君、偽ることなかれ







 今日は泊まってってくれるんという軽いお誘いを受け、じゃあお言葉に甘えてとこれまた軽く返事して、身も心も熱くなるような情熱的な夜を過ごした翌日。
隣でお肌つやつやでぐっすり気持ち良さそうに眠ってるスペインを確認した私は、1枚の紙切れを置き土産に重たい体引きずって、
スペインの家から消えたのでした。



















 服の上から見えようがほとんど気にせず痕つけてくるスペインには、一度女物の服の難しさというものを教えてやらなければならないと思った。
4月のこんな暖かい日に、何だって首元すっぽり覆うような服を着なきゃいけないんだ。
これじゃ日本に帰っても着物着れないじゃないか。
日頃の発言だけではなく二人きりのときもどこか空気というか女心をわかってくれないスペインに心の中で文句言いながら、
私はちょっと都会から離れた教会の辺りをぶらついていた。
きっと今頃スペイン、驚いてるに違いない。
昨晩まで自分が抱いてた女が、急に別れを切り出すんだもん。
あぁ、エイプリルフール楽しすぎる。





「あーと何年ぐらいしたらバルセロナの大きな教会は完成するんだろ・・・」
「100年はかかるかもね」
「そっかー・・・。で、フランスはここで何やってんの?」
「ん? 教会の前でウェディングドレス着て嬉しそうに笑ってるちゃんと、その隣でやっぱり幸せそうにしてる俺の妄想」





 予行練習しとこっかと腰に手を回してくるフランスの手をぱしりと叩き落した。
生憎と、フランスと結婚する予定は何百年先もない。
でも今日は特別に幸せなふりをしてあげよう。
私だって神様の端くれ、血迷う変態にだって幸せの欠片ぐらい与えたげる。





「そうね、ぴしっとした格好してるフランスはさぞかし素敵でしょうね」
「じゃあさじゃあさ、今から俺と一緒にちょっと天国まで「今日はエイプリルフールだって知ってる、フランス?」





 フランスの満面の笑み、というかやらしいこと考えてた顔がぴしりと固まった。
うふふ、幸せな人をいきなり奈落の底に突き落とすのって快感。ぞくぞくしちゃう。




「・・・ちゃん、今日はまるで小悪魔だね。お兄さんの心ちょっと傷ついたよ・・・。まぁ、女神様なのに小悪魔なのもいいけどはぁはぁ」




 酷いこと言われるのには慣れてるのか、フランスは案外早く立ち直ると再び息を荒げだした。
さすがは古くから生きてる国だ、ちょっとやそっとのことでは力尽きないか。
でもそれはそれで楽しくないな、早く今日のメインイベントが起こらないかなと待っていると、遠くからものすごい勢いでそれはやって来た。
背中に隠してるハルバートにほんのり血糊がついてる。
鬼の形相というよりも、どちらかといえば今にも泣きそうにして顔をくしゃくしゃにしてるスペイン見て、フランスがにやりと笑った。
笑ったまま私に尋ねてくる。




「小悪魔ちゃん、スペインにもエイプリルフールしたんでしょー」
「うふふ、他の人と結婚するからもうあなたとは会えませんって」
「うわぁそれスペイン傷つくよっていうか、架空の結婚相手殺されちゃうよ」
「まぁ、ご愁傷様フランス」
「え!?」





 私とフランスの前にスペインがすっ飛んできた。
仲良さげに並んで立ってる私たち見て、顔色が赤くなったり青くなったりしてる。
相当動揺してるみたいだ。
私ってつくづく悪い女だと思う。
恋人で遊んで苛めて何がしたいんだか。





! 何なんこの置き手紙! 俺のこと嫌いになったん!?」
「それは・・・・・・」
「昨日だって散々イイコトしたやん! あんなに可愛く俺を求めてくれるが他の男と結婚やなんて、信じられへんわ!」
「・・・ごめんなさいスペイン、ずっと黙ってて・・・。実は私、この間フランスに人には言えないあんなことやこんなことされて・・・!!」
「え!? オレは何もやってないよ!? そりゃいずれはやりたいなとは思ってるけど!」





 あ、スペインがフランスに身体ごと向けた。
目からとんでもない殺気が出てる。
今にも得物を振りかざして・・・、攻撃した。
わ、ほんとにスペイン、嘘を嘘とも気付かずにフランス消しにかかってる。
あんまり本気すぎて、いつカミングアウトしたらいいのかわからないくらいだ。
・・・本当に、どのタイミングで嘘だよ♪って言おうか。





「いっつもにちょっかいかけようとしとったけど、ついに手を出したんやねフランス! 覚悟し! 俺がこのきったない男倒して、をこの手に取り返したるわ!」
「ぎゃっ、ちょっ、待てスペイン! 今日はエイプリルフール、四月の魚、万愚説だろうが!! 俺は何も・・・!」
「知らんわそんなん! 俺んち4月1日はただの1日やもん! うちの嘘ついてええ日は12月28日なんですぅー!!」
「え、そうなの!? 私知らずに嘘ついちゃった!」





 ハルバートが空気を裂く音に負けないくらいに叫んだら、スペインの手がぴたりと止まった。
間の抜けた顔で私を見つめてくる。
あ、れ? なんだか今度は私が危ない?





「えーっと、スペイン・・・?」
「嘘なん? フランスにアッーーー!!なことされたんも、結婚するんも嘘なん?」
「う、ん・・・。いや、ずっと黙ってても良かったけどスペイン全然気付かないし、本気でフランス存亡の危機だったし」





 カラン、と音立ててハルバートが地面に転がった。
スペインの注意が逸れた隙を見計らってフランスが逃げ出す。
・・・できれば私も一緒に連れて逃げ出すくらいしてほしかったな。
きっと、いや絶対無理なんだろうけど。




「神様でも人を騙すんやね」
「時には試練も必要です・・・なんちゃって」
「俺、ほんまにびっくりしたんやで。朝起きてそのまま寝てる起こして第2ラウンド入ろ思ったらおらんで、代わりに残され取ったのは紙切れ1枚やし」
「うーん、第2ラウンドは勘弁してほしかったけど、そんなに私がいなくて嫌だった?」
「当たり前やん。すぐに結婚相手探して倒して、また俺のものにしよ思ってたもん」





 思ってたんじゃなくて、実際には殺す勢いでやっていたあたりは本当に怖かった。
何の罪もなく、ただそこにいたという安易な理由だけで殺害対象に認定されたフランスには、少し申し訳なく思う。
ごめんフランス、今度ブドウか小麦畑の世話しに遊びに行きます。





「俺、決めたわ。が、たとえ嘘でも別れるなんて言ったり思わんようにするくらいになるまで愛して、俺しか見れんくなるようにするわ」
「私、そこまでスペインの愛情独り占めしなくていいけど・・・。ほら、いろんな人に分け隔てなく愛を注いでこその国でしょ?」
「あかん。俺がを独り占めしたいんや。できることなら俺の家から出したないくらい」
「またまた嘘言っちゃって・・・、もうスペインったら」
「嘘やあらへんよ。ほら、帰るで





 この気持ちは嘘ではない。
私、今、ものすごくスペインの前から逃げ出したかった。









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