修羅場疑似体験







 大事件が発生した。
スペインはシエスタをして目覚めた直後、隣ですやすやと寝息を立てて眠っている物体へと視線を落とした。
確か、今日は1人でシエスタしていたはずだ。
夜這いならぬシエスタ這いを許した覚えも、迎え入れた記憶もない。
では、今隣でもぞもぞしている物体・・・否、幼児は誰だ。
めっちゃ俺に似てるやんと、スペインは幼児を見下ろし呟いた。





「・・・こ、これがまさか噂の『にんちーっ!』てやつなん・・・?」





 全くに見覚えがないと言ったら嘘になるが、心当たりがある女性から子が出来たという報告は受けていない。
だったら他の女性か。
そうも思ったが、近年のスペインは以外とそういう関係を持ったことはなかった。
そうだとしたら、この子は一体誰の子なのか。
自分そっくりな余所の家の子どもが、うっかり家を間違えただけなのだろうか。





「・・・あかん、こんなん見られたら勘違いされてまう」




 スペインはとりあえず子どもを抱き上げた。
起こさないようにそっと、人目のつかない所に一時的に隠しておこう。
そう思いベッドから立ち上がった瞬間、スペイン起きてる?と控えめな声と共にドアが開けられた。




「あ、起きてたのスペイ・・・・・・ン?」





 ドアを開けたが、スペインを見て固まった。
え、は、意味わかんないとぶつぶつ呟きつつも、スペインの腕の中ですやすやと眠っている子どもに目が釘付けになっている。
良からぬ勘違いをしているのではないかと不安に思っていたスペインだったが、その予感は見事に的中した。





「あー・・・、さすがに親子となると寝顔もそっくりなんだねー・・・」
「そ、そんなに似とるん?」
「そりゃもう、お母さんには全然似てないんじゃないかな。お母さんは誰ですかこの年中発情期トマト馬鹿が」





 あかん、が壊れてもうた。
スペインは子どもを抱いたままに歩み寄った。
何としてでも、この不名誉な誤解を解かなければならない。
解けそうにないのだったらいっそのこと、強引に暗示でもかけて自分の産んだ子とでも思わせたろか。
あぁ、どうやら壊れてしまったのはだけではなく自分もそうらしい。





「ち、違うんやで。てかの子どもやないん?」
「違います断じて私じゃありません。シエスタも一緒にしてるし子どもの抱き方も上手だし、実はずっと前から子どもいるって隠してたんじゃないの!?」
「だっこはロマーノがちっさい頃にしとったから慣れとるんや! ほんまに俺も心当たりはないんよ!? シエスタして目が覚めたら隣にこの子おって!」





 俺が以外の女を抱くと思うかと尋ねられはう、と言い淀んだ。
恋人として、その問いかけにそう思ってますとは答えにくい。
かといって絶対の自信があるわけでもなかった。
遠距離恋愛の辛いところである。自分の知らない空白の時間が長すぎる。





「・・・とにかく、その子が起きたらはっきりわかるよ。ちびスペインがスペインのことお父さんって呼んだら破局ね」
のことお母さんって呼ん「呼びません!」・・・ちびスペインって、もうの中じゃ確定しとるやん・・・」





 スペインはもう一度子どもをベッドに戻すと、すっかり忘れていた挨拶のキスをすべくの頬に唇を寄せた。
したくないと駄々をこねるに挨拶は基本やと言って宥め、とりあえず情熱的に愛の言葉を紡ぐ。
いつでもどこでものこと想っとるし愛しとるんやでと囁きかけると、文句言いながらも紅くなって俯く。
その様子が可愛らしくて大好きなトマトにそっくりだったので思わずトマトみたいと言うと、今度はものすごい勢いで睨まれて距離を置かれた。




「少しは空気読むっていう努力しなよスペイン。ほんとに隠し子といい空気の読めなさといい、どれだけ私を馬鹿にしてんの?」
「してへんって! そない怖い顔せんといて、せっかくのヤマトナデシコの美しさが台無しやわぁ」
「誰のせいで台無しになってると思ってんの!?」





 スペインはそない大声出したらちびが起きてまうやろと言うと、の口を塞いだ。
大和撫子らしく大人しくて凛として非常に東洋の神秘を感じさせる時もあるのだが、自分の前ではいつもこれだ。
気を許してくれているのか、はたまた本気を出すほどの相手と思われていないのか。
己があまりにも空気を読めず頓珍漢な事ばかり言っているがためにが大和撫子を放棄していることを知らないスペインは、ふうとため息をついた。
怒り出したいのはこちらの方だ。
どこの誰だか知らないが、勝手に子ども置いて恋人との仲をずたずたにして。
悪意さえ感じられる。






「ほんまに俺、この子知らんねん・・・」
「きれいな姉ちゃん捕まえて何してんねんこのあほんだらー!!」




 を拘束したまま悶々としていたスペインに、予期せぬ攻撃が加えられた。
俺が助けたるからちょっと待ってなと叫びつつポカポカと足を叩く存在を探す。
眠っていたはずのちびが自分に刃向かっていた。
なにやら一生懸命を助け出すために戦っている。
スペインはすっかり忘れていたを解放すると、代わりに子どもを捕まえた。
この子にはたくさん尋ねたいことがある。
何すんねん離せドアホと騒ぐ子どもに静かにしと言い聞かせる。
子どもが大人しくなったところで、がそっと尋ねた。
スペインが見たくてたまらない大和撫子モードでだ。





「ねぇ坊や、あなたのお名前はなぁに?」
「俺はスペインやで! わるい奴は追い出したるからな、きれいな姉ちゃん!」
「まぁ、どうもありがとう。・・・スペイン君のお父さんって、この人?」





 ちびスペインはスペインをじっと見つめた。
そして、兄ちゃん誰なんと小首を傾げた。





「聞いたか! この子、俺の子と知らんで! 俺の子やないもんって言うか、この子よう見たらちっさい頃の俺やん!」
「・・・じゃあなんでここに昔のスペインがいるのよ」
「あんなーあんなー、眉毛が太い兄ちゃんがなー、ここで寝とったらきれいな姉ちゃん見れるぞ。別にあいつらの仲がわるくなるのを待ってるんじゃないからなって言っとったでー」





 ほんまにめちゃくちゃきれいな姉ちゃんおったわぁと喜んで抱きついてきたちびスペインの頭を撫で、はスペインを見つめた。
この天使のように可愛らしい子どもが、何百年か経ったらこれか。
こういうのって詐欺と言うんじゃなかろうか。
どこをどう育ったら、純粋無垢に自分を綺麗だと言ってくれる天使がトマトまみれの空気が読めない男になるのか。
現実って悲しい。は空白の数百年を恨んだ。
スペインは大人しくに撫でられて羨ましくてたまらない過去の自分を撫で、にこおっと笑った。
なんだろう、に可愛がってもらってる昔の自分が憎たらしい。
そして、ちびを送って寄越した男を今すぐぶちのめしたい。






「あの眉毛、俺を使って俺との仲裂こうて魂胆やったんやな・・・。ほんまムカつくわ、あの眉毛」
「見事に裂けたから、イギリスの目論見通りなんだけどね」
「まだ避けてへんで! 俺は潔白やったんやし、これからもは俺のもんやで!」





 スペインは数百年前からはるばる召還された己を抱き上げると、ばたんとドアを開けた。
どこ行くのという問いには、イギリス殴りに行くと返す。
争いを好まないのことだから、きっと今回のイギリスの陰謀も単に自分への嫌がらせとしか思っていないのだろう。
鈍い彼女持つと苦労するわと呟くと、スペインは一発殴りに海を渡ったんだった。









空気読めず鈍感な親分に鈍感とは思われたくない




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