日本さんの家中で大飢饉引き起こすんだから。





「神罰が下ったのよおほほほ「ーーー!!」ごふっ」




 ざまあみろとばかりに高笑いして、まだまだ残ってる太巻きを口に入れた瞬間だった。
背中からぼふっとかなりの勢いで抱きつかれたのは。
体が前のめりになって、口の奥深くにまで勢いよく太巻きが突っ込まれる。
何やってるんですかと叫んでる日本さんの声が聞こえた。
とてつもなく苦しい。誰だ、こんなタイミング見計らわずに飛びついてきたのは。
苦しさからコタツのテーブルをバシバシ叩いていると、ようやく気付いたのか背中の重みがなくなった。
かと思うと今度はぐるりと体が左に回転させられる。
日本さんだか誰だか知らないが、女の子の体はもう少し優しく扱ってほしい。





「あかん!! 、大丈夫なん!?」



 大丈夫なわけがない。
声とスキンシップと口調からして犯人はわかった。
空気が読めないにも程がある。
KYは殺傷能力も秘めているのだと実感した。



「堪忍したって、俺知らんかったん。がお食事中やって!」
「・・・う」



 苦しくて、でもとりあえず何か言っておかないと今度は彼が暴走を始める。
涙目どころか泣いてるかもしれない顔をゆっくりと上げた。
大丈夫、スペインなら泣き顔見ても引かないし醜いとも言わない。
それに太巻きが相変わらず入ったままだが仕方がない。
出すわけにもいかないし、少しずつ食べて消化していくしかない。




「・・・スペインの馬鹿・・・」
「ほんまに許したって。でもなんか・・・、めちゃくちゃ卑猥やね」



 顔を上げたことをものすごく後悔した。
この、目の前で頬を染め息を荒げている男をどうしてくれよう。
涙目で顔真っ赤にして一生懸命口に入れてるのがええわぁなんてほざいてる男を、殴ったりしてもいいだろうか。
太巻きを咀嚼しながらひたすら考えた。
日本さんだけでも充分な惨事だったのに、なぜか突然訪れたスペインによってさらに酷いことになってしまった。
もうやだ、天に帰りたい。




、ちょっとやりたいことあんねん。付き合うてくれへん?」
「・・・絶対やだ」
「そう言わんと。これさせてくれたら今は満足するわ。せやからわがまま言わんと、な?」



 わがまま言ってるのはどっちだ。
協力したくないから動くことをやめる。
すると、さすが俺のやようわかっとると笑顔を向けられた。
私はいつからスペインの独占物になったんだろうか。
そりゃよくお家にお邪魔してるし、お付き合いもしてるし好きだけど。
どこからか椅子を持ってきて私の前で座ったスペインをぼうっと眺めていると、そっと後頭部に手を回された。
なんだかとてつもなく嫌な予感がする。
私の頭の行く先がスペインの下半身だとわかると、予感は確信に変わった。




「今度は本番でやろうな」
「スペインの大ば「うちの女神になんてことさせてるんですか!」



 首にはデジカメ、手には鞘に入った日本刀となんとも妙ないでたちをした日本さんが乱入してきた。
そのデジカメは何なんですかと聞きたい。
私とスペインの何を撮ってたんですか、また何かのネタにするつもりなんですか。
あなたも私に何かさせようとしてたでしょうとか、空気が読める私は言えない。
そそくさとスペインの手を振り払って逃げただけだ。
スペインの寂しそうな顔を見ると胸が痛むが、彼が言う本番を実行に移すつもりはさらさらない。
一度付き合ってやればきりがなくなる。




「せっかくええとこやったのに、おもろないわぁ。日本もあのままずっと写真撮っとったらええのに。俺、いくらでも協力するで」
「もう充分だけ撮りました。一応彼女は神様なんですから、あまり汚すようなことしないで下さい」

「そう固いこと言わんと。それはそうと写真、俺にも分けてくれへん?」
「やめてよスペイン。あんなの流出したら私、一生お嫁にいけない」
「俺がちゃーんとを嫁にもらうから関係あらへんよ?」
「私が許しません!」




 幾度となく繰り返される不毛な言い争い。
もはや恵方巻なんてこれっぽちも関係なくなってる始末に、私は深くため息をついた。
なぜだろう、自分を巡っていい男が争っているのに全くときめかない。
心が荒んでいるのだろうか。癒しが必要な気もする。
俗世は疲れた、実家に帰りたい。




「・・・日本さん、スペイン、私お空に帰りますさようなら」
「「え!?」」




 それから数日間、私の神棚には通常の3倍はあるトマトとお米が供えられていた。









結局日本さんのポジションがわからない・・・!




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