第一希望は譲れない







 いい加減諦めろこのおじいちゃんめが。
逃げても逃げても追いかけてくる日本さんに、私はとびっきりの毒を吐いた。
待ちなさい止まりなさいと言われ大人しく立ち止まる馬鹿がどこにいるだろう。
セーラー服と体操着とスクール水着と猫耳セットとメイド服を手に猛然と追いかけてくる日本さんから、私はずっと逃げていた。
捕まったら最後、それら全部を着せられ発禁物の同人誌のモデルにさせられるに決まっている。
押し倒された時のセーラー服の皺のでき方とか、そこまでこだわらなくてもいいと思う。
しかも猫耳とメイド服って、どこまでマニアックなやつ描いてんだこの人は。
描くなとは言わないが、全く関係も興味もない人を巻き込まないでほしい。
私まで変な女と思われてしまうではないか。





「捕まえたら縛り上げますよ!」
「だーれが捕まるもんですか。私、日本さんのお人形じゃないんですよ!?」





 うわ、アメリカ仕込なのか投げ縄が飛んできた。
日本さんいつになく本気だ。締切近くて焦ってるんだろうか。
長年日本さんから逃げ続けているおかげで身についた回避術を駆使して、投げ縄から離れる。
ただでさえ疲れているのに余計な逃げ方したから、足に力が入らなくなってきた。
このままじゃすぐに捕まって地獄に突き落とされる――――。
よろよろと走っていると、前方から見慣れた人物が現れた。
私を見つけて笑顔で手を振り駆け寄ってくる。
助かった、これでたぶん逃げ切れる。





「どうしたんすか、さん」
「香港・・・・・・! お願い、助けて!!」
「What?」





 いちいち説明している暇はない。
私は肉まん片手に突っ立っている香港の背に身を隠した。
正直立っているのもやっとなどでぎゅっと服にしがみつくと、香港は嬉しそうに私の名を呼んだ。
うん、やっぱり香港はいつまでも私に懐いてくれていて可愛い・・・と言ったら確実に彼は拗ねて怒るので、口に出すのは止めておく。
私が香港を盾にしていたら数秒後、息せききった日本さんが現れた。





「こんにちは日本さん、ランニングっスか?」
「こんにちは香港君。鬼ごっこをしているんですよ、ですからを渡してくれませんか?」
「嫌です。俺を頼ってくれた人を渡すわけにはいかないっスよ」
「・・・ではこうしましょう。セーラー服やメイド服、体操着を着たアブノーマルなを見たくはありませんか?」






 げ、日本さん私を餌にした。
お願い香港、変な気起こさずに私を守ることだけに集中して。
黙りこくっている香港が怖くてぎゅっと更にしがみつく。
お願い、香港にまで奇妙な趣味を持たせるのは止めて日本さん。





「・・・日本さん、マジであの人を大切に思ってるんスか? 歪んだ愛情とかヤバいと思うんスけど」
「年寄りの数少ない楽しみなんです」
「でもさんすごく嫌がってるんスよ。ということで、今日のところは引き揚げて下さい」





 かっこいい、かっこよすぎるよ香港。
香港への好感度がものすごい勢いで上昇して、メーター振り切れそうだ。
ふふふ、ざまあみろ日本さん。
ちょっと、いや、だいぶ日本さんの家に帰りにくくなって、今はそっちも心配だけど。
・・・そうだ、ここまでこてんぱんに日本さん圧倒して、家に帰った後日本さんが大人しくしてるわけがない。





「・・・わかりました、今日はもう止めにしましょう。さぁ、帰りますよ」
「え、いや・・・・・・」
「家でゆーっくり過ごしましょうね」





 まずい、日本さんの目が笑っていない。
今日は家に帰っちゃいけない。
帰ったらもっと酷い仕打ちが私を待っている。
私は香港の前に回ると、じっと見つめた。
本当にごめんね、私、ちょっと詰めが甘くてまたあなたに迷惑かけちゃう。





「さぁ、帰りま「香港。・・・私を連れて逃げて!!」





 ・・・返事がない。あれ、もしかして大失敗?
もっとまずい事態になってしまったどうしようとパニックになりかける。
香港が軽々と私をお姫様抱っこしたことで、いよいよ本格的に頭が混乱した。





「その言葉、何百年も待ってました。どこまでも逃げましょう、さん!」
「え、あ、ちょっ・・・・!?」





 きらきらと輝く笑みを浮かべ走り始めた香港に、私は素っ頓狂な声を上げることしかできなかった。
どこ行くのとなんとか尋ねれば、俺の家まで逃避行ですと返される。
ほんとに私を連れて逃げてくれてる。
ちらりと日本さんの方を見ると、私を掴もうとした腕が行き場を失くして宙に浮いたままだ。
あー・・・、日本さんもびっくりしてるな。
当たり前か、いきなり目の前で駆け落ちまがいのことされたんだもん。
私だってまだ驚いてる。
だって数百年も前からそう思ってたって、私どれだけ香港をやきもきさせてたんだろう。





「その、香港ごめんね? 妙な事に巻き込んじゃって、ちょっとしたらちゃんと帰るから」
「帰っちゃ駄目です。ずっと一緒にいて下さい」
「いやでも、私がいたら香港に迷惑かけちゃうし・・・」





 香港が立ち止まり、私を地面に下ろした。
ああ、また気付かないうちに子供扱いして怒らせちゃったかな。
まったく、年頃の男性の扱いは難しい。
なまじ幼少時代を知っているから、ついつい昔の癖が出ているのかもしれない。





「そんなに俺のこと頼りないと思ってるんスか。俺、好きな女性を守ることくらいできるのに」
「ありがとね。でも香港、・・・香港はそんなに知らないだろうけど、あれで日本さん私にしつこいのよ。コスプレの刑はともかくあの人、変な誓い立てててね」
「俺だってちょっとの間日本さんとこにいたから知ってます。でもこの件に関してはライバルっスから、あなたは絶対に渡せません」





 香港は少し身を屈めると、私にそっと口づけた。
予期せぬ襲来に思考が付いていけずぼんやりとしていたら、今度は腕を引かれる。
なかなか強引な人だ、男らしいと言ったらそうなんだろうけど。





「せっかく数百年越しの告白したんスから、そんな沈んだ顔するのやめて下さい。日本さんには後で俺からも連絡入れときますんで、今はデートしましょう、デート!!」
「・・・そう、だね! 香港、私これからも香港に好かれるようないい女でいる。でもって、コスプレなんてさせなくても私は充分可愛いんだって、認めさせてやるんだ!」
「俺はとっくの昔から知ってましたよ、日本さんが気付くずっとずっと昔から」






 迫り来る魔の手から逃がしてくれる王子様は、意外な所にいた。
近すぎて気付かなかったのかもしれないな。
私と香港の逃避行は、まだ始まったばかりだ。









「人の嫁的存在連れ去るなんて、弟の教育ちゃんとして下さい!」「(目の前のも含めて)そうあるね、まともな弟我にはいないようあるね・・・」




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