夜回り女神様  後編







 客もいないのに独りでステージパフォーマンスを続けているプロイセンを見つめる。
やっていて、空しいとは思わないのだろうか。
・・・ま、彼が空しかろうと楽しかろうと、静かな夜を邪魔する輩に寄せる同情などはこれっぽちもないんだけど。
床とキスしてるイギリスは完全に落ちているし、アメリカはもう起きない。
私は新しいグラスに特製焼酎を注ぐと、プロイセンへ歩み寄った。





「おぉ日本か。俺様の歌を聴きに来たのか?」
「えぇ。プロイセンさん、喉は乾きませんか? こちらをどうぞ」





 にこりと笑って差し出したグラスを手に取ったプロイセンは、迷うことなくグラスに口をつけた。
早く飲め、そして倒れろ。
笑顔でプロイセンを眺めていたが、液体はいつまでもプロイセンの口に触れない。





「・・・日本、俺に何を飲ませようとした?」
「お酒ですが? 我が国で醸造した焼酎です。ぜひ飲んでいただきたくて」
「じゃあ先に飲めよ」
「いえ、私はお酒はあまり・・・」




 面倒な男だ。大人しくさっさと飲めばいいものを、妙に冴えた感覚しやがって。
うっかり素が出てきそうになるのを必死に堪え、日本さんの得意の営業用スマイルを見せる。
プロイセンごときに手間取ってはいられない。
これを倒せば私のミッションはコンプリートなのだ・・・!
あと1人という現実に、私は知らないうちに隙を作っていたらしい。
プロイセンはほとんど無防備な私の腕を掴むと、ステージへと連行した。





「な、何するんですか!?」
「一緒に歌って飲もうつってんだよ。日本とはお近づきになっておきたいしな」
「えぇ?」





 ビールと酒臭い顔を近付けられ思わず眉を潜める。
酒を飲んでも顔の形は変貌しないのだから性質が悪い。
でも、私が日本さんを演じている以上、無駄な顔立ちに戸惑ってはいけないのだ。





「なぁ・・・・・・。俺とって他の連中と比べたら仲良い方か?」
「さぁ・・・・・・」
「今日も来てただろ? 今どこにいるかわかるか?」





 良かった、この馬鹿私がだって気付いてない。
腕とか掴まれたからもしかしたらばれたかなって思ってたけど、酔っ払いにはわからなかったんだ。
私すごい、影武者の才能あったんだ!
酔ったら絡んでくるといううざったい醜態を見せるプロイセンに、私は何食わぬ顔で答えた。





でしたら先程、フランスさんとスペインさんと一緒に出かけて行きましたよ」
「・・・あいつら抜け駆けしやがって・・・・・・! 悪いな日本、変な酒で潰すの程々にしとけよ!」





 日本さんの狩りの対象が1人増えた。
後で叱られるかな、逆に褒めてくれるかもしれない。
ようやく深夜の静けさを取り戻したバーの椅子に座り込む。
ここに長居してるとろくな事ないってわかってるけど、どうにも疲れて体が重たい。
このまま寝ちゃいそうでうとうとしてたら、ふわりと背中に布がかけられた。





「日本、こんなとこで寝てたら風邪引いちゃうよ?」
「・・・イタリア・・・君?」





 眩しい、なんだかものすごくイタリアが眩しい。
深夜にもかかわらずとてもおしゃれ。
こんな格好でうろついていた自分が恥ずかしくなってきた。




「まだ起きていたのですか」
「ちょっとうるさくて、兄ちゃんが怒って俺も起きちゃったんだよ。日本も?」
「えぇ・・・・・・。ちょっとした襲来を受けまして・・・」
「じゃあ部屋に帰れないんだ。俺と兄ちゃんとこに避難する?」





 私よりも偉い神様聞いて、私の目の前に天使がいる。
天使がすごく綺麗な笑みを湛えて私を天国に誘ってくれてる。
・・・いいよね、イタリア兄弟だし。
どうせすぐに寝ちゃうだろうし、私の変装もばれないはず。
それに、どうせ今夜は部屋には帰れない。





「・・・お邪魔して構いませんか?」
「うんうん! 兄ちゃんも喜ぶよ!」





 ・・・それはどうだろう、ロマーノは日本さんとそこまで親密度は高くないからなぁ。
何はともあれ、隣室がドイツという最強の護衛を備えたイタリア兄弟の部屋へ、私は安心して向かった。
寝る支度してるロマーノが全裸だったらどうしようとか思ってたけど、出迎えてくれた彼もおしゃれだった。
外に出ないのにそんなに身綺麗にする必要はないと思うんだけど、それがイタリアクオリティなんだろう。




「・・・やっと人心地ついた気分です。イタリア君、ロマーノ君、ありがとうございます」
「俺も役に立てて嬉しいよ! もう楽にしていいからね、ちゃん!」
「・・・え? ・・・いえいえ、私は日本ですよ?」





 ・・・なぜばれたんだろう。いつから知られてたんだろう。
一応しらばっくれてはみるけど、効果がないことはわかってる。





「見たらわかるよー、ねぇ兄ちゃん」
「そうだな。その変装はちょっと無理あると思うけど」
「うっそ、私これでギリシャとトルコ騙してアメリカ潰して、プロイセン追いやったんだけど」
「・・・何やらかしてきたんだよ・・・」





 そんな、かわいそうな人を見る目で私を見ないでロマーノ。
私は私なりに頑張ってきたの。
一瞬で見破ったあなたたち兄弟の女の子好きが異常なだけなの。
今まで張りつめていた緊張の糸がぷつりと切れて、私はがくりとベッドに突っ伏した。
あぁ、ふかふかが気持ちいい。このまま眠りたい。
でもベッド2脚しかないから私は床か・・・。
床でもいいや、この際。天使たちと同室ならいい夢見れそうだ。





ちゃん、本物の日本は?」
「私に化けてフランスとスペインとプロイセンを潰してると思う・・・」
「お、俺たちは大丈夫なのか・・・?」
「大丈夫大丈夫、日本さんもちゃんとわかってると思うよ、そこらへんは」






 鬱陶しかったかつらを放り投げ、柔らかな布団に頬を寄せる。
一気に睡魔が襲ってくる。
隣で2人が兄弟喧嘩を始めだした。
・・・あ、そっか。きっと2人ともどっちが床で寝るかで揉めてるんだ。
私が床で寝ますって言わなくちゃ。




「あの・・・。私が床で寝るから余計な喧嘩しなくていいよ」
「女の子を床でなんて寝せないよ! ちゃんはそっちのベッド使ってていいからね!」
「でも、そしたらどっちかが床寝になるんじゃ・・・」
「ならねぇよ。今、どっちがの隣で寝るか決めてんだよ」




 ショックだった。
そりゃ私はあちこちうろついたからちょっと酒臭いし汗も掻いてるかもしれないけど。
でも、だからってあからさまに私の押し付け合いしなくてもいいじゃん・・・。
女の子に優しいっていうのは時に残酷だ。
そんなに私の隣で寝るのが嫌なのか、そうなのか。
だったらせめて、綺麗さっぱりになろう。
そっちの方が2人に与えるダメージも減るだろう。




「ロマーノ、ちょっとシャワー借りるね。あとバスローブも使わないんだったら貸して」
「ヴェ!? ちゃん!?」
「ただでさえベッド狭くなるのに酒臭くもあったら、そりゃ嫌だろうと思って」





 アジアンビューティーになってきますと言い残しバスルームに入った途端、2人の声が大きくなった。
なんだか、さっきよりも喧嘩がエスカレートしてない?
物とか投げ合ってる音が聞こえるのは気のせい?
ヴェーとかちぎーとか、2人してくるんを引っ張り合って喧嘩してるんだろう。
部屋の騒がしさを無視して酒臭さその他もろもろを洗い流しバスルームから出る。
・・・なんだろう、すごく部屋がぐちゃぐちゃになった気がする。





「お湯いただきましたー。・・・2人とも大丈夫?」
「・・・、俺たちは考えたんだ。1人の女の隣を兄弟で奪い合うのはみっともないって」
「だからね、3人で寝よう!」
「・・・2人でもきついのに更に狭くしてどうすんの」




 反論を聞くつもりはないらしい。
2人でぐいぐいベッドまで押して、真ん中に寝かせる。
私の両脇にはもちろん就寝時通常運転の2人が入り込む。
狭いし寝返り打てないし、手のやり場がない。
どこに目を向ければいいのかわからない。
右を見ても裸、左を見ても裸。なんという拷問。





「・・・やっぱ2人にしない?」
「じゃあちゃんが俺と兄ちゃんのどっちかを選んでよ」
「・・・選べません」
「だったら3人だな」





 両耳から交互に入る甘い囁き。
可愛いとか愛してるとかお姫様とか、こんなとこで本気出してもらうのは非常に心臓に悪い。
・・・2人って、いつもこうやってベッドでも女の子を口説いてるんだろうか。
いや、ヴェネチアーノはそういう経験したことないらしいから私が初めてなのかな。
初めてにしては手馴れてる気もするけど。
ロマーノについてはよくわからない。
でもやっぱり女の子のこと大好きだから、あの手この手を駆使してるんだと思う。
あぁ日本さん、ここが一番危険だったかもしれない。





「ねぇちゃん、ドイツほどムキムキじゃないけど俺の胸の中で寝ていいよ。俺あったかいよ」
「てめ・・・! ・・・あ、、俺が持ってきたソープ使っただろ。すっげぇいい匂いする」
「ずるいよちゃん。シャワー借りる時も兄ちゃんに声かけてたしさぁ、もっと俺を見て?」




 髪に口付けられ頬をくすぐられ、寝ようにも寝られない。
狭い空間だから寝返りも打てないし、下手にどっちかに身を寄せたらベッドの上で喧嘩されかねない。
ナンパ本気モードの2人の相手をしきれなくなった私は、両手をそれぞれの手と握るときつく目を閉じた。
お願い、早く朝になって下さい。





























 翌日、私がいないと慌てている日本さんとドイツがイタリア兄弟の家に押し入って、軽い修羅場になった。
即座に白旗を揚げて日本さんに降参する2人を、私はぼうっとベッドで眺めてたり。
正直なところ、いつ眠れたのかわからない。
夢の中でも口説き倒されていた気がする。
用が済んだらすぐに部屋に帰って来なさいと日本さんからひとしきり説教を受け、チェックアウトのためにフロントに向かっている途中、私は見た。
げっそりとやつれ真っ青な顔をしているフランス、スペイン、プロイセンの3人を。
彼らを具体的にどうしたのかは教えてくれないけど、きっと口に出して言えないような手酷い仕打ちをしたんだろう。
こうなる原因を生み出したのは彼らなのに、私は少し申し訳なく思った。
やろうとしてたことはたぶんイタリア兄弟と同じようなことだろうに、下心の有無って大事だ。





「・・・日本さん、ちゃんと私じゃないってネタばらししましたよね?」
「柔かくない胸をまさぐったりしたので大丈夫でしょう。私これでも体張ったんですよ、もっと感謝されてもいいくらいです」
「ありがとう日本さん。・・・アメリカとの仲が悪くなったらごめんなさい」
「・・・何をやらかしたんですか」





 どうやら、お互いそれなりの犠牲は払ったらしい。
私と日本さんは、次に彼らとまともに顔を合わせる日に少なくない不安を抱きながら、ホテルを後にしたのだった。









仏西、普西、スペインさん総受け本のネタは充分集まりました!




ヘタリアTOPに戻る