アメリカの場合





 名前を呼ばれたどころじゃなかった。
むしろ名前は、どかばきと嫌な音を立て震え続ける玄関の悲鳴にかき消されつつある。
新手の強盗か押し売りか。
最近高齢者を狙った悪質な訪問販売が横行していると聞くが、遂に我が家も年寄り住宅に認定されてしまったのか。
それは悲しい、私まだ、見た目はこんなに若いのに!




「居留守なんんて認めないぞ! えーい、突撃だ!」
「近所迷惑なんで静かにしていただけます?」




 体当たりをする直前にさっと戸を引く。
勢い余って玄関に飛び込み、そして躓いたのはアメリカだ。
強盗や押し売りといった類よりは安心できるが、ここまで賑やかな登場をされては素直に歓迎できないのも事実だ。




「やあ! 今日もクールビューティーだね! 俺を転ばせるなんて恨みでもあるのかい?」
「こんにちはアメリカ。恨みだなんてとんでもない、ちょっと喧しいなって思っただけ」
「それはジャパニーズジョークかい? 悪いけど全然楽しくないよ!」




 アメリカは大声で笑うと、急に私の腕を掴み取った。
さあ行こうときらきら笑顔で言われるが、どこに連れて行かれるのか私は全く知らない。
また『ホウレンソウ』なしに計画立てたのか、この男は。




「どこに連れてかれるの? 戸締まりしなくちゃいけないんだけど・・・」
「自由の国だよ! 言っただろ、クリスマスはアメリカと過ごしたいって夢の中で」
「私ネバーランドに行ったことはないんだけど」
「なんだい、はネバーランドにも行きたいって? 君も案外お子様でわがままだなぁ」
「私はあなたの頭が子どもレベルなんじゃないかと心配です」




 行くとも行かないとも返事ができないまま、防弾ガラスが張り巡らされた車に乗せられる。
食べなよと言って出されるお菓子はどれもクリスマスカラーだ。
真っ赤なカップケーキって何味なんだろう。
唐辛子味だと言われた方がまだ食材と色合いの合致という点から安心できるのだが、残念なことにプレーン味らしい。
私向こうではなんちゃって断食生活に入ることにしよう。




「俺は世界一の幸せ者かもしれないな! と一緒にクリスマスを過ごせるんだから」
「そこはせめて『かもしれない』じゃなくて断言してもらわないと、無理矢理連れて来られた私の立場ないんだけど」
「俺は世界一にはなれないよ。世界一の幸せ者はヒーローの俺とクリスマスを過ごせるだろ?」
「安心してアメリカ。私は今、どっちかって言うと世界一の不幸者に近いから」
「それもジャパニーズジョークかい? 楽しくないどころか結構俺傷ついてるよ?」




 謝るか慰めるかしてくれよと強請られ、仕方なく頭を撫でてやる。
なぜ私が謝らなければならないのだ。
私はまだ一度だって、勝手に連れてきてごめんよとアメリカに謝られていないというのに。
適当に手をはたいていると、急に目の前が暗くなった。
撫でていたはずの動作を故意に叩くという動きに変えていたのがばれたのかもしれない。
何のためだか眼鏡を外し私に覆い被さっているアメリカは、叩くべき対象を失い宙に浮いたままの私の手を掴んだ。




「慰めてって言ったのに、どうして君の手は俺の頭を叩くんだ」
「アメリカの気のせいでしょ。あと眼鏡外してるからピント合ってないのかもしれないけど、私の手掴んでる」
「わざと掴んだんだよ。・・・君、ほんと俺には靡かないね」
「そりゃこんなに滅茶苦茶されてたら湧く愛情も枯れるって・・・」
「一応愛情はあるんだね?」
「たぶん人並みには・・・・・・」




 アメリカはぱっと手を放すと、代わりにぎゅっと私を抱き締めてきた。
苦しい、痛い、運転手さんいるってのに恥ずかしい。
若さというのは乱暴だ。
相手の気持ちなんてお構いなしに突き進むんだから、巻き込まれた方はたまったもんじゃない。




「俺決めたぞ! 年末はを俺のものにするために頑張ることにする!」
「人をゲームの攻略対象みたいに言わないでくれる?」




 クリスマスが終わっても、アメリカの私攻略ゲームが終わることはなかった。









「日本ー、攻略方法教えてくれ!」「あの子を落とす難易度は神です」




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