スウィート・ホワイト・バレンタイン







 得意料理は野菜を使った料理全般。
いいお嫁さんになれる神様ランキングの上位に食い込めるであろう私は今、大好きな人に贈るケーキを焼いていた。
ケーキは焼き上がるまでの時間が一番楽しいと思う。
だんだんオーブンの中からしてくるチョコレートのいい匂い。ううん、たまらない。
いっそのこと人にやらずに1人で食べちゃおっかなとか思ってしまう。
もちろんそんなことしないけど。
ラッピングはどうしよう、やっぱりお国柄と彼の嗜好を考えるとトマトにすべきかな。
そんなこと考えてると、オーブンがチーンと軽快な音を立てた。
よし、プレゼントは出来上がった。
後はこれ持ってスペインの家にまで持って行くだけ。
日本さんからお休みを分捕ってきたからね、1週間くらいは向こうに入れると思う。
バレンタインで浮かれてた私はすっかり忘れてた。
スペインの誕生日という存在を。



















 何度も通ったせいで自分の家の近所並みに詳しくなったスペインの街を歩く。
なんだか心なしかカップルが多い気がする。
やっぱりバレンタインのせいなのかな。
スペインじゃチョコを贈るとかいった菓子メーカーの陰謀は聞かないけど、恋人たちが公然といちゃつける日に違いはないんだろう。




「チャオお嬢さん、こんな素敵な日に美人に会えるなんて俺は幸せ者だね」




 なぜにスペインでチャオ?
背中越しに声を掛けられて思わず振り向く。
ほいっと一輪の花を顔の前に突き出されて少し驚いた。
さすがはラテン系、女の子を口説くのがとってもお上手だ。
特にこの青年は何百年も同じ格好で場所を問わずにナンパし続けてるんだから、かーなり手馴れている。
私だって何百年か前に初めて会った時には、少年時代の彼にナンパされたものだ。




「ちゃお、ロマーノ。ロマーノこそ今日みたいな日に女の子連れずに1人でお散歩?」
「うるせーこのやろー。何だ、スペインとこにでも行くのか?」
「うん、そう。今日はバレンタインデーだからね。日本の習慣に則ってスペインにあげようと思ってケーキも作ってみた」
「ふーん・・・。あぁ、だからはスペインの誕生日に来れなかったのか」
「え?」





 ちょっと待って何その話。
2日おきにスペイン来るなんて日本からじゃかったるいよなと1人で納得してるロマーノに、誕生日って何と問いかける。
いや、スペインにも誕生日があることは当然知ってるけど、でも、こんな日だったっけ。
え、何、私もしかしてボケた? 寄る年波には勝てなくなった?




「ロ、ロマーノ・・・。スペインの誕生日はいつ?」
「いつって、2月12日だろ。が来なかったから泣いてたぞ、スペインの奴。ウザかったんだからな、ちくしょーが」
「・・・うっそん」
「・・・忘れてただけ、とか?」




 どうしようとロマーノを見ると、ものすごくかわいそうなものを見つめる目とぶつかった。
のほほんとしてるけど昔は黒歴史をわんさか作ってたスペインだ。
単に忘れてただけって知ったら、タダじゃ済まない。
せめてロマーノにはフォロー役になってもらおう。
そう思ってロマーノと名を呼んだ。
基本的に女の子にはとことん優しくしてくれるのがイタリア兄弟だから、ヘタレでもヘタレ並みに何とかしてくれるはず。
それにスペインはロマーノにはベタベタに甘い。
きっと緩和剤になってくれる。





「ロマーノ、大和撫子と一緒にデートとかしてみない?」
「したいのは山々だしそもそも誘ったのは俺だけど、スペインの女だから遠慮しとく。それにあっち行ったら、明らかに俺邪魔者になるし」
「お、親分に会いたいなこのやろーとか思わないわけ!?」
「誕生日の日に会ったからもういい」
「・・・ねぇ、私許してもらえると思う? 念のためちょっと白旗持ってたら貸して」
「・・・俺、に会ってからじいちゃんが昔信仰してた神様たちの見方変わりそうなんだけど」






 ぶつくさと言いながらも携帯用白旗を貸してくれるロマーノはやっぱり優しい。
どうしてこんなご時勢に白旗常備なんだろうとか思っちゃいけない。
だってイタリア兄弟だもん、いろいろ使い道には事欠かないんだろう。
それにしても困った。スペインの家はもう目と鼻の先だってのに、ものすごく足が重たい。
正直なところ、行きたくなくなってきた。
でも今日行かなかったら、次もっと会いにくくなる。
・・・大丈夫、なんだかんだでスペインは私にも優しくて甘い。
ごめんねと素直に言えば、ええよと許してくれるはず。
私はそんな大らかなスペインが好きなんだ。
 役に立つのかどうかも分わらない白旗の有効活用法をロマーノから習った私は、意を決してスペインの家のインターホンを鳴らした。
がちゃりと開く扉の向こうから、どんよりと曇った表情を浮かべているスペインが現れる。
いつもの彼からは想像もできない落ち込みようだ。
また貧乏になったのかと錯覚してしまうくらいに浮かない顔をしていた。





「ちょ・・・っ、大丈夫スペイン!?」
「へ・・・? あぁっ、やっ、やぁっと来てくれたんやね!」




 待ち遠しくて死んでまうかと思ったわぁと、猛烈な勢いでハグをしてくるスペインからケーキの箱を守るのはなかなか難しかった。
会いたかったわぁと部屋まで続く廊下を歩いている間にも熱烈にキスの雨を降らせてくるスペインを見てると、どうしようもない罪悪感に苛まれる。
最初に言われた『やぁっと』という単語も気になる。
どんよりとしていた顔も気になる。
だって、私に会ってからはぜんぜんそんな顔を見せてないんだもん。
もしかして、私が誕生日に来なかったから落ち込んでた?
泣いてたってロマーノは言ってたし、自惚れてるつもりはないけどそう思っちゃう。





「ほんまに滅茶苦茶会いたかったんよ?」
「ごめんね・・・。そ、その、実は・・・」
「・・・あっ、そうそう、今日はバレンタインデーだから、スペインにチョコレートケーキ作ってきたんだよ!」





 我ながら、ひどいタイミングで言ったと思う。
今、思いっきり嫌な話題から逃げた。
ケーキでスペインを釣ろうだなんて、一体どこまで彼を馬鹿にしてるんだ。




「へぇ、美味しそうやね。後で2人で食べよ?」
「うん!」
「ところでなんやけど、俺ちょっと怒っとるっていうかご機嫌斜めやねん」





 あぁ、スペインの笑顔が怖い。いつもの笑顔とはちょっと違う。
私は咄嗟にカバンの中身を漁った。
いつでも白旗は出せるようにしておくこと。
何でもするからごめんなさい許してと哀願すること。
ロマーノから習った降伏の鉄則だ。
本当に効くのかどうだか不安だけど、そんなことやって来てもイタリアが存在してるんだから効果はそれなりにあるんだろう。





「・・・誕生日に来れなくてごめんね・・・。その・・・、忘れてた・・・みたいで・・・」
「去年はちゃーんと祝ってくれてたのに俺、寂しかったわぁ」
「そうだよね・・・」





 もう無理。私はそろりと白旗を揚げた。
突然の降伏宣言にきょとんとしているスペインに、ロマーノ直伝の台詞を言う。
きっとロマーノはこんな殊勝な言葉、スペインに言ったことはないんだろうけど。




「な、何でもするから、ごめんなさい・・・。スペイン・・・、許して・・・?」




 下から懇願するようにやられるのがスペインは弱いとロマーノは言ってた。
ロマーノ、一体昔何をそんなにおねだりしたんだろう。
実行済みだからあんなに自信たっぷりに断言できたんだよね。
あ、でも天使みたいに可愛かった少年ロマーノがスペインにおねだりするのは、破壊的に可愛いと思う。
たぶん少女時代の私よりも。





「・・・・・・。それ、ロマーノの差し金やね・・・」
「げ・・・・・・」
「あかんわそれは・・・。あんまり可愛すぎて俺、天国が見えてきたわ・・・」




 それから先はもう、スペインにされるがままだった。
めっちゃかあえぇぇぇぇぇと連呼され叫ばれ抱きつかれ、怒りもどこかに昇天してくれたらしい。
単純・・・じゃない、スペインが心が広い人で本当に良かった。
誕生日のことごめんねと言っても全然気にせんでええよーと言ってくれたし。
恐るべし白旗とイタリア兄弟マニュアル。
私もこれからは白旗を常に身につけていようと思う。





「当分こっちにおれるんやろ? いや、もうずっといてくれて構へんけど!」
「うん、1週間くらいはいれるかな・・・」
「1年やね!」
「ううん1週間」





 1年も一緒にいたいって思ってくれてるって考えてもいいのかな。
ぐりぐりと顔やら体やらを押し付けて来るスペインの過剰なスキンシップに戸惑いつつも、
まぁいっかと少し遅れたバースデーとバレンタインデーを満喫することにしたのだった。









後日、ロマーノから新しい白旗をもらいました




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