寂しいなら寂しいって言って下さい







 鼻歌を歌いながら、大型のキャリーケースにお菓子や野菜を大量に詰め込む。
年がら年中あれやこれやと喧しい日本さんから公然と離れられるのが嬉しくてたまらない。
ただの家出ではない。
ただの家出をしても日本さんの家の中ならどこへ出かけようがすぐに見つけられるから、家出が成功したことはない。
日本さんの監視下から逃れようと家の外に出ると今度は不法侵入だの領海侵犯だのといちゃもんをつけられ、下手をすれば身柄を拘束され国際問題に発展しかねない。
1年がずっと10月だったらいいのに。
思わずそう本音を漏らした私に、いつからいたのか襖にもたれていた日本さんが馬鹿なことを言わないで下さいと言い放った。




「そもそもあなたが行く必要はあるんですか? 行ってもどうせやることなんてないでしょうに・・・」
「ありますー。最近みんなどうしてるのかとか今度新しく改修されるお宮についてとか、神様にもいろいろあるんですよ」
「同窓会じゃあるまいに。そもそもあなたは出自が違うでしょう、私が作った時点で」
「神様なんてそんなもんですよ。みんながみんなに伝記があるわけじゃないんです。大切にしているものには心が宿るんです。
 私だって日本さんがいるから人の形でここにいるだけで、ほんとはかぼちゃか人参かごぼうだったかもしれないんですよ」
は生まれた時からでしたよ。心を入れる器もなしに突然現れましたから」




 それがまさか、こんなに長生きする神様になるとは思いもしませんでしたけど。
日本さんはそうぼそりと呟くと、私の隣に座り込んだ。
あ、もしかして荷造り手伝ってくれるのかな。
日本さんって口は悪いけど気は利くし空気も読めるほんとは割といい人だもんな。
日本さんの華麗なる収納術にわくわくしていた私は、キャリーケースの中からぽいぽいと荷物を外へ投げ始めた日本さんに何するんですかと叫んだ。




「せっかく詰めたのに! 圧縮してまで詰めたのに何するんですか!」
「たった1ヶ月の出張にこんなに荷物がいるものですか。観光じゃなくて神の端くれとしての仕事に行くのなら、その自覚を持ちなさい」
「う」
「そもそも公式の場に出るというのになぜスーツを持って行かないんですか。着物すら入れていない。あなた本当に何しに行くんですか」
「か、神様の第一正装はスーツでも着物でもなくて羽衣的なものなんです、たぶん!」
「ほう? では、その証拠写真を撮って私にメールして下さい」
「いいですよー? ていうか荷物元に戻して下さい、せめて野菜チップスは入れて下さい」




 おやつは300円までと意味のわからない強制をする日本さんに野菜チップスは主食だと言い張り、強引にキャリーケースに詰め直す。
手の中で野菜チップスがばきりと割れた気がしたけど、味は変わらないので気にしないことにする。
確か去年もあまり俗世に迎合するなと総会で言われたけど、俗世に生きる男の思いで生まれてしまったから深まるのは仕方がない。
それに、同業者同士で日本さんがよく書くほにゃららな本にもそう載せられないようなプレイをやってのけていたりした人たちには言われたくない。
私と日本さんは一線も死線も越えた多少はやましいこともやってる関係だけど、お互いがお互いを尊重し合い共存している次世代ハイブリットライフを満喫しているのだ。
・・・・うん、日本さんもたぶん私の考えを尊重してくれてるんだと思う、そう信じてる。





「・・・本当に戻ってきますか?」
「どうしよっかなあ。日本さんこそ、私のこと忘れませんか?」
「どうしましょうか」
「忘れたら私、帰ってきたくても帰って来れなくなるんですけど」
「・・・私は本当に土壇場であなたには頭が上がらないようです。でも、そんな私で良かった」
「私も、私をこの世に生み出してくれたのが日本さんで良かった。えへへ、私、他のみんなみたいに神通力もそんなにないし有名でもないですけど、日本さんのことだけはいつも自慢してるんですよ」





 毎日私に話しかけてくれて美味しいもの作ってくれて日本さんなりに大切にしてくれて、これって結構神界では切実な問題なんですよー。
来たるべき総会でのスピーチの予行練習のつもりで家族自慢を始めた私に、日本さんは顔を伏せると小さな声でもう充分ですと呟いた。







後半戦へ続く




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