欲望攻防戦







 どーんとそびえるエッフェル塔。過去の煌びやかな文化の名残を見せるヴェルサイユ宮殿。
そんないかにもフランス、パリといった建築物とは遠く離れた場所で私はうずくまっていた。
華やかな宮廷文化も代表的だけど、フランスはヨーロッパでも有数の農業大国だ。
私も実は都会にいるよりも、小麦やブドウ畑にいた方が調子が良かったりする。




「悪いねちゃん、女の子の綺麗な手を泥だらけにしちゃって」
「気にしないでフランス。私土いじり大好きだし楽しいから」





 うちの国の小麦の育ちがおかしいんだよと連絡をもらったのは数日前。
他でもない作物の異変だったから、私は無効にすっ飛んで行った。
フランスが血祭りになろうが日本さんたちをひん剥こうがどうだっていいけど、作物だったらほっとけない。
急いで現場に行って励まして、今はなんとか回復させたところだった。
やっぱり私の本拠地でもある日本さんとこじゃないから、励ますってったっていくらか時間はかかる。




「病気とかじゃないと思うけど、最近の気候でやられちゃったみたい」
「あー・・・、昔はもっと涼しかったもんねぇ・・・」
「そうだよねー・・・。水加減とか気を付けてあげて」





 フランスから手渡されたタオルで土まみれの手を拭いて、辺り一面に広がる畑を見渡した。
目には見えないし日本さんの家じゃないからはっきりとはしないけど、命の温もりは確かに伝わってくる。
こういう景色、大好きだ。





ちゃんすごく可愛く笑うね、ここにいると」
「わかる? 私、こういうとこ大好きだから。元気もらってるって感じがするんだよね」
「お兄さんはちゃん見てたらあちこち元気になるけどね」
「悪いけどフランス、他を当たってくれる?」





 はぁはぁと息を荒げて隙あらば触ってこようとするフランスの手をぱしりと払いのけた。
ほんと、油断なんてできたもんじゃない。
さすがは愛の国、私みたいなのでも充分許容範囲なのか。





ちゃんのその誰にでもフレンドリーな話し方も好きだよ。見た目とのギャップっていいよねぇ」
「ごめんね、私もだいぶ長生きしてるから大和撫子になってお淑やかになることもそうないんだよね」
「いいよいいよ、大和撫子じゃなくてもちゃん最高だよ。どう? 今夜お兄さんと一杯」
「えー・・・、お酒はあんまりー・・・」





 お酒が好きとか苦手とかじゃなくて、フランスと夜一緒にいるのが怖いだけだ。
ちょっとのことですぐに股間に薔薇を咲かせてみたりしてるらしいし、そんな変態さんと付き合うなんてチャレンジャーすぎる。
今回は急いできたから武器になるような野菜も持ってきてない。
無防備のままフランスとワイン飲むのは危険だ。





「また今度誘ってもらえるかな? 私ほら、今日はおしゃれしてきてないし」
「お兄さんの家で飲むから格式張らなくていいよ。なんならお兄さんが可愛い服見立ててあげようか?」
「それもまた今度にしてくれる? 可愛い服は昼間に着たいな」
「日本人の『また今度』はもうないって知ってるよちゃん。ほらほら、お兄さん怖くないから一晩一緒に甘い夜を過ごそうよはぁはぁ」





 うっかり肩を触らせてしまったばっかりに、フランスの呼吸が荒くなる。
肩に回された手が背中を微妙なタッチでなぞってく。
ぞくぞくするっていうか、立ってられないくらいに気持ち悪い。
まずい、このままじゃ雰囲気に飲み込まれてフランスにお持ち帰りされてしまう。
それだけは何としても避けたかった。
フランスに本当に血祭りにあげられたと知られたら、私恥ずかしくて外を出歩けない。





「フランス、お酒の肴を私にするつもりでしょ!? 私やだよ、そんなの」
「酷いよちゃん。お兄さんちゃん食べるんだったら、お酒なんて一滴も飲まずに素面で食べちゃうよ!」
「最初から私の体目当てなんだね・・・」




 そうなんだろうとは思ってたけど、こうもあっけらかんと宣言されたら体から力が抜けた。
へろへろと地面に座り込むと、フランスが顔色変える。
さっきまで欲情剥き出しでデレデレした顔してたのに、今はちょっと蒼褪めてる。
大丈夫だなんて心配してくれてるけど、私を脱力させたのはフランスのせいだからほだされちゃいけない。





ちゃん、どこか具合悪くなったの!?」
「もう疲れた・・・・・・。・・・ははっ、フランスの家のブドウ畑なんてトマト畑になっちゃえ・・・」
「ちょっと、滅多なこと言って本当にそうなったらお兄さん泣くよ!? 本気で泣いちゃうよ!?」
「女の子泣かせるつもりだったんだから、いいでしょそのくらい・・・」
「いや、そのくらいじゃないって! そりゃちゃんいっぱい啼かせようとしてたけど!」





 さっきまでのやらしい手つきとは打って変わって、子どもをあやすかのような優しい手つきでフランスが頭を撫でた。
今日は食べないからブドウ畑には手を出さないでって、じゃあ次は襲ってくるんだね。
今日お預けにした分、倍になって返ってくるんだ。
そう思ったら今からげんなりするけど、その時はまた逃げることにしよう。
なんだかんだでフランスは女の子泣かせるようなことはしない。
いや、泣かせるまでのことはしないはずだ。男は容赦なく泣かせてるけど。





ちゃん、今日はお兄さん狼にならないからせめてお酒くらい一緒に飲もうよ。酔ったところを襲いかかろうだなんて今はこれっぽちも思ってないから」
「・・・フランスのその余計な一言が私を不安にさせてるんだよ・・・」
「えー、だってお兄さんはいつでも無理せず欲望に忠実に生きてるもん」





 あぁ、人って欲望に忠実に生きたら変態になるのか・・・。
そういえば日本さんも二次元に染まったら容赦ないもんな・・・。
くれぐれも今日は人としての理性を捨てないようにと釘を刺しまくった上で、私はフランスの美味しい手料理だけを楽しんだのだった。










お酒は一滴も飲まず飲まさずホテルに帰りました




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