ぬるま湯よりも熱湯風呂
ハロウィンとは、乱痴気騒ぎの英訳だっただろうか。
臭い、とにかく酒臭い。
呂律の回らない酩酊状態の日本さんに強制召喚を受けた私は、お菓子の甘い香りが一切しないアルコール臭が充満したハロウィン会場の入口でとても人には見せられない表情を浮かべていた。
清楚で可憐、凛とした美しさを持つ大和撫子は鼻をつまんで嫌な顔なんてしない。
そんな下品な表情を浮かべる方法さえ顔面筋肉は知らない。
おとぎ話や昔話にしか出てこない、絶滅に等しい古き良き時代にのみ生息した大和撫子像を未だに信じきっている連中は、日本さんの後ろで楚々として佇む私のことをそう思っている。
この子のどこが大和撫子ですかお世辞にも程があるとぼやきうっそりと笑う日本さんには、何千回あなたのせいでこうなってんですと言ったことか。
私の品行方正だった顔面筋肉を歪ませて汚したのは他でもない日本さんだ。
イエスさんの世界のイヴちゃんではないけれど、うっかり手に入れてしまった余計な知識をひけらかさないように日々猫を被り続けている私の苦労と努力をもう少し理解してほしい。
私は服の袖で鼻と口元を抑えると、ひときわ賑やかな一角へと足を運んだ。
王や貴族といった特権階級を打倒して脱獄に成功したのか、奴隷囚たちが輪になって酒を飲んでどんちゃん騒ぎをしている。
昨今の世界的不況のおかげか彼らの服はどれもボロボロの継ぎ接ぎだらけで、節約ルックを通り越して乞食にしか見えない。
何をどうすればこの服になるんだろう。
集団囚人で勝ててしまうほど今年の仮装大会はレベルが低かったのか。
いや、そんなはずはない。
アメリカから独断でフォローされたツイッターに投稿されていた画像で見た限りは、フィンランドたち北欧組やロシアたちは派手だった。
コスプレに異常な情熱を傾けている日本さんが私に用意させた衣装は烏天狗のものだった。
より正確な衣装が作りたいと駄々をこねられた挙句姥捨てプレイと称し私を山に置き去りにし、同業者のあまりの不憫さに憐憫の情を催した本物の烏天狗が現れた涙なしには語れない辛い経験は
今でもしっかりと記憶に刻まれている。
そうまでして用意してやったハロウィン限定の一張羅はどこに脱ぎ捨てやがった。
私はうつらうつらと舟を漕いでいる日本さんの肩をつかみがくがくと揺さぶった。
「日本さん日本さん」
「ああ・・・・・・、何ですかその顔は・・・」
「日本さんこそどうしちゃったんですかその服っていうか布きれ。もう、お酒入ったらすぐに駄目になっちゃうんですからほら、帰りましょう」
「なんだなんだ、俺の酒が飲めないというのか！？」
「ドイツですらべろんべろんになっちゃうくらいまで酒盛りしてたの！？ 日本さんはドイツみたいに若くないんだから老体に酒入れないで」
「じじい舐めないで下さい、私だって若い者にはあぁぁぁぁぁー」
「ろくに喋れない人を若者扱いできるわけありません！ ヨーロッパと違ってこっちは明日から真面目にお仕事なんです。二日酔いで泣きついたって酔い止めあげませんよ？」
「とかなんとか言って結局作ってくれるはやっぱりツンデレですねえ・・・。さすが私の下僕、抜かりがない」
「奴隷囚の下僕ってどれだけ私の地位低いんですか、人権返して下さい」
素面でもろくなことを言わない日本さんだけど、酔ったらますます変なことしか口にしない。
確かに私は日本さんの千年来の躾という名の調教のおかげで日本さんには逆らえないようにマインドコントロールされてるから、
日本さんが言うとおり明日にはなんだかんだでばっちり介抱してあげていると思う。
悔しいけど、それが現実だ。
酔っていても現実は一応見えている日本さんだから、多少深酒しても私に任せればどうとでもなると思っているに違いない。
そしてそれは大当たりだ。
日本さんがいないと即死ではなく即消滅してもおかしくない私は、日本さんが最低限の働きができるようになるまでは献身的に彼に尽くすのだ。
くう、日本さんと共依存している関係から早く抜け出したい。
・・・と思い続けてかれこれ千何百年。
「さ、日本さん今日はそろそろ帰りましょう」
「仕方ありませんねえ・・・。イタリアくん、奴隷服をもう一着いただけませんか？」
「いいよー、はいこれどうぞー」
「ありがとうございます。・・・、帰ったら座敷牢ごっこしましょうね」
「酔ってるんですよね、酔っぱらいの戯言ですよね？」
「ふふ・・・、私が酔ってるかどうか訊かなければわからないなんてお仕置きですね」
わあ、日本さんの目が据わっている。
そりゃお菓子あげそびれたけどそれは日本さんだって同じこと言えるし、悪戯を通り越したお仕置きは酷い、酷すぎる。
私は酔ってほんのりと上気した頬を緩め艶然と微笑む日本さんから目を逸らした。
悪戯：基本形態。お仕置き：進化形態
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