眉毛と女神の日本珍道記







 下駄をからころと響かせ、大股で町を横切る。
すれ違う人たちの視線が痛いけど、今日はそんなことどうでもいい。
私は日本さんから急な呼び出しを食らっていた。
日本さんの上司連中が、ヨーロッパのどこかの国と同盟を結んだらしい。
本格的に仲良くなるには、とりあえず国同士を交流させとこう。
そんな理由から、日本さんの家に相手の国がやって来ることになった。
大事な仕事ですからしばらく外泊してきて下さいと家を追い出された翌日が今日。
有無を言わさず追い出して、すぐに呼び戻すってどういうこと。
日本さんの面倒見なくていいから素敵な書生さんと逢引する予定だったのに、ばっさり邪魔された。
私が怒るのも当然だと思う。文句の一言や二言垂れてもいいと思う。
引き篭もりすぎてるからおもてなしも苦手になったんだ、きっと。





「ただいま」
「お帰りなさい。さぁ、早く支度・・・しなくても良さそうですね。何ですか、そんなに着飾って」
「外に出たんだからおしゃれするのは当たり前じゃないですか」
「私に内緒で誰かと逢引しようとしてたんでしょう。非常に遺憾です」
「私は日本さんの妻でも恋人でもないんで、ほっといて下さい」




 出されたお茶を無言で飲み干す。
宿よりもこっちにいる方が落ち着くけど、やっぱり苛々する。
日本さんちょっと疲れてるように見えるけど、まさか疲労の原因を私に押し付ける気じゃなかろうか。
いや、そうとしか思えない。そうじゃないと、今ここに私はいないもん。




「イギリスさんの相手をあなたに頼みたくて」
「同盟してる国ですか。男ですか、女ですか」
「男性です。金髪で碧眼の素敵な方・・・ですよ?」
「素敵な方なら日本さんがお相手すればいいじゃないですか」
「いえ、その・・・。イギリスさんは、少し幻覚を見やすい体質のようで・・・。幻覚でしたら、私よりもあなたの方が理解も深いんではと」




 昨日のイギリスの行動を聞いた私は、正直ぞっとした。
ちょっと、いや、だいぶその人おかしいと思う。
何を見たんだろう、どこで誰と言葉を交わしたんだろう。
私は、まだ見ぬイギリスの人(国)としての正常さと、そんな奇怪な男の相手を押し付ける日本さんの非常識さを疑った。
理解なんて深く掘り下げたくない。
彼と会話が全く噛み合わない気がする。
私にどうしろと言うのだ、同盟ぶち壊しになっても責任は取れないって。




「おい日本・・・。さっきから女の声がうるさ「日本さん酷い・・・・・・!」あ?」




 襖が開けられ、若い男が部屋を覗き込む。
あぁ、見つかる前に、紹介される前に逃げ出そうと思ってたのに失敗した。
私は座ったままイギリスを見上げた。
いつか日本さんを強制的に引き篭もりから卒業させたアメリカと同じ金髪だ。
思ったよりも綺麗な顔立ちをしてる。
手入れを忘れたのか怠ってるのか、眉毛だけは異様に太いけど。




「おはようございますイギリスさん。今日はここにいるに案内させますね」
「は、はじめまして、ここに居候してるです」
「へぇ・・・・・・。よろしくな」




 う、わ・・・!? 手を取られたかと思ったら跪かれて唇を寄せられた。
伏し目がちになったからよくわかる。
この人、結構まつげ長いや・・・、私たちとは違う白い肌も綺麗だし、紳士ってこういう人のこと言うのかな。
私はこの瞬間だけ、イギリスが奇人だということを忘れた。
そして忘れたことを好機とばかりに、日本さんに彼の世話を押し付けられたのだった。



























 街行く人々が、私たちとすれ違っては振り返る。
今の視線は痛くない、むしろちょっと熱っぽい。
異国人の珍しさと、彼の美しさに惹かれて振り返ってるんだろう。
案内しろとは言われたけど、どこを見せればいいのかわからない。
町を見せろと言われたからぶらぶら歩いてるけど、こんなので楽しいんだろうか。
ちなみに私はあまり楽しめてない、できれば郊外の農園辺りをぶらつきたい。
それに、もしもこんな人混みの中でイギリスが幻覚の発作を起こしたら、どうすればいいんだろう。




「・・・やっぱいないんだな」
「どなたかお探しですか?」
「昨日風呂で知り合った奴から、今の日本には居場所がないって聞いたんだ。・・・確かに、こんなとこじゃあいつらも住みにくいか」




 ちょっと待って。日本さん以外と、一体誰と一緒にお風呂に入ったっていうんだろう。
あの家には私と日本さんとポチ君しかいないのに。
でもポチ君は喋れないし、日本さんが私以外の女性を家に上げるとは思えない。
まさかこれが例の幻覚なのか。私は平静を装って首を傾げた。




「でもおかしいんだよな・・・。日本はそんな奴知らないって言うし、天狗ってのは見えてなかったみたいだし。手振ってくれたりしていい奴なのに、もったいないよな」
「て・・・、天狗見えたんですか!?」
「天狗と知り合いなのか!?」




 げ、どうしよう、イギリスが急に生き生きしてきた。
天狗は知ってるに決まってる。
いかつい顔して見た目で損してるけど、れっきとした同業者だもん。
最近は時代も変わったし、主に私が一方的に日本さんにあれこれされて汚れちゃったから見えにくくなったけど。
でも、ここで素直に見えるとか知り合いとか言っちゃいけない雰囲気なのはよくわかった。
天狗には悪いが、ここは他人のふりをさせてくれ。




「子どもが聞く昔話に出てくる妖怪なんです。でも悪い人じゃないんですよ、山の神様みたいで」
「神様か・・・。日本にも面白い奴がたくさんいるな。俺の家にも妖精とかいっぱいいるし、日本とはいい関係を築けそうだ」
「そうですか。日本さんもそれ聞いたらほっとすると思います、たぶん」




 ずっと人混みの中にいても疲れるだろうと思い、私の一存でのどかな風景が広がる辺りまで移動する。
私としてはこっちにいる方が落ち着くし、イギリスの言動に振り回され緊張の連続だった心も癒される。
本当に、面倒な仕事を寄越してきた日本さんを恨む。




は鹿鳴館には行かないのか?」
「あぁ・・・、あれはイギリスさんの家に住んでらっしゃる方が作ってんでしたっけ。私、ああいった華やかな場所は苦手なんです」
「・・・今度行く予定があるんだが、どうしても相手が見つからないんなら、俺がエスコートしてやってもいいぞ・・・!」
「お誘いありがとうございます。でもイギリスさんみたいな方に私なんて似合いませんよ。私はこういった畑や水田にいて、美味しい作物を見守るのが性に合ってるんです」




 ぼんやりと畑を眺めてたら、葉っぱの影からひょっこりと顔を出した子どもが手を振ってきた。
何かを手に抱えてこっちに走り寄ってくる。
さすがに子どもの相手したら不味いかなと思って隣のイギリスを見たら、彼は彼で例の幻覚症状が起きていた。
何かそこらへんにいるんだろう。くすぐったいぞとか恍惚な表情浮かべて喋ってるし放っておいて良さそうだ。
走り寄ってきた5,6歳の男の子は、土に塗れた芋を開いて見せた。




様、どうしても育ちが悪いんだ。苗が病気なのかな、それとも土が悪いのかな」
「うーん、もうちょっと水をあげた方が美味しくなると思うよ。でも最近は暑いから、いつもよりも遅めの時間に水やりしてね」
「ありがとう様!」
「様付けなんてしなくていいのに」
「でも、様は僕たちが育ててる野菜とかを見守って下さる神様だって、お母さんもお父さんも言ってたよ」




 まずい、今、確実に神様って言葉聞かれた。
でも事実だし否定するわけにはいかない。
仕方ない、腹を括るか。
でもやっぱり不安だからイギリスを見ると、今度はあらぬ方向を見て手を振っている。
あぁ・・・、天狗がいる。頼む天狗、今だけでいい、私に他人のふりをして。
私の必死の神通力が届いたのか、天狗は私を無視してイギリスに手を振り始めた。
顔を真っ赤にさせて興奮しているイギリスを見て、男の子が若干引いている。
この外人さん怖いよと泣きそうな声で言って足早に去っていく。
私も怖いし逃げ去りたい。彼にだけは絶対に神様だと知られてはいけない気がする。




「イギリスさん、そろそろ帰りますか?」
「お、あ、あぁそうだな! 今、天狗があの山にいたんだぞ! 俺たちに手を振ってくれてたんだ」
「すっかり仲良しさんなんですね。でも天狗って、普通の人には見えないんですよ」
「そうなのか? じゃあ天狗が見えるのは俺とだけか・・・」
「・・・はい?」





 突然何を言い出すんだこの人は。
日本さんの大事なお客さんにもかかわらず、愛想のない返事をしてしまった。
でも、そうしてしまうくらいに、今のイギリスの発現は唐突すぎた。




「やっぱり、さっきの坊やの話聞こえてたんですね・・・!?」
「いや、初めて会った時から気付いてたぞ? 大英帝国舐めるなよ」
「・・・帝国関係ないと思うんだけど・・・。やっぱこの人おかしい・・・・・・」
「あぁ?」




 イギリスはこほんと咳払いをすると、改まって私を見つめた。
なんだか今日はイギリスに振り回されっぱなしだ。
そういえば、イギリスは天狗についても見えるかどうかではなくて、知り合いかどうかについて訊いてたっけ。
彼にとっては見えてること前提だったんだ。
でも、私が見えるってどうしてわかったんだろう。
何にせよ、変な同志とは思われたくない。
どうせ友だちになるんなら、もっと普通の健全な交友関係を希望する。




「俺の家の妖精たちは小さくて羽があってひらひらしてて、すっげぇ可愛いんだぞ! きっとのことも気に入るだろうから、今度ぜひ俺の家に来てくれ!」
「いや、私見えないから・・・」
「見えてるだろ! 俺ら妖精見える同盟も組んだんだからな! べ、別にお前のためじゃなくてだな・・・」



 誰も望んでないし、同盟は日本さんや日本さんの上司連中との間だけで勘弁してほしい。
あぁ、逃げたいけど逃げられない。
大体何なのその同盟、すぐに脱退したいんだけど。
悲しいかな、見た目だけは麗しいイギリスのひん曲がった愛情表現と押しの強さに、私は抗う術なく飲み込まれてしまうのだった。









後日、ユニコーンだけは見てもらえず嘆くイギリスが1人




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