アルティマチュールにいらっしゃい







 日本さんお元気ですか。
人間が住む最北の、遠い未知の国アイスランドへ私が行ってどのくらいの月日が流れたんでしょうか。
いつの間にやら私の旦那さんになっていたアイスランドは、相変わらず何を考えているのかよくわからない人です。
それでも夫婦生活が破綻していないのはひとえに、私が努力しているからだと思います。
アイスランドの前では大和撫子も2歩下がって歩くってことも通用しません。
そんなことやってたら本当に会話がなくなります。
あの人、基本的に無口なんです。口を開いても言ってる意味がわかんない。
そのくせ、私が彼を放っておいたら拗ねてごねて甘えてくる。
私は何と一緒に暮らしているのか時々わからなくなります。
実はこの人、犬か何かじゃないでしょうか。
うん、きっとそうに違いない。
そうじゃないと、今私の膝の上にアイスランドが頭を置いている意味がわかんない。




「・・・いつの間にここに」
が1人でぶつぶつ呟いている間に。1人で話すくらいなら僕に話しなよ」
「いい、アイスランドのことをアイスランドには話せない」
「悪口言ってたの? 意味わかんない」
「悪口じゃないよ。悪口言えるほど私、アイスランドのことよく知らないもん」




 そう、私はもうずっとアイスランドと一緒にいるのにアイスランドがどんな性格をしているのか全然わかっていない。
『意味わかんない』というフレーズは、アイスランドの言動を見た私たちが使うべきフレーズだと思う。
ここに来てから私が一番たくさん使った言葉は間違いなく『意味わかんない』だろう。
1日に3回は使っている気がする。
正直、私がここにいる理由とか存在意義とかもわからなくなってきた。
私って人に必要とされてたり信じたりされてないと生きてけない思いの塊のような存在だから、これは由々しき問題だ。
今の私は確実に日本さんよりもアイスランドと一緒にいる時間が長いから、アイスランドに想われなくなったら消えるな、100パーセント。
訳のわからない人物に命を託していることが不安でたまらない。
今宵の眠りが永久の眠りになるんじゃないかとか考えてしまう。
やだやだ、ネガティブ思考が一番危ないってのに。




「あのさアイスランド。アイスランドは私の命の動力源が何だかわかってるよね」
「実は野菜なくても生きられるんでしょ。あれないと調子悪くなるだけで」
「うんそう、それは当たってる。ねぇ、わかって今の生活なんだよね」
「まだ足りないの?」
「まだってちょっと・・・・・・。このままじゃ私、確実に逝っちゃう」





 膝の上にあるアイスランドのふわふわさらさらの髪をそっと梳いてやる。
私はアイスランドを愛しているのだ、これでも。
王子様という強烈な先入観と刷り込みがあるせいか、意味のわからない言葉を連発されても嫌だとも鬱陶しいとも思わない。
ああ、今日もアイスランドはアイスランドだと思ってしまうくらいだ。
感覚が麻痺しているのかもしれないけど、そういうことを考えちゃいけないというのは随分と昔に学んだ。




、寂しいの?」



 アイスランドのしなやかな指が私の頬に、目尻に触れる。
いつの間にか泣いていたらしい。
そんなことも気付かないくらいに命の灯火が弱っているのだろうか。
寂しいと答えると、アイスランドがむくりと起き上がって私の前に座り込む。
何も言わずに涙を拭ってくれるその手つきだけは優しくて、逆に心にぽっかりと開いた穴の虚ろさが強くなる。
信じてくれるというのはすなわち愛してもらうこと。
足りない、愛が足りなくて死んじゃう。




「アイスランド」
「何?」
「全然足りない。私のこともうなんとも思ってないなら捨ててくれていいよ。私、ほんとに」





 ぎゅうっと不意に抱き締められて言葉が途切れる。
暖かなアイスランドのぬくもりを私にも分けてほしい。
特別外が寒いわけでもないのに、むしろ今世界中は異常なまでに暑いのに私の体はひんやりとしたまま。
ぽろぽろと溢れてくる涙だけが熱くて、涙から私の命が流れているような気分にさえなる。
そう思うとますます悲しくなって、涙を止めようと思っても次から次に命の欠片が零れていく。




「・・・泣くほど寂しいの?」
「う、う、だって、私だけ頑張ってもアイスランド全っ然・・・」
「ごめん、ごめんね。僕はみんなからこんなに離れた所に住んでるから、人との接し方がよくわかんない。ノーレたち以外の人を好きになったのはが初めてなんだ。
 だから、どうすればが笑って、幸せになってくれるのかわかんない」
「私のこと、まだ好き?」
「嫌いだと思ったことがないからここにがいる。大好きだから、愛してるから僕が近くにいるのに寂しいなんて言わないで。
 足りないならたくさんあげる。いらないって言うくらいにあげるから、ちゃんともらって」




 今日だけで3か月分くらいのアイスランドの言葉を聞いた気がする。
言葉を聞いてまた涙が溢れてくる。
これは寂しくて流す涙じゃない、嬉しくてほっとして出てきた涙だ。
でもアイスランドは私の涙の違いがわからないみたいで、珍しく動揺している。
頭を撫でてみたり涙を拭き取ったりしてるけど、私の涙は止まらない。
困り果てたのかパフィンまで呼んで私をあやし始めたりして、なんだかちょっとおかしくなってきた。
あのアイスランドが私1人のために慌ててる。
もしかして、私が思っていた以上にアイスランドは私のことをずっと想ってくれていたのかな。
泣き笑いを浮かべていると、完全にお手上げ状態になったアイスランドが急に真顔になった。




「手っ取り早く命の動力源あげる」
「・・・え」




 唇にアイスランドのそれが押しつけられ、涙がぴたりと止まる。
私も意外と現金な女だ。
新たに取り込んだ命を手放したくないから、欠片の放流を中止した。
でも不思議、ただキスしてもらっただけで体が暖かくなってきた。
元気になったと尋ねられ頷くと、ようやくアイスランドも笑う。




「これから毎日・・・ううん、1日3回くらいに命の源あげる」
「3回は多いよ・・・。3日に一度くらいで私は充分満足だよ?」
「駄目。いらないって言っても勝手にあげる。僕はのことを世界で一番愛してるから」




 あ、そういえばプロポーズされた時、アイスランドは世界中の誰よりも私を愛する自信があるって言ってくれたっけ。
だったらちゃんと約束守ってもらうべきなのかもしれない。
私は涙でちょっとぐしゃぐしゃになった顔をアイスランドの胸に押し付けた。









朝起きた時に1回、仕事から帰ってきて1回、寝る前に1回




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