そのトラブル、マニュアル保障外につき







 珍しい日もあるものだ。
私はドイツの自宅でおもてなしのコーヒーを啜りながら、静かな室内をぐるりと見回した。
ドイツ本人は物静かな男だけど、彼の周囲の人々は皆揃いも揃って賑やかだ。
同居しているプロイセンなどはその際たるもので、私がお家にお邪魔しているといつも何かと突っかかってくる。
鬱陶しいったらありゃしない。
ジャガイモ滅ぼしてやろうかと何度も言いかけたが、その度にそれをしたらドイツも悲しむと気付いて断念している。
それがわかっているからプロイセンも調子に乗るのだろう。
ああ、考えるだけで苛々してきた。




「ねぇドイツ、今日はみんないないけどあれかな。やっと私たちに気を遣ってくれるようになったの?」
「そう・・・かもしれないな」



 あれ、ドイツが言葉を濁してる。
何か後ろめたいことでもあったのかな。
まあ、ドイツは毎日良くも悪くも真面目に生きてるから、少しくらい羽目を外していても問題はないだろう。
羽目を外された相手が許さなくても、私が2人前許す。




「ドイツ珍しいね。いつもはすごく規則正しくデートプランをこなすのに、今日はのんびりさせてくれてる」
「のんびりするというプランだ。次は・・・」
「あ、いいよいいよずっとこのままで。なんだかねー、やっぱ歳なのかな、外出てうろちょろするのが億劫で」
「それは単なる運動不足だろう。適度な運動と規則正しい生活を送ることが健康の元だ」
「まさか私にも、いつかの日本さんみたいな生活させる気? 駄目駄目、あんなのされたら私死んじゃう」




 飲み干して空になったカップをテーブルに置き、ぎゅっとクッションを抱き締めてソファーに倒れ込む。
のんびりぐうたら万歳と言うと、ドイツの眉間に皺が寄る。
こうやってるのが私じゃなくてイタリアだったら、すぐさま『イタリアァァァ!』とでも叫んでるんだろう。
難しい顔をするだけに留めてるなんて私、つくづく甘やかされてるなあ。




「ドイツもたまにはのんびりした方がいいよ。ほら、そんなにがっちり着込んでないで自分の家なんだからさ、もっとリラックスしちゃえば?」
「・・・・・・だろう」
「ん?」
「俺がやりたいようにすれば、今度はに負担がかかるだろう」
「あー・・・・・・、それはそうかも。でも我慢するのは体に良くないよ。大丈夫大丈夫、もういい加減ドイツのドSにも慣れたから」




 慣れるのもどうかと思うんだけど、確実に馴らされていったのだから間違いではない。
Mに目覚めなかっただけ良しとするべきだ。
そういった特殊な性癖を持たない子を相手にドSになって楽しいのか、そこのところは私にはわからないけど。




「でもほんとにドイツってすごいよねー。そりゃ普段の訓練でイタリアも泣くわけだ」
「イタリアは僅かなことで泣く。格段厳しくしているわけではない」
「いや、傍から見てもドイツは厳しいよ? 厳しいドイツも好きだけど」
「俺も、そうやっていつでも自分のスタイルを崩さないが好きだ」




 私は、軽々私を抱え上げたドイツの首に腕を廻した。
うーん、今日もムキムキがあったかい。



































 なにやら部屋が騒がしい。
賑やかなお客さんが勝手に家に入って来たらしく、ドイツードイツーと泣き声交じりの叫び声を上げながら、どたどたと走り回っている。
えっと、ドイツは今は確か庭のジャガイモの収穫をしてるんだっけ。
穫れたてのジャガイモって美味しいんだよね。
そう言ったらドイツ、料理の支度を始める直前にジャガイモを掘りに行ってくれるようになったんだ。
本当に私に甘いっていうか、ジャガイモへの執着が強いというか。
私がぐうたらしてる分、きちきち動いてくれるドイツの存在が3割増しで頼もしい。




「ドイツードイツー!!」
「・・・え」




 シャワーの音を聞きつけたのか、声の主―この場合どう考えてもイタリアしか考えられないんだけど―が、勢い良く浴室のドアを開け突入してきた。
突入しただけではない。
おそらくいつもそうしているのだろう。
シャワーを浴びていようが何ら気にすることなく、ぎゅっと私にしがみついてきた。




「ドイツードイツー、俺、俺、うわあぁぁぁぁん!」
「ちょ、あの・・・・・、イ、イタリア・・・?」
「ふえ? ムキムキじゃなくてふにふにしてる・・・?」
「・・・あの・・・、叫んで、いいかな・・・・・・?」
「ヴェ、ちゃん!? え、なんでなんで、どうしてちゃん裸な「きゃあぁぁぁぁーーー!!」
「どうした! イ、イタリア、お前まさか・・・・・・!?」
「ち、違うよドイツ、誤解だよ! 見ちゃったけど!」
「ィィィイタリアアァァァァァ!!」





 土で汚れた手のまますぐさま現れたドイツは、浴室でしがみつかれ固まっている私と、しがみついたまま固まっているイタリアを見て顔色をさっと変えた。
真っ青になったかと思うと、今度は真っ赤になってイタリアを怒っている。
イタリア大丈夫かな。100パーセントイタリアが悪いというのに、少しだけ彼を心配してしまう。
だってイタリアの顔、濡れてかかったお湯じゃなくて、涙でぐしょぐしょなんだもん。




「どうしてお前は勝手に浴室に入るんだ!」
「だって、ドイツの家のシャワールームにはドイツがいるのが普通でしょー。えっえっ、ちゃんがいるなんて思わなかったんだよお・・・」
「まあそりゃそうだよね。今のはイタリアが正しいよね」
、お前も流されるな!」



 あら、私も一緒に怒られた。
ごめんねちゃんと泣きながら謝るイタリアの頭を、よしよしと小さい子にするように撫でてやる。
裸なんて見られても減るもんじゃないし、相手はイタリアだったんだし、私も大声上げちゃうなんて大げさすぎたかな。
私はドイツへ顔を向けると、許してあげてと頼み込んだ。
このままだとイタリアがドイツのことを嫌いになっちゃうかも。
ドイツは怖くてドSで厳しいけど、本当は甘々で優しい男なのだ。
今だってイタリアから見ればただの鬼にしか見えてないんだろうけど、私から見ればドイツは、私のことを思って怒っているだけなのだ。
こんなに私の大して立派でもない身体を大切にしてくれるなんて、泣ける話ではないか。
私よりも先にイタリアが泣いちゃってるけど。




「まったく、お前もも・・・・・・。いいかイタリア、これを機にこれからは勝手に浴室に入ってくるな」
「そうだね、今度からは気を付けてねイタリア」
ちゃんほんとにごめんね・・・・・・。でもちゃん、柔かくて気持ち良かっ「手を上げろイタリア。やはりお前には仕置きが必要なようだ」




 ヴェェェェと悲鳴のような泣き声をまた上げ始めたイタリアを前にすれば、もう空笑いしか出てこない。
ドイツを怒らせるために言っているのか、私とフォローするために言っているのか、きっと言っているイタリア本人もわかっていないのだろう。




「まあまあドイツ落ち着いて。あ、そうだドイツ、せっかくイタリア遊びに来たんだし、一緒にご飯食べようよ」
「ヴェ、いいのちゃん!? パスタある!?」
「パスタはないけど日本食作ったげる。いいよねドイツ」
「まあ、がいいなら構わんが・・・・・・」





 俺のプランはどうなるんだ。
ドイツがそんな事ぼやいた気もするけど、聞こえないふりをする。
ドイツのプランはついさっき前倒ししてやったんだから、もういいよね。
私はイタリアを伴い、キッチンへと向かうのだった。









「それで、結局イタリアは何しに来たの?」「あー、忘れちゃったー」




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