メデューサに魅せられて







 外国の人が見る日本人とは、突然がくりと頭を下げる人種だと思われているらしい。
会釈をしているだけなんだけど、そういう習慣がない人たちには驚きの表情で見られている。
かくいう私も、がくりと頭を下げる動作においてはプロの領域に入っていると思う。
特別礼儀正しいわけではない。これはもう、癖なのだ。
もう少し堂々とできればいいのに、いまいち自信が湧いてこないから嫌になる。





「お客さんにおもてなしさせてしまってすみません」
「あっ、いえ・・・・・・。こちらこそ、勝手にキッチン使っちゃってすみません」




 今私が頭を下げているのは、一緒にいる相手が偉い人だからではない。
これは、彼に緊張して顔を直視できないから俯いているのだ。
真っ直ぐ見つめたら、そのまま固まって動けなくなってしまいそうだ。
真っ赤になった顔を見られるのも恥ずかしい。
だから私はずっと、フィンランドさんから微妙に視線を逸らして顔を伏せている。



さん、こっちには観光だったんですか?」
「・・・はい。どこに行こうかはまだ決めてないんですけど」
「じゃあ僕が案内しましょうか?」
「でもご迷惑じゃ・・・」
「とんでもない。ほら、僕の家って二言目にはいつもサルミアッキですから、もっと他の事たくさん知ってほしいんです」
「じゃあ・・・・・・、よろしくお願いします」




 ぺこりと頭を下げると、フィンランドさんも慌てて頭を下げたらしい。
なんだか2人でおどおどしてて変な光景だ。
ソファの上で私たちを見ている花たまごは笑っているかもしれない。
そろそろいいかなと思い顔を上げる。
ごつりと鈍い音がして、頭がじんわりと痺れる。
痛くて頭を押さえると、目の前には似たようなポーズを取っているフィンランドさんがいる。
あ、これはもしかして同じタイミングで頭を上げたおかげでぶつかってしまったのかな。
そう思うと急に恥ずかしく、そして申し訳なくなってきた。




「す、すみません! 私、私・・・・・・、たんこぶとかできてませんか、フィンランドさん!」
「だ、大丈夫です! 僕こそすみません!」





 ぺこり、ぺこり、ごつーん。
前をよく見ず謝ることしか考えていなかった私とフィンランドさんの頭が、またぶつかった。
痛い、さっきと同じ場所にぶつけて痛みも2倍になった。
あぁ、私ったらまたやらかした。
頭を押さえたまま顔を上げようとすると、今度はフィンランドさんが待って下さいと声を上げた。
パニック状態に陥っている私の頭でも、フィンランドさんの言葉だけは一字一句間違えることなく心に届いてくる。






「2,3歩下がって顔を上げませんか? 僕とさん、このままだったらまたぶつかりそうですし」
「そ、そうですね・・・!」





 さすがフィンランドさん、世界一頭が良い国なだけあり、発想もとてもシンプルかつ誰にでもできる確実なものだ。
そろりそろりと後退りをし、ゆっくりと顔を上げる。
今度は何にもぶつからない。
ほっとした表情を浮かべていると、フィンランドさんとばちりと目が合った。
頭を撫で恥ずかしそうに笑っている彼を視界に入れた途端、ただでさえ痛くて熱を持っている頭に更に熱が集まってくる。
どうしよう、そんなはにかみ笑顔で見つめられると困っちゃう。
私は本当にフィンランドさんに弱いのだ。
おっとりした表情や口調、ほっこりとした笑顔。常人には真似できないネーミングセンス。
彼の全てが私にはきらきらと輝いて見えてしまうから、ろくに目を合わせることもできないのだ。





さん・・・?」
「あ、はい、すみませ・・・・・・」




 何も怖いものはないというのに後退りした私の後頭部に、本日3回目の衝撃が襲った。
柱に頭をぶつけ痛みによろめきながら、こんなに一気に頭を痛めつけると壊れてしまうのではないかと不安になる。
それにしても、好きな人の前でどれだけみっともない姿を晒せば気が済むのだろう。
よろめいた先にあった壁にとどめの頭突きを食らわせると、私の視界はそのまま暗転した。































 今日は、いつの段階から最悪の日になったのだろう。
フィンランドさんと会えて天にも昇る思いだったのに、私のうっかりとドジで意識が本当に飛んで行っちゃうなんて。
迷惑ばっかりかけて、嫌われたかもしれない。





「・・・さん。さん!」
「・・・はいっ!」




 すぐ近くで名前を呼ばれ、思わず大きな声で返事を返す。
目の前にはフィンランドさんの心配そうな顔。
何だろう、この距離の近さは。
離れようと身を引くと、ごつごつとした冷たい何かにぶつかった。




「それ以上下がったら、また頭ぶつけちゃいますよ」
「え、え、でも・・・!」
さん、頭は痛くありませんか? 僕びっくりしちゃいましたよ」
「え、あ・・・・・・、・・・すみません・・・・・・」




 後頭部にそっと触れると、膨らみ熱を持ったたんこぶを見つける。
あれだけぶつかればさすがに頭の表面積も大きくなってしまうらしい。
氷嚢をたんこぶに当てたまま、今度は注意深く体を起こした。




「ソファまで運んでくれたんですか?」
「はい」
「重かったですよね・・・、すみません」
「いいえ、さんはもうちょっと食べた方がいいと思いますよ」




 あんまり軽かったからびっくりしちゃいましたと言われ、恥ずかしくなる。
重いといわれるよりは安心するけど、余計な手間を掛けさせてしまっては合わせる顔がない。
真っ赤になった顔が見られたくなくてまた俯いていると、フィンランドさんの寂しげな声が聞こえてきた。




「なんだか僕、さんのためになること全然やってませんね」
「そんなことないです! あの、ありがとうございます、色々・・・」
さんと会えて嬉しくて、僕だけちょっとはしゃぎすぎてました」
「嬉しい・・・?」




 意外な一言を聞き、そっと顔を上げフィンランドさんを見つめる。
私のせいでフィンランドさんが悲しそうな表情を浮かべている。
フィンランドさんは一生懸命私を楽しませようとしてくれていたのに、私ったら何をしていたんだろう。
フィンランドさんと会えて話ができたことで浮かれていたのは私の方だというのに。





「フィンランドさん!」
「は、はい!」
「その・・・、私、フィンランドさんと一緒にお出かけしたいです!」
「でもさん、僕の事・・・」
「嫌いなわけがないです! ・・・直視できないくらいに好き・・・・・・なんです・・・みません」
さん!?」




 意を決して真っ直ぐフィンランドさんを見つめる。
まただ、また顔が熱くなってくる。
熱が上昇するにつれ、私の顔がまた下を向く。
どさくさに紛れて告白した気がするけど、想いは届いただろうか。
それ以前に、『好き』という言葉は聞こえただろうか。
何にせよ、これでまたフィンランドさんを視界に捉えることが難しくなった。
あぁ、やっぱり今日は人生最悪の日だ。





さん・・・・・・、お出かけするのはまた今度にしましょう」
「そう、ですよね・・・。すみません、私」
さんのたんこぶが治ったら、どこにだって行きましょう! ですから今日はまず、僕の顔を見られるようになって下さい」
「え・・・」





 フィンランドさんの手が伸び、俯いたままの私の頬に触れる。
びっくりして顔を上げると、今度はものすごく嬉しげな、でもちょっと頬を赤らめているフィンランドさんが目に飛び込んでくる。
頑張れ、頑張るんだ私。もうちょっとだけ耐えるんだ。




さん・・・、大丈夫ですか?」
「大丈夫で・・・す・・・・・・」




 今なら私、体中の水分を蒸気に変えられそうだ。
沸騰した頭でぼんやりそれだけ考えると、私はそのまま前のめりに倒れこんだ。









お出かけの際は、赤く染まった頬を隠すための帽子を忘れずに




リクエストして下さった方へ
菜乃樺さん、10万打リクエストをしていただき、どうもありがとうございました。
フィンランドさんと似た感じの『ペコー』ってしてそうな女の子にしたつもりなんですが、イメージに近い女の子になっていましたでしょうか。
ただのドジっ子になってしまった感が否めませんが、そこらへんには目を瞑っていただけたら嬉しいです。
今後とも、月華ならびに風華凪をよろしくお願いいたします。



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