さようなら家族、こんにちは恋人





 女の子なら、いや、男でも頬を緩めてしまうであろう愛らしいパンダのぬいぐるみに、トレードマークの『香』を書き込む。
今日のお土産はこれで決まりだった。
あの人は喜んでくれるだろうか。
可愛いものと美味しいものには目がない彼女だから、ありがとうと言って飛びついてきてくれるかもしれない。
それで、日本さんと3人で仲良く食事するんだ。
香港は、兄にも宗主国にも真似できない素晴らしい1日を想像した。




さん・・・、マジ愛してるっス」



 香港はパンダを抱え上げると、日本へと飛び出した。





































 今日もいい天気だ。
は畑で元気に育つ野菜たちを可愛がる手を休めると、ゆっくりと空を見上げた。
こんなにいい天気に働くと眠たくなってくる。
今日はそれなりに動いたし、そろそろ家に戻ってポチ君と一緒にお昼寝しようか。
家主がいないというだけでこんなにも開放的な気分になれるとは思わなかった。
は、上司と共に海外へと向かった日本の不在を大いに喜んでいた。
あと2週間は帰ってこなくていい。





「日本さんいない間に素敵なお兄さんとデートしちゃおっかなー」




 この間研究とやらで畑の調査にやってきた学生さんには、そこそこにいい印象を持たれたと思う。
日々の努力はともかく、今の容姿となるベースを生み出したのは日本のイメージのおかげなので、とりあえず感謝しておくことにする。




「今日の晩御飯は何にしよっかなー・・・、あ」




 軽い足取りで家へと歩いていたは、玄関へ到達しようとしている人影を見て小さく声を上げた。
臙脂色のチャイナ服は香港だ。
また遊びに来てくれたのかな、でも今日は日本さんいないのに。
は香港に声をかけるべく、彼の元へと駆け寄った。





「こんにちは香港! 遊びに来てくれたの?」
さん! はい、また来ちゃいました!」
「さん付けなんてしなくていいのにー。なんだか荷物重たそう、私も手伝おっか」





 極めて近距離でことりと首を傾げた大好きな人の顔に、香港の頬が紅く染まった。
なんだってこの人はいちいちの動作が可愛らしいのだろう。
日本さんはよく理性が保てるものだ。
俺だったら3日一緒にいるだけで無理なのに。
香港は眩しすぎるの顔から失礼にならない程度に目を逸らすと、やっとの思いで口を開いた。




「女の子に物持たせるわけにはいかないですよ」
「わ、香港紳士だね! そういうとこイギリスに似てるのかな」
「イギリスさんは下心ありまくってるじゃないですか、一緒にしないで下さいよ」




 そうだ、イギリスの変態紳士と同一視などされたらたまらない。
香港はイギリスに対して、尊敬といったものはこれっぽちも抱いていなかった。




「そうだね、香港はいい子だもんね!」




 いい子と言われ、少しショックを受ける。
そこは『いい子』ではなくて『いい男』だと評してほしい。
いい子ではまるで、弟を褒めているようではないか。
確かに自分はや日本よりも年下だが、年下扱いはされたくなかった。
弟分としてではなく1人の男として見てほしいのが、ここ数百年の香港の切なる望みだった。





「でも嬉しいな、今日日本さんお出かけしてるから私1人だったんだ。あ、ポチ君はいるんだけどね」
「1人・・・なんすか?」
「うん。あっ、もしかして日本さんに用だった!? やだ、私ったら1人ではしゃいじゃって」





 応接間に上げられだされたお茶を啜っていた香港は、の発言を聞きむせ返りそうになった。
優しいが鉄壁の監視役には変わりなかった日本がいないということは、今日は大チャンスだった。
との仲を発展させ距離を縮めるには、これ以上ないほどの絶好のシチュエーションである。
香港は改めてを見つめた。
お土産に渡したぬいぐるみを優しい手つきで撫でたり頬ずりしている姿も、とても可愛らしい。
自分で持ってきたお土産だが、香港はぬいぐるみに少なからざる嫉妬の念を抱いた。
それにしても、同じ髪の色や瞳の色をしているというのに、どうして彼女はこんなに美しいのだろう。
できることならば独り占めしたい。
絶対的な地位にある日本からも奪い取ってみたかった。





「俺、いつもさんに会いに来てるんすよ?」
「そ、そうなの・・・? なんか照れちゃうな、改まって言われると」
「照れてるさんも可愛いです」
「・・・もう、香港ってばお姉さんからからかうんじゃないの」





 香港の目がすっと細められた。
呼び捨てでいいのにと一人前の男に少しは見てくれているかと思いきや、今度はお姉さん発言。
確かに、のような優しくて明るくて可愛らしい姉も欲しい。
しかし姉よりももっと、香港は恋人としてのが欲しかった。
突然俯いて黙りこくった自分を見て戸惑ったのか、がえっとと言いながら顔を覗き込んでくる。
心配してくれるのは嬉しいが、弟分を心配している気分ならば悔しいことこの上ない。




「えっと・・・、ご、ごめんね? あ、あっ、今日夕飯食べてく!? 香港の好きなもの作るよ!?」
「・・・・・・がいい・・・」
「え、なぁに?」


「・・・が、いい・・・・・・」




 ぴしりと固まったに、香港はここぞとばかりに抱きついた。
当初の予定では逆だったのだが、相手があくまでも弟分としか見てくれていないのであれば、それを利用するのみ。
敵の弱みに付け込めと、かつての宗主国も言っていた。





「・・・俺、のこと姉としてなんて見れないっスよ・・・」
「そ、そうなんだ・・・?」
「マジ好きな女としか見てないっス」
「わ、私も香港のこと好きだよ?」





 恥ずかしさからか、顔を真っ赤にしているも可愛らしい。
しかし、愛の告白をするにも日本語は難しいものだ。
まだるっこしいにも程がある。
香港は微動だにしないの耳元にとびきり真剣に、かつ熱っぽく囁いてみた。




「“I love you.” 愛してる、
「え、え、ええええええええ・・・・・?」





 かくりと、香港の腕の仲のから力が抜けた。
頭の回線がショートするほどサプライズな告白だったのだろうか。
香港はを横たえると、今すぐ襲いかかりたくなる衝動を必死に堪え台所へと消えたのだった。








































 中華料理店特有のぴりりとした匂いが鼻腔をくすぐる。
今日の夕飯何だっけ。
食欲に急かされぼんやりを身体を起こしたは、食卓に並ぶ美味しそうな料理に顔を綻ばせた。




「美味しそう・・・!」
「あ、起きたんすか」




 台所から皿を手に現れた香港がにこりと微笑む。
しまった、客人に夕飯を作らせてしまうとは。
年長者としての威厳ががた落ちだ。
そこまで考え、は目の前の青年が歳などまったく気にしていないということを思い出した。




「勝手に台所とか野菜とか使わせてもらったんすけど、良かったっスか?」
「ああうん、なんか全然おもてなしできなくてごめんね・・・」
「俺が食べてほしかっただけです。料理も得意な男って知って惚れました?」




 ぶっ倒れる前の熱烈な告白を思い出し、の頬に再び熱が集まり始めた。
わかりやすい人だ、そこも好きなんだけど。
香港はにやけそうになる顔の筋肉を引き締めると、に食事を勧めた。





「美味しいっスか?」
「うんうん! すごいね香港、お料理すっごく上手!」
「デザートも用意してますから、お腹いっぱいにはならないで下さいよ」
「大丈夫! デザートはいつだって別腹!」





 至れり尽くせりのもてなしと美味しい食事に満足していたは、ふと視線を感じ前を向いた。
あまり箸に手をつけることなく、香港が笑顔で見つめてくる。
目が合えば急に気まずくなる。
どうしようと悩んでいると、香港が寂しげな表情で口を開いた。





「・・・やっぱ迷惑っスよね、弟分としか見てなかった男に愛してるとか言われて」
「いや、そんな・・・」
「すみません、さっきの忘れて下さい」
「いや香港・・・・・・。私は、びっくりはしたけど嬉しかったよ・・・?」





 ごにょごにょと口ごもるを前に、香港はきょとんとした。
今、嬉しかったと言われた?
はパンダのぬいぐるみに顔を半分埋めると、真っ赤な顔をして香港を見上げた。





「だって・・・。昔から私には懐いてくれてたけど、今も変わらず私を見てくれてるってことでしょ? それは愛情の形が変わってても嬉しいよ?」
「迷惑じゃないっスか? これから俺、すごくアタックしますよ」
「迷惑なんてとんでもない。むしろいつでも歓迎するよ?」





 手加減はしてほしいんだけどねと付け加えたを、影が覆った。
ほんとに大きくなったなぁと、ぎゅうっと抱き締めてくる香港の背を見て思う。
姉離れ(?)されたのは寂しい気もするが、これからも懐いてくれるなら嬉しさの方が寂しさを増す。
まだ当分はお姉さんの余裕を見せられるかなと踏んだの耳を、再び熱っぽい囁きが襲った。





「・・・姉貴分としての余裕なんてすぐに崩してあげます。伊達にイギリスさんの所にいたわけじゃないんで」
「・・・ふーん・・・」




 2週間後、全く人気のしない自宅へ帰ってきた日本の手には、『香港に全面降服しました』と書かれたの書置きが握られていた。










姉弟同然に育ったギャル男と優等生・・・、次の本はこれで決まりです!!




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