夜回り女神様  前編







 がちゃがちゃがちゃがちゃイライライライラ。
どたばたどたばたイライライライラ。
ハァハァハァハァぶちっ。
あ、今、日本さんの堪忍袋の緒が切れた音がした。




「皆さん大層賑やかですね・・・。うるさいんですよ、このすっとこどっこい」
「日本さん、本音も出てますよ。ていうかなんで私と同室なんですか。普通男女は別でしょう」
「何時だと思ってるんですか・・・。寝ようにも寝られません」
「本気で寝たいと思ってるんならとりあえず、私の上からどきません?」





 ちっと小さく舌打ちした日本さんが私から離れる。
時刻は24時。ぐっすり眠っているはずの時間だ。
現に私も欠伸を連発しているのというのに・・・、何なんだ、このうるささは。
他の宿泊客に迷惑がかかるとか思わないんだろうか、諸外国の皆様は。




「5つ星ホテルでもさすがに防音設備は完璧じゃないんですね」
「どんなに壁を厚くしても無駄だと思いますがね」
「うーん、それもそうかも。うるさくて眠れませんって文句言ってきたらどうです?」
「嫌です。クレーマーだと思われたくないんです」





 日本さんは変なところで消極的だ。
日本さんが絶対零度の笑みを浮かべて『うるさいです』って言えば、みんなすぐに黙り込むと思うんだけど。
みんなと波風立たせたくないのかな、やっぱり。
日本さんがやりたがらない仕事をするのは私の役目。
今夜も私たちの静かな眠りを獲得するために、一肌脱ぎますか。
私は寝間着の上から上着を羽織ると、ドアノブに手をかけた。




「じゃあ日本さんお休みなさい。私がびしいっと文句言ってきちゃいますから」
「待ちなさ・・・」





 がちゃりとドアを開け顔を上げた瞬間、私の目に肌色の物体が飛び込んできた。
髭もじゃの腕に引っ張られ、私の体が部屋から引き剥がされる。
何なの、部屋の外はブラックホールになってるの?
宙に浮いた私の片腕を、日本さんがぐいと引き寄せた。
強く引かれすぎて、勢いそのままに日本さんの胸へと飛び込む。
足でドアを蹴飛ばして無理やり外の世界との隔離に成功した日本さんは、盛大な溜息をついた。
息がちょっと上がってる。
年寄りが無茶して馬鹿力で引っ張ったりするからだ、もう。





・・・・・・。あなたどれだけ無防備なんですか」
「無防備って、ちょっと外に出るだけじゃないですか。戦地に赴くわけでもあるまいし」
「そんな格好で酔ったフランスさんやイギリスさんたちの前に出たら、一瞬でらめぇぇなことされますよ!」
「・・・しようとしてた日本さんに言われてもねぇ・・・」





 痛い、でこぴんされた。
本当のこと言っただけなのに、日本さんは横暴だ。
私の身を気遣ってくれるのは嬉しいけど、だったら私を外に出さないように自分で文句言いに行けばいいのに。
私と日本さんが超至近距離で口論してる間にも、外はますますうるさくなっている。
むしろ、私たちの部屋の前が重点的に騒がしくなってきた。




ちゃーん、お兄さんと一緒に飲もうよー」
「日本、独り占めはフェアやあらへんでー。みんなで楽しくせなあかんよ」
「・・・・・・ほら、のせいでさらにややこしくなりました」
「・・・すみませんでした。・・・やっぱ私、あのラテン系たちに一泡吹かせてくる」
「待ちなさい。私が行きますから、今すぐ脱ぎなさい」
「は・・・!?」





 さぁさぁと言って悪代官ばりの悪どい笑みで服に手をかける日本さんに、私は当然混乱した。
なぜ服を脱ぐというか、脱がされなければならない。
日本さんが行くなら私が剥がれる必要はないはずなのに。
下着以外奪われ崩れ落ちた私を前に、日本さんは今度は自分の服に手をかけた。
はらはらと落ちていく着物に唖然とする。
何この人、ついに気でも触れたのか。





「少し大きいかもしれませんが、それを着て私のふりをしていなさい。頭はこれを被っておけばわかりません」
「日本さん・・・? なんで私と日本さんのかつらがあるんですか」
「禁則事項です。言ったでしょう、あなたを今のフランスさんたちの前に出したら確実に襲われます。あなたを1人にするのが嫌だったから同室にしたんです。
 私が表に出ていると、どうしても隙が生まれてしまいます。ですから、私がになって不埒な国々をこの際成敗してきます」






 言ってることはかっこいいんだけど、それはちょっと無理があるんじゃないかな。
体格違うし、日本さんが私の真似をできるとは思えない。
第一、声とか全然違うし。
・・・でも、私の服を完璧に胸まで再現している日本さんは美人だった。
私よりも可愛いかもしれない。なんだか悔しい、女として負けた気がする。
さすがはコスプレもマスターしているだけはある。
人の心配をしている場合ではないらしい。
それにしても日本さん、私の細かな癖まで網羅してる。
すごい観察力だ、私日頃から見られまくってるんだ・・・。





「気を付けて下さいね日本さん。フランスあたりは男女区別なく襲うと思いますから」
「あなたもくれぐれも油断しないように」





 相変わらず部屋の外で騒いでいるフランスとスペインの声に眉を潜めた日本さんは、私に向かってにこりと一度笑いかけるとドアノブに手をかけた。
全裸で、辛うじて股間に薔薇を咲かせているフランスと上機嫌なスペインが、私に扮した日本さんの手を取る。




「ちょっ、2人ともお酒臭いんだけど!」
「気にしない気にしなーい。日本、ちゃん借りてくねー!!」
「・・・えぇ」





 口調まで完璧にコピーした日本さんが、フランスたちに連れて行かれる。
先程よりは静かになった部屋に取り残された私は、急に疲労感を覚えてベッドに腰を下ろした。
日本さん上手くやってくれるだろうか。
あの真似具合ならばれることはないだろうけど、さすがにちょっと心配だ。
スペインとか空気は読めないのに勘はやけに鋭いから、ちょっとした動作で見抜くかもしれない。
私が私でないと知った2人はどうするだろう。
・・・私を探しに来る。そうなれば、部屋にずっと留まっているのは危険だった。
ここはひとつ、お説教も兼ねて外に出かけねば。
あぁもう眠いってのに眠らせてくれない。
私は大きな欠伸を1つすると、そっと部屋を抜け出した。


















































 騒がしさの発生源はどこだろう。
てくてくと歩いていると、急に背後から抱き締められた、
日本と呼ぶ眠たそうな声。
ちょっと後ろからはてめぇ日本さんに何勝手に触ってやがんだと叫ぶ野太い声。
おぉすごい、私ちゃんと日本さんになりきれてる!





「ギリシャさん、どうなさいましたか?」
「ん・・・、眠たい・・・・・・」





 本当に眠たいんだろう。
とろんとした目で話すギリシャを見て、思わず頬を緩めた。
もちろん遅れてやって来るトルコへの挨拶も忘れない。




「ギリシャさん、私が送りますからもう部屋で休みましょう。トルコさんも・・・・・・」
「日本さんに送ってもらうなんて申し訳ないですよ!」
「構いませんよ、さぁ」





 ギリシャを部屋に送り届け、トルコと部屋の前で別れる。
2人とも私に何の違和感も抱かなかったみたい。
眠たかったからそこまで気付かなかっただけかもしれないけど。
何はともあれ、とりあえず2人を部屋に帰すことに成功した。
フランスとスペインは日本さんが相手してくれているし、私はイギリスたちを止めればいいのか。
まぁ、最悪ビール瓶あたりで後頭部殴りつければいいか。
呪術的なものへの耐性があるイギリスには、武力で訴えるしかない。
日本さんの評判は少し下がるかもしれないけど、いちいち細かなことを気にするつもりはなかった。





「やぁ日本! 君が飲みに来るなんて珍しいじゃないか!」
「アメリカさん・・・・・・。少し賑やかすぎて、寝付けませんで・・・」
「そうかい! じゃあ日本も眠気が襲ってくるまで俺と飲み明かそう!」





 痛い、そんなに強く引っ張らないでアメリカ。
ずるずると引きずられて連れて行かれたバーは地獄だった。
まず酒臭い。床には金髪で腰回りだけにエプロンを巻いたほぼ全裸の国が転がっている。
そして五月蠅い。俺様に跪けーとがなり声で歌っている男には、ソラニンたっぷりのジャガイモを進呈したい。
ドイツ、あなたのお兄さんは本当に救いようのない馬鹿だ。





「皆さんかなり出来上がっているようですね・・・」
「そうなんだよー。だから日本、俺と飲もう!」




 返事をする前にグラスを握らされる。
お酒はあまり飲めないし、扮装している今は飲みたくない。
さぁさぁと言ってどっぷりとウイスキーをグラスに注いだアメリカが、にっこりと笑い飲酒を促してくる。





「では一口だけ・・・・・・」





 うわ、頭がぐるぐるする。
眠たいから酔いが回るのも早い気がする。
これは、アメリカを先に潰さねば私がやられる。




「アメリカさん、アメリカさんも一杯どうぞ」




 知っている銘柄の焼酎を手に取り、アメリカのグラスに注ぐ。
注ぎながら念じに念じた。
アルコール度高くなれ、アル中になるくらいに強くなっちゃえ。
焼酎だって元は私が可愛がってる米たちだ。
味はともかく、破壊的な進化を遂げた焼酎がアメリカの喉を潤す。





「これはすごいね、頭がくらくらするよ・・・・・・」





 ばたり。グラスを手にしたまま、アメリカがカウンターに突っ伏した。
よし、これで騒がしさの元凶が1人倒れた。
私は、壇上で独り楽しく歌っているプロイセンに標的を定めた。









ホテルでの宿泊客の評判が悪い第1位はフランス、その次がスペインなんだって




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