寂しいなんて言えるわけないじゃないですか







 いつもきちんと綺麗に片付いている日本の家が、今日は少しだけ散らかっている。
もちろん今日も綺麗なのだが、部屋というよりも空気が少しだけ濁っているように感じる。
そういえば今日はちゃんいないね。
友人の家に咲く可憐な一輪の花の不在に気付き何気なくそう問うたイタリアは、尋ねたと同時に日本が発した負のオーラに思わず涙目になった。




「ご、ごめんね! なんか俺、余計なこと言っちゃった!?」
「・・・いいえ。すみません取り乱して」
「えっ、いつ取り乱したの!?」
は今は長期出張で出かけています。すみません、おもてなししようにも手が回らなくて」
が公務とは珍しいな。公務はさせないと思っていたが」
「彼女にとっては仕事ですが、私にとってはただのお遊び旅行としか思えないんですよ。そろそろ帰ってくるのですが、ポチくんとの1人と一匹生活もなかなか静かでいいですよ」
「ほんとにそう思ってるー?」
「何がですかイタリアくん」
「日本、ほんとはちゃんがいなくて寂しいんじゃなーい?」
「・・・ふふ、何を言うかと思えばイタリアくん。当たり前じゃないですか、寂しいなんてもんじゃないですよ今にも死にそうです」
「「え」」




 と離れているせいか、日本が壊れている。
たかだか1ヶ月の別居で日本が我を失ってしまっている。
がいる時はあれをやれこれをやれ何がどうだと散々扱き使っているのに、本人がいないと途端にに飢えている。
日本と生まれが3日程度違うだけという兄妹のようで夫婦のような深い関係だから、は欠けてはならない大切な存在なのだろう。
に対する本当の気持ちをもう少し素直に伝えることができたら、ももう少し日本に対して柔らかくなるのに。
イタリアとドイツは顔を見合わせると、ぶつぶつとの名を呼び続けている日本の肩をぽんと叩いた。




ちゃんが帰って来たらにこーって笑ってお帰りって言ったげなよ。ハグとかキスとかしたらちゃんびっくりすると思うよー」
「ハグもキスもできません、心臓発作が起こります」
「む、まだ日本はあの塩辛い食生活を続けているのか」
「単純に歳だからですよ。・・・お気遣いは嬉しいですが、彼女を甘やかしてもいいことはありません。いついかなる時も己を律しにもそうあるべきと課す、これが私たちの生き方です」
「それは素晴らしい生き方だし見習いたいところも多々あるが、相手はだ。俺が言うのもなんだが、たまには息抜きしてもいいのではないかと思う」
「本当にドイツさんだけには言われたくありません」
「でも優しくした方がちゃんもきっと、ううん、絶対嬉しいし喜ぶよ! ちゃんは日本のこと大好きなんでしょ?」




 だからさあさあお帰りの言葉を考えようよとせっつかれ、仕方なくへ送る言葉を考え始める。
いざ考えようとすると、何も思い浮かばなくなり筆を放り出したくなる。
何を言えばが喜ぶのかではなく、何と言えば素直な思いを伝えることができて自分が満足できるのか。
他人の顔色を窺うことには慣れているが、自己主張をすることにはあまり慣れていない我が身が恨めしくなる。
日本はようやく完成した台本を手に取ると、本番の練習も兼ねイタリアとドイツが見守る中玄関で口を開いた。





「・・・おかえりなさい。毎年この時期にはいなくなるとわかっているのに、やはり今年もあなたが出ていくと言った時は驚きました。
 早く帰って来れるわけでもないのに早く帰って来ないかなど考えていた私はせっかちなようです。・・・ありがとうございます、帰って来てくれて」
「あのー・・・」
「あなたがいない間、私はすごく「あのー日本さん・・・?」・・・・・・?」
「はい。ただいま日本さん。あっ、気にせず続き言って下さい、聞いてますから」
「・・・・・・あなたって人は本当に・・・。あなたそれでもうちの人ですか、何ですかそのタイミングの悪さ最悪です!」
「私もそうかなとは思ったんですけど、全部聞いた後にただいまって言ったらそっちの方が日本さん怒るかなって思って。
 で、でもやっぱり私帰って早々日本さんに叱られちゃうんですね、なんでですか!? 長く家空けたらやばそうと思ってちょっと早く帰って来たんですけど、もしかしてそれでも遅すぎました!?」
「早すぎるんですよ! まったくもう、どうして今なんですか! どうして・・・!」
「はい日本ストップストップー。ごめんねぇちゃん、日本を怒らないであげて」
「あらいらっしゃいイタリア、ドイツも。これは何? 日本さんどうして怒ってるの?」
「気にするな。いいか日本、本番だ」





 ドイツとイタリアから背を押され、改めて帰って来たばかりにを見やる。
不在の間こちらがどんな思いで過ごしていたか微塵もわかっていないようなのほほんとすっとぼけた表情を浮かべているを見ていると、寂しいと思っていたのが馬鹿らしくなってくる。
最後まで言わなくて良かった。
言ってしまえば、今以上にもっと酷い後悔の念に苛まれていた。
日本は小さく息を吐くと、キャリーケースを引いたまま玄関に突っ立っているにみっともないと言い放った。





「旅から帰って来たのならすぐに荷物を置いて体を清めてらっしゃい。そんなところに突っ立っていては何も片付きませんよ」
「だって、日本さんが何か言ってたから動こうに動けなかったんですもん」
「そうやってすぐに人のせいにする。まったく、出先で何を学んできたのやら」
「あそこは学ぶとこじゃないですよ。それに日本さんたちの会議だって空回りばっかりじゃないですか」
「・・・耳が痛いな、日本」
「すみませんドイツさん、反論の余地がありません」
「日本さん酷いですよー。私寂しかったですよ、日本さんいなくて」




 でも日本さんは違うんですよね、千何百回目かのちょっぴり残念な気分です。
そう呟きしゅんと顔を伏せたに、日本は寂しかったと言おうとして恥ずかしさから寒気がしますと答えた。








来年の神在月へ続く




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