氷温めますか







 人の介抱は何度もしたことがある。
お医者さんや看護師さんといったプロの人には技量は劣るけど、私には長年の人生に裏打ちされた経験がある。
だから、たいがいの患者のお世話はできるのだ。
でも今日は違った。
一言で言えば、患者が非常に扱いにくい。
体調最悪なんだから少しくらい大人しく、そして殊勝にしておけばいいのに、どうしてこの人は変な事ばっかり言うんだろう。
そんなに私は信用されていないのだろうか。
信用されてない妻って、何。




「気になるのはわかるけど、そんな体じゃ保たないよ」
「・・・だって」
「は?」
だって、こんなとこから早く出て行きたいって思ってるんでしょ、どうせ」
「・・・ちょっと、何それ」



 病人だか怪我人だかになって気持ちも落ち込んでしまったのか、とんでもない発言を続けるアイスランドに思わず怒りを孕んだ声で返す。
ただの友だち、王子様みたいな容姿だと思っていただけの私を温泉で上せさせて、強引に恋人にしたのはどこの誰だと思っているのだ。
ごね得とばかりにノルウェーお義兄様と結託して揉めたふりをし、本人の思考が追いつく前に妻にしたのはどこの島国だと思っているのだ。
新年のご挨拶では妙な知恵を身につけ、嫌がる嫁を完璧に無視して好きなようにし始めたのはどこのアイスランドだ。
訳もわからぬままに遥々アイスランドに連行され嫁になったというのに、今になってそれを言うのか。
今日は私は悪くない。
悪いのは、私の気持ちを慮ることなくアホを抜かす旦那様だ。




「不景気で調子悪いし、火山噴火するし、氷河も溶け始めるし。・・・みんな僕のこときっと恨んでる」
「火山は仕方ないでしょ、天災なんだから」
「でもだって、火山のせいで飛行機飛ばなくなって空港閉鎖されて帰るに帰れなくなって、僕に愛想尽きたでしょ」
「いい加減怒るよ、アイスランド」
「もう怒ってるじゃん」




 体調を壊しても減らず口ばかり連ねるアイスランドの額を、私はぺしりと叩いた。
アイスランドとはそれなりの期間一緒に暮らしているけど、まともに会話が噛み合ったことはほとんどない。
ほとんどどころか、一度も噛み合ったことがないかもしれない。
相変わらず何を考えているのかよくわからないし、知ろうと思ってこっそりリサーチかけてみても途中ではぐらかされる。
でもなのだ。アイスランドは、私のことを一切知ろうとしない。
ただそこにいるというだけで、例えば好きな食べ物とか花とか、そんなことは一度も訊かれたことはなかった。
そして今日は、勝手に人の心を読み取ったがごとき『早く出て行きたいんでしょ』発言。
これはいい加減切れてもいいだろう。




「アイスランドはそんなに私にいなくなってほしいわけ?」
「何言ってんの?」
「あのね、私、別に飛行機なんて乗らなくてもその気になれば雲の上の実家経由でどこにだって行けるの。何だったら今すぐ、あなたの目の前で昇天しましょうか」




 いや、この際一度、本当にやった方がいいかもしれない。
え、ちょっとと布団の中から声を上げるアイスランドを無視して立ち上がる。
後ろを向き、雲の上の実家にお伺いを立てる。
まぁ、拒まれることはないだろう、一応実家であるわけだし。
ああ、これがいわゆる『実家に帰らせていただきます』ってやつなのか。
ようやく普通の夫婦らしい展開になったことに妙に安心していると、急に背中に重みが加えられた。
首筋に熱い吐息が触れ、胸の前でアイスランドの両腕が交差する。




「何よ、アイスランドのお望みどおり実家に帰ってあげてるじゃない。私がいて具合が急速に良くなるわけでもないんだし、いなくても構わないんでしょ、どうせ」
「そんなこと言ってない。けど、やっぱり僕のこと嫌いになった?」
「心配してるこっちの気も知らないで変な事ばっか口走る旦那様にはさすがにね。離してよ、寝てれば治るんだから今は大人しくしといて」
「愛する妻が出て行こうとしてるの止めないわけないでしょ」
「あ・・・っ!? 私の事好きだったの!?」
「・・・なんで嫌いな人とわざわざ結婚するわけ、意味わかんない」




 熱を出して頭がおかしくなったのか、今日のアイスランドはいつもの彼とは程遠い。
いつもはこんな情熱的なこと口では言わないし、そもそも私に構わない。
こんな事言うのは・・・、そうだ、強引に恋人にさせられた時と、いつの間にやら彼の妻になっていた時だ。
こうやって流されに流されて今に至ってたんだ。
今回は、病人だから人恋しくなったのだろうか。
そうだとしたら別に私でなくてもいい。
大体、いなくなった方がいいとか愛想が尽きたとか、初めに言い出したのは向こうなのだ。
やっと目が覚めて、私なんかよりも数倍美人でスタイル抜群なお姫様みたいな女の子に出逢えたのかもしれない。
だから病人であるという隠れ蓑の状態でさりげなく別離を匂わせたのだ。
よし、そういうことにしておこう。
悲しいけどそれは違うって断言できない。




、どこにも行かないで」
「そんなこと言っちゃって、どうせ嘘でしょ、嘘嘘」
「嘘じゃない。僕はと一緒にいる時が一番幸せだから、が向こうに行くんなら僕は何をしてでも止める」
「う・・・。・・・・・・とりあえず、離してくれませんかアイスランド」
「どこにも行かないって約束するなら」
「約束する。するからせめて腕を外して、お願い」




 流された。今日も確実に、アイスランドの手に上で踊らされた。
渋々といった様子でゆっくりと体が離れていく。
まったく、起き出したらいけないから大人しくしておけと言ったのに、勝手に動き回るだなんて意味がわからない。
そこまでして私を外に出したくなかったのかと思えば少し嬉しいけど、私のせいで無理をして体調が悪化するのはすごく困る。
・・・どうやら私も、なんだかんだでアイスランドを愛しているらしい。
あそこまで口説かれてしまっては、帰る気分でもなくなってきた。
今はアイスランドの看病をして、後々から文句やお小言をぶつけてくるかもしれないイギリスたちと対峙する術を考えるべきだ。
それが私ができることなんだろう。
天災を察知することも傷を癒すこともできないけど、それでもは私は必要とされてるんだから頑張るしかない。
浮気の心配もとりあえずはなさそうだったし。





「うん?」
「本当は帰れるのに帰らなかったのは、僕が心配だったから?」
「苦しむ旦那様見捨てるほど非情じゃないし・・・・・・。ほっとけないでしょ、アイスランドのこと」
「・・・
「今度は何!?」
「ありがとう、やっぱりは僕のお姫様だと思う」




 いつ見てもどきどきしてしまう端正な顔が近付き、距離がなくなる。
・・・病人は病人らしく静かに、大人しく眠っておいてほしい。
下手に心を掻き乱さないで欲しい。
ああ、いつもよりも熱い唇だなとか余計なことを考えると、こっちまで熱が出てしまうではないか。



「は、早く元通りになるといいねー」
、可愛い」
「ちょ・・・っ、そういうこと言ってる暇あるんなら早く寝て、でもって治って!」




 恥ずかしさを隠すために、毛布をアイスランドの顔を覆うくらいにまで引き上げ被せる。
まったく、油断をすればこれだからたまらない。
何度これに騙されはぐらかされ、篭絡されたことか。




「・・・駄目だ、私まで熱出てきそう・・・」
好きでしょ、こういうの」
「そうですね・・・」




 アイスランドの体調が良くなったら、今度は思いっきり扱き使わせてもらおう。
私がどこにも行かないと知り安堵したのか、ここぞとばかりに甘えてくるアイスランドの相手をしながら固く誓ったのだった。









あえて訊かずとも嫁の趣味や嗜好は網羅してらっしゃる、夫の鑑アイスランドさん




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