限りなく透明な愛







 忙しい。ここ最近のカナダの日常を一言で表現すると、それしか浮かばない。
世界中から多くの人々がスポーツの祭典に参加、あるいは観戦するために訪れる。
少しばかり早く咲いてしまった桜の下で花見をする。
そんな風流な時間を過ごす余裕はカナダには与えられていなかった。
お決まりの透明化現象もこういう時に限って起こっておらず、休む暇がない。
朝から晩まで珍しくも駆け回り、祭典が始まる直前まで緊張と興奮でおかしくなりそうだった。
大好きなクマ太郎を握り締め、カナダは気の抜けない日々を送っていた。
正直、楽しむなんて余裕は作れそうにないかもしれない。




「―――ナダ、カナダ!」
「はい!」




 名を呼ばれ、声がした方を振り返る。
建物の角から手だけを出してひらひらと動かしているそれに近付く。
何が起こるかわからないから不審な物や人には充分気を付けておけとアメリカからもイギリスからもフランスからも言われているが、
カナダはそんな忠告をとんと覚えていなかった。




「カナダ、カナダ」
「何ですか・・・・・・わぁっ、ちゃん!?」




 角を曲がると、防寒具にしっかりと身を包んだが現れた。
関係者以外立ち入り禁止の場所にどうやって忍び込んだのか非常に気になる。
長生きして知恵を蓄えているとはいえ、ただの女の子にあっさりと侵入を許してしまうここのセキュリティは大丈夫なのだろうか。
新たな仕事が増えたと感じつつも、カナダは突然の来客に頬を緩めるしかなかった。




「なんだか忙しい時にごめんね、すぐに用は終わらせちゃうから」
「ううん、こんなとこまで来るの大変だったよね。わざわざ来てくれてありがとう、ほら、クマ太郎も喜んでるよ」
「あれ、そのクマさんそんな名前だったっけ? クマ郎太くんだよね?」
「オ、オレ、クマ郎太・・・・・・!?」




 双方から本名とは異なる名前で呼ばれ、クマ二郎は返答に窮した。
名前を呼んでくれるのならば正しい名前で呼んでほしい。
しかし、違うと言えないのはクマ二郎の優しさである。
優しさがに更なる誤解を与えていることをクマ二郎は知らない。





「えっと、はい、これバレンタインの! メイプルかけられるやつにしようかとも思ったんだけど・・・」
「ありがとう! これ、僕にくれるの? ・・・アメリカと間違えてないよね?」
「なんでアメリカ? カナダにしかあげないよ、それは」




 強請られたら困るから義理用も作らざるを得なかったんだけどねとぼやくにもう一度笑いかけ、カナダは手渡された箱を開いた。
本来ならばハート型であるべきなのだろうが、国旗を意識してかメイプルの形をしたクッキーになっている。
1つ手に取り食べてみると、ふわりと口の中で甘さが広がる。
これは他人に食べさせるのはもったいない美味しさだ。
もちろんクマ郎太にも食べさせるわけにはいかない。
味に若干の心配があったのか不安げな表情を浮かべこちらを見つめているに、カナダは美味しいよと答えた。
安堵の笑みがこれまた可愛らしい。
セキュリティも甘くて良かった。




ちゃん料理も上手なんだね。すごく美味しいからすぐに食べちゃいそうだよ」
「ありがとう! 私ので良ければいつでも作るよ!」
「ほんとに? 嬉しいな、なんだか元気が出てきた」





 遠くで名を呼ばれる。
まだまだ一緒に話をしていたいが、生憎と今は時間がない。
時期が時期であれば一緒にお花見をしたりのんびりしたりとできるのに。
カナダは大会公式マスコットキャラクターのぬいぐるみの頭を撫でているに声をかけた。




ちゃんはずっとこっちにいるの?」
「うん。他のみんなも来てるしカナダも頑張ってるし、私もあちこち行って応援したいし」
「僕も明日からは時間作れるようになるから、ちゃんが見たい競技一緒に観に行こっか」
「いいの!? 別に特別扱いとかしてもらわなくてもいいんだよ?」
「僕がちゃんと一緒にいたいだけだよ。何がいいのかな、フィギュアとかモーグルとか?」




 どの競技を見ても、お互いの国から出場する選手たちはいい戦いを繰り広げるだろう。
彼女のような可憐な人が氷上のダンスを見るのは絵になって綺麗だと思う。
そうだ、会場は寒いからマフラーと帽子と手袋を用意してあげよう。
国旗の色は同じだから、彼女もそれほど抵抗することなく身につけてくれるはずだ。
赤い毛糸の帽子を被った彼女はさぞかし可愛らしいだろう。
他の国のみんなに会ったら、ちょっとだけ自慢してみよう。
彼女と一緒にいれば、空気扱いされることはまずないだろうし。




「ねぇねぇカナダ、私、ボブスレーが観たいな! スケルトンとかも行きたいんだけど・・・」
「・・・うん・・・、ちょっと意外なチョイスだね・・・」
「そうなの? あ、あの、あんまりわがままだったら無理しないで言ってね? 私もカナダと一緒に応援できるだけで楽しいから」
「大丈夫だよ。じゃあ明日の朝迎えに行くね」
「本当にありがとうカナダ。お仕事頑張ってね、私の中ではカナダはいっつも金メダルだからね!」
ちゃんこそチョコどうもありがとう」




 大会関係者の波の中を特に身を隠すこともなく堂々と帰るを手を振って見送ると、カナダはよしと呟き気合を入れた。
本人こそ気付いていないが、を巡る戦いで頂点を極めるのは非常に厳しい戦いだ。
2位や3位ではいけない、金メダルでなければならないのだ。
トップを譲る気はさらさらない。
から貰ったバレンタインデーのチョコレートクッキーが金メダルのように見え、カナダはもう一枚口に入れた。









放送さえされてれば、ボブスレーもスケルトンもリュージュも予選から観戦してるファンなんです




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