お菓子よりも甘い愛を君に捧ぐ







 憂鬱。すごくとっても非常に憂鬱だ。
日本さんおなじみの遺憾の意フレーズを今から発言したっていい。
その前に何ですかその間違いまくった言葉遣いはと叱られそうだけど。
どうして世の中には不味い食べ物が存在するんだろう。
これも人間が生まれながらの持っている原罪というものなのだろうか、
いや、でも作ってるのは人の形をした国だから、この論理だったら世界60億人超の人間たちに失礼だ。





「会長、私自主退学したいんだけど」
「あぁ? 認めるわけないだろ」
「私国じゃないから入学資格そもそもないじゃん。ほら、お菓子あげるから意地悪言わない」




 いつもの制服でなく、ハロウィン仕様なのか黒いローブに身を包んだイギリスにお菓子を差し出す。
3ポンドもしたんだ、少しは感謝してもらいたい。
円でもドルでもユーロでもなくポンドでお菓子を買い求めた私の気遣いに感心しろ。
冷え切った経済に貢献してあげたんだ、喜ぶがいい。





「な、なんで持って来てんだよ、ばかぁ!! 空気読めよ、持って来んじゃねぇ!」
「日本さんレベルのエアーリーディングできる私に向かって空気読め? 持って来るに決まってんでしょ、イギリスの悪戯陰湿そうだもん!」
「お、俺とお前の仲ならここはあえて悪戯だろ!? あと発音もおかしい!」
「どんな仲よ、私食べ物美味しくない国は体質的に受け付けないの」





 泣き言と戯言を繰り返すイギリスに背を向け、生徒会室の扉に手をかける。
言っちゃ駄目と引き止める妖精的なものには若干心が痛むが、悪いのはイギリスだ。
滅茶苦茶に権力振りかざして、日本さん留守の家でくつろいでた私を強引に連れ去ったのがいけないんだ。
日本さんには叱られるし漫研のデッサンのモデルにはされるし、セーシェルにも哀れに思われるくらいにイギリスにはこき使われるし、
毎晩いただく美食国家のディナーとデザートがなければ雲の上の実家に帰っていた。




「・・・どこ行くんだよ」
「ハロウィン満喫しに。あぁイギリスのお菓子は要らない、悪戯もしないから安心して」




 イギリスの右手に握られているどす黒い塊が入った袋をちらりと見て言い放つ。
あんな殺人スコーンを人に食べさせるなんてどうかしてる。
気持ちだけ受け取ってお腹は満たされるのだ。




「せっかくだからイギリスも楽しんでくれば? 見た目からしてやる気っぽいし、アメリカあたりは笑ってくれるんじゃない?」
「な、なぁ! ほんとは欲しいんだろ!? 照れてるだけだろ!?」
「私は至って正常でーす」




 まるで人の話を聞いていないイギリスを見限り、お菓子の匂いが充満する廊下へと飛び出す。
プレゼント用のお菓子はばっちり大量に作ってきた。
目標はおやつ10日分だ。
手始めに味にレベルではトップを争うイタリア兄弟とフランスを探す。
3人とも女の子には甘いから、3人前ずつくらいお菓子を恵んでくれそうだ。




「あ、
「探してたよロマーノ。お菓子ちょうだい、でなきゃくるんを引っ張るぞ」
「へぇ、責任取ってくれんなら引っ張っていいけど?」
「責任?」




 耳を貸せと言われ、大人しくロマーノの口に耳を近づける。
耳から真っ赤になった気がした。
慌てて手作りクッキーを取り出し手に握らせる。
次いで出された包みを受け取ると、ロマーノから1,2歩下がって距離を置いた。




「それ、フランスが言ったら確実に捕まると思う」
「ちょっとときめいたろ? イギリス様に虐げられてるは見てて辛いし気分転換に」
「お気遣いどうも。今日は殺人スコーンから逃げてるのよ」
「もらっても俺の近くに持って来んなよ!?」





 ロマーノと別れた後は、立て続けにヴェネチアーノやドイツに会った。
どれも美味しそうでどれから食べようか迷ってしまう。
幸いみんな日持ちするものをくれたから、生徒会室にあるイギリスから慰謝料として分捕った立派な食器棚に仕舞っておこう。
あの棚の中には、いろんな国からもらった美味しいものがたくさん入っている。
サルミアッキやリコリスもたまに入っているが、あれは気まぐれでイギリスに食べさせている。
この間お礼で貰った紅茶とティーカップはスーパーに売ってるそれらとは比べ物にならないくらいに高級品みたいで、もらったきり棚の奥に眠っている。
もっと言えば、美味しい紅茶の淹れ方に自信がない。
私はもらったお菓子を袋に詰め込むと、みっともない顔で別れたイギリスの元へ一度戻ることにした。
恨みはずっと抱いてそうな人だから、一度様子を看ておいた方がいいだろうし。





「ただいまー・・・。ちょ・・・、どうしたの、何召還してんのイギリス!?」
「俺以外の幸せそうな奴はみんな滅びればいい・・・」
「やめなさい! ほら、そっちも大人しく召還されない!」





 どす黒い病んだ笑みを浮かべ悪魔を呼び出そうとしているイギリスを魔法陣から突き飛ばし、超常現象からぱっくりと開いた床から出てきた悪魔の頭を手で押し戻す。
なんてものを召還してるんだ、このメルヘン国家は。
メルヘンはまだいいが、ダークファンタジーは勘弁願いたい。
呼び出すのは楽だが、送り返すのは大変なのだ。
ほら、下手に悪魔に素手で触ったから手がひりひりする。





「な、何やったんだよ! 気でも狂ったのか!?」
「同じこと言い返したいんだけど。何よ、たかがハロウィンくらいで」
「『たかが』じゃねぇよ! ほら、手を出せ!」





 乱暴に手を取られ、びりりと手に痛みが走る。
しかめた顔に気付いたのか、イギリスは急に優しい手つきになってあちこち触り始めた。
痛いかと尋ねられ素直に頷く。
誰のせいでこうなったと思ってるんだ、少しは反省してほしい。




「手に力は入るか?」
「さぁ・・・、痺れてるから案外入らなかったりして」
「じゃあ俺を殴ってみろ」
「生憎と私、美形の顔を殴ることはしないって決めてんの」




 美形だから総じて好きってわけでもないんだけど、イギリスは何を思ったか顔を紅くした。
照れだしたんだろうか、私から微妙に視線を逸らしてる。
イギリスを馬鹿にしようとは思ってないけど、私の周りに美形は珍しくない。
フランスも黙ってさえいれば超かっこいいし、イタリア兄弟は天使だ。
口に出したら調子に乗るから絶対に言わないけど、正装して口を開かないプロイセンには見惚れる。
だからイギリスだけが特別かっこいいわけではないのだ。
緑色の瞳はすごく綺麗だなとは思うけど。





「じ、じゃあ俺の手は握れるか?」
「うん。ほら、握手もできるよ。ていうかまず謝れ」
が勝手に乱入してきたんだろ」
「・・・・・・あのね、1つ忠告してあげるけど、少しは素直にならないと好きな女の子ができても振り向いてもらえないよ」
「素直になってもどうせ見向きもされねぇよ」




 握手をしたままイギリスがもう片方の手を重ねた。
労わるようにゆっくり撫でてくれてるけど、それがとてもくすぐったい。
今からイギリスが珍しくも真面目な話をしようとしているのに、途中で笑ってしまいそうだ。




「何ふり構わずアピールしてんのにちっとも気付かねぇし、あれこれプレゼント贈ったりしたのに靡かねぇし・・・」
「イギリス、恋バナはちゃんと聞くからとりあえず手は離して、くすぐったい」
「たまには味の引き立て役になってやろうと思って特注のティーセットやったのに、使いもしないでこれまた俺がやった食器棚の中に放置。
 挙句には体質的に合わないとか言われて、素直になってられるか」





 世の中、とんでもない女もいるものだ。
こんなにまでイギリスが熱烈に想ってるのに気付いてやれないとか、そりゃイギリスが荒むのも当たり前だ。
・・・ほんとに、突然素直になって告白されても困るんだけど。
これも悪戯の一環なのだろうか。
やっぱり他のみんなと悪い意味で格差をつけたのが大英帝国の気に障ったのだろうか。
戸惑っている私を余所に、イギリスは何かを決心した目で私をまっすぐ見つめてきた。
まずい、撫でられていた手の動きは止まったけど、今度は汗をかいてきた。




「お菓子でも紅茶でも家でも服でも欲しい物は何でもやるから、もう俺に悪戯し続けるのはやめてくれ。お菓子が要らないんなら、俺の愛を受け取れ」
「悪戯してたつもりは全然なかったんだけど・・・」
「自覚の有無はこの際どうだっていい。受け取るか受け取らないかだけ決めろ」





 イギリス曰く、学校が休みの時に日本さんを訪ねてくる私を見て、なんか羨ましいなと思ったらしい。
あの変わり者の日本が傍に置いているくらいだから、きっと自分に対しても甲斐甲斐しく尽くしてくれるはず。
可哀想にイギリスは、学園外で会った時にこれっぽちも相手にされていなかった私に騙されたのだ。
友人として駄目なら、まずはお近付きになってそれからじっくり時間をかけて仲良くなろう。
イギリスの魂胆は私によって見事に打ち砕かれた。
どうやら私は事あるごとに、イギリスの恋心を蔑ろにするような行為を繰り返していたらしい。
なんというか、申し訳ない。
散々傷つき玉砕してきただろうに、それでも未だに私を想ってくれているイギリスは相当変わっている。
女冥利に尽きるってこういうこと言うんだろう。
全然嬉しいとは思えないんだけど。





「・・・お菓子とあまりに高級な物以外は受け取るけど、イギリスの意向に沿えるかはわかんないよ」
「素直になっても結局それか」
「私にも言いたいことあるんだから、受け取ってもらえるだけでも先があると思ってよ。まずは私を解放しろ、そして紅茶の淹れ方を教えて」




 解放しろと言った直後に自分から手を振り払った私は、戦利品がたくさん詰まった袋の底を漁った。
まだ残っていた気がする。
やるのは惜しいが、これと一緒に飲む紅茶はさぞかし美味しいだろう。





「余っただけだからね。これあげるからもう私をこき使うのやめて」
「最初から出せば良かっただろ、持ってんなら」
「あ、眉毛間違いしちゃった。シー君用だわ、これ」
「あぁもうわかったから!」





 もらった時と全く変わっていないティーセットを棚から取り出しているイギリスは、なんだかとっても嬉しそうだ。
本場が入れてくれた紅茶も美味しいし、私もこれをマスターするまでは自主退学するの、先延ばしにしようかな。
緑茶と紅茶の淹れ方を混同させながら覚えていく私が退学届の筆を執るのは、まだまだ遠い話だった。









世界の半分くれと試しに言ったら、今の俺にそんな力はないと泣かれちゃった




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