悪戯スナイパー







 ハロウィンというのは素晴らしい日だ。
由来なんて知らないけど、人にお菓子を合法的に強請れる日なんてこの日くらいだ。
しかも、もらえなかったら問答無用で悪戯も決行できる。
女神なのにその性格は小悪魔のようとここ数百年言われまくっている私にとってハロウィンは、絶好の狩りの日だった。




「ということで、お菓子強請りにヨーロッパ行ってきます」
「お菓子の忘れ物はありませんか? フランスさんとイギリスさんの所には必ずお菓子を持って行くんですよ」
「大丈夫です! 不測の事態の備えてEU分は持ってってます!」




 大量にお菓子を詰めたおかげでリュックの中はぱんぱんだ。
1人分はそう大したことないんだけど、これが30袋くらいあるんだからそれなりに重いのも当たり前か。
あげた分以上はしっかりともらう予定だから、最近流行りのエコバックも2つほど持ってきた。
きっと帰りはバーゲン帰りのお姉さんのように両手がエコバックで塞がってるんだろう。
考えただけでお腹が減ってきた。




「ケーキにクッキーにプリンにー・・・。あっ、クーラーボックスも持ってっとこう」




 準備を整えいざ戦場へ。
今年の目標はずばり20個だ。
































 18個だ。
18個のお菓子を18の国と地域その他からもらった。
明らかに人が食べるものではない素材の残骸を渡しやがった某眉毛も1人いるが、それも含めると18個だ。
目標に2個足りない。
妥協ができればいいのだろうが、食べ物に対する執着心は生まれながらに強いので諦められない。
どうしようかな、目ぼしい国にはもうお邪魔しちゃったしな。
手持ちの世界地図と睨めっこをし、残る2個をもらえような国を探す。
・・・あった。
ヨーロッパのだいたい真ん中、アルプスの山々と共存している永世中立国が。
ここに行けばスイスとリヒテンシュタインからもらえて、目標の20個に晴れて到達する。
命の危険を感じなくもないが、きっとスイスは何か恵んでくれる。根拠はないけど。
私は覚悟を決めると、スイスの領土に足を踏み入れた。




「スイスー!! ヨーロレイホー!!」
「吾輩の領土に勝手に入ることは許さん!」
「トリックオアトリーきゃー!!」




 ダショーンと銃声が聞こえたかと思うと、耳元すれすれを弾丸が通過していく。
びっくりした。昇天するかと思った。
今のって狙われたの、威嚇射撃だったの、どっちなの?
ドキドキしながらもスイスからお菓子をせしめることが諦め切れなくて、こそこそと侵入を図る。
あ、第2撃がきた。
今度はスイスも本気なのだろう、絶対に逃げられない。




「ま、待って待って私! だよですわあ・・・っ」




 あ、ローマさんこんにちは。
直撃してしまったのか単に驚きすぎてしまったのかはわからないけど、私の魂は数分間確実に雲の上の実家に里帰りしていた。





































 うーん、体が痛い。
これは間違いなくどこか掠めたな。
撃たれたのは初めてじゃないからわかる。
さすがはスイスだ、狙い過たず私を消しにかかったらしい。
しかしここはどこだろう。
天蓋つきのベッドだなんて、敷布団生活の私にはふかふかすぎて落ち着かない。
眠りの森の美女はよくこんなふかふかのベッドで何年も眠っていられたと思う。
体が沈み込みすぎて、逆に寝た気がしない。




「いやーでも、雲の上の実家にはそもそも昼夜の感覚ないからベッドなかったけどなー・・・」
「・・・それは寝言か」
「いや、もう起きてる起きてる・・・ってわ、スイスじゃん! まさか殺し損ねたからとどめを刺しに!?」
「殺す奴を介抱するはずがないであろう。まったく・・・、来るなら事前に連絡をしろ」
「すみません・・・・・・。あっそうそうスイス、トリック・オア・トリート」





 お菓子ちょうだいと言って手を差し出すが、スイスはぴくりとも動かない。
あれ、発音が悪かったのかな。
念のためもう一度言ってみるけど、やっぱりスイスは動かない。
どうしちゃったんだろう。
まさかハロウィンというイベント自体を知らないのかな。
だったら意味を教えてあげた方が後学のためにもいいんだろうけど、生憎とイエスさんの教えとかそういう哲学的なことはさっぱりわからない私には、
そうしてあげるだけの自信がなかった。
うーん、こんなことならさっき実家に帰った時にイエスさんあたりに訊いときゃ良かった。




「ハ、ハロウィン知らないの?」
「吾輩を馬鹿にしているのか」
「いやいや・・・。で、でもスイスがあまりにきょとーんってしてるから・・・」
「たかだかお菓子をもらうためだけに吾輩の家に侵入し、挙句狙撃されたに呆れていただけである」
「う・・・」
「そもそも、お前はどこにお菓子を持っているのだ。吾輩に悪戯をされても文句は言えないのである」
「も、持ってきてるもん! リュックの中にどーっさり入って・・・・・・あれ? 私のリュックどこ・・・?」




 慌てて辺りを見回すけど、リュックどころか他の国からもらったお菓子を詰めたエコバックすら見当たらない。
文字通り身ひとつだ。
もしかしなくてもスイス、私だけをここに運んで残りの荷物は現場に放置?
やだ、セクハラやナンパをかわしバトルにも勝利した私の甘い軌跡が捨てられてる!?
積み重ねた18個が、もらえるかどうかもわからない1個のためになくなってしまった。
ショックだ、ショックが大きすぎて実家にとんぼ返りしそうだ。




「スイスー、明日以降お菓子あげるからとりあえずちょうだい」
「やるのは構わんが、が悪戯されることに変わりはないのである」
「だからそれは明日・・・!」
「ハロウィンは1日だけだ。、トリック・オア・トリート」




 駄目だ、スイスには何をしたって勝てる気がしない。
それでも本能から逃げ出そうとベッドを抜け出した私を、スイスは容赦ない力で手元に引き戻した。









後日、リュックとエコバックだけ日本に帰還しました




ヘタリアTOPに戻る