金の知恵の輪







 観測ポイントを間違えてしまったらしい。
私は特殊グラスを目から離すと、隣で同じようにグラスを翳し天を仰いでいる日本さんの横顔へと顔を向けた。
日本さんの家の人たちのほとんどが一斉に見ることができるのは、ずいぶんと久し振りのことらしい。
確かテレビでは、900年ぶりとか言ってたっけ。
あの頃は今よりももっと空が広くて綺麗だったよなあ。
もう戻れない雅な当時を思い出し、懐かしいと呟く。
雲の隙間から900年ぶりに空に浮かぶ金の輪っかを探している日本さんの耳には、私の独り言は聞こえていないらしい。
そりゃそうだ。
900年どころか9秒待たなくてもいつも傍にいる私が、日本さんと金の輪っかの900年ぶりの再会に勝つわけがない。
よし、今なら日本さんこっち見てないから好き勝手できそう。
足音を立てないようにそうっと日本さんから離れようとした私は、突然名前を呼ばれ思わずはいと答えた。
どこに行くんですかとはくぅ、さすがは日本さんだ後頭部にも第三の目があるに違いない。





「300年経てばまた見られるそうですが、今日見られる景色は今日しか見られないのだからちゃんと空を見なさい」
「だって見えないじゃないですか。あ、そうだ、私雲の上の実家帰ろっかな。そこなら邪魔なもんないし、絶景かな絶景かな!」
「じゃあ私も一緒に連れて行きなさい。そしてその絶景スポットとやらで一緒に世紀の天体ショーを見ましょう」
「やですよ。そんなとこ日本さん連れてったら日本さん死んじゃうかもしれないじゃないですか。日本さんは大人しくここでお留守番です」
「だったらもお留守番です」





 本当に他人の人権、いや、私は神様だから神権を考えてくれない亭主関白だ。
日本さんは私の旦那様ではないから、家主関白か。
地上逃亡を諦め、日本さんに倣いもう一度グラス越しに太陽を見る。
さすがの私の神通力も太陽や雲には通じないようで、太陽にかかる雲を動かすことはできない。
どうしよう、神様なのにこんなこともできないんですかって日本さんに理不尽な八つ当たりをされたら。
どきどきしながら一向に現れてくれない太陽があるらしき場所を眺めていると、日本さんがぽつりと私の名前を呼ぶ。
きた。静かにねちっこく言われ続ける八つ当たりタイムが来た。





「く、雲が邪魔なのは私のせいじゃないですからね!」
「何を言ってるんですか? 、今回もあまり見えませんでしたね」
「そうですねー。余所の家からなら見えるのに、なんで日本さん家じゃ駄目なんでしょう」
「次は300年後だそうですからまた300年後、一緒に金の輪を探しましょう」
「次も厳しいかもですよー」
「じゃあその時は、」





 どうしても無理だったら、と一緒に雲の上とやらで観察させて下さい。
まるで300年の次はないかのような日本さんの言葉に、ぞっとして首を何度も横に振る。
冗談ですよ、は本当に怖がりですねえ。
怖がらせたのはどこの日本さんですか。
私の恨み言に、日本さんはわずかに見えた太陽から差し込む光の下で淡く笑った。







「夕飯はオニオンリングにしましょうか」「金の輪っか超庶民的じゃないですか」




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